同窓会でびっくりされる(1)

 僕らが古き良き日常系ラノベのごとく、〈伝説研〉の一室でまったりしていた時のこと。ポップコーンが弾けるような電子音が鳴って、スマートフォンに通知が入った。


 メッセージを確認する。見出しには、


美砂みさご第一中学・同窓会のお知らせ〟


 とあった。


「ドウソウカイ……?」

「どったの?」


 怪訝けげんな顔で画面を見つめる僕を、キョトンとした顔で見つめる時田さん。


「あ、いや。中学の時、連絡網がわりに使ってたグループがあるんだけどね。そこに久しぶりに、連絡があって」

「………同窓会ねえ」


 呟いたのは、佐波純子だ。長机で何か書いていたらしい手を止め、


「こんな時期に、とても面倒なお知らせね。……ああ、でも、

 みんな新しい環境に慣れて、そろそろ見失った自分を取り戻したくなってきたってとこかしら」


 どことなくお疲れなご様子。五月病というものか、さもなくばこの年にして、はや人生にんじ果てているのかもしれない。


「同窓会かぁ。あたしんとこ、そういうのないから面白そう。………。……!?」


 時田さんは、不意に僕のそでを掴んだ。 


「あげピーソレ、行っちゃダメっ!!」


「えぇっ…!? どうして?」

 切実な表情をした彼女を、見つめ返した。


「だってさだってさ。

 同窓会に行くイコール同級生と再会する 

 =女友達と再会する

 =2人で恋人の相談で盛り上がる

 =2人とも今の人と別れて付き合いだしてゴールインする

 ってことぢゃん!?

 そんなキケンな場所に、彼氏を送ることはできませ~ん!」


 どうやら時田さんの中で、とんでもない等式が出来てしまっていたらしい。定期テストはまだだが、このままでは彼女の数学の成績は絶望的だろう。


「大丈夫だよ。中学には、そんなに仲の良い女子いなかったし、大して話すこともないんじゃないかな」


「そうゆうのは関係ないの。自分でも『大丈夫、このくらい何もないよ』って思ってる時が、いちばん罠に掛かりやすいんだよ?」


 どうやら彼女の脳内では、この世は2人の仲を引き裂こうとするトラップでち満ちているようだ。世界がそんなはふうでは、ちょっとくらい病んでしまっても仕方ないな。本当にそんなふうであればだが。


「みいなさん、あなたね……。彼氏の行動をそこまで制限するもんじゃないわよ。過度な束縛は、カップルが別れる理由の一つよ?」

「それは、そうかもしれないけどぉぉ……」


 泣きそうになりながら、言葉を呑む時田さん。嘘泣きや冗談ではなく、本当に涙が浮かんでる。


 ここまで依存されると彼氏冥利みょうりに尽きる、とか言えるようになったらヤンデレのパートナーとしては一人前なのだろうか。


 しかし。まるで圧倒的な兵力差にもかかわらず桶狭間おけはざまに出陣することを決めた信長のように決然とした表情になると、時田さんは椅子から立ち上がって、


「じゃあ、うちも行く」


 ちょっと、思いも寄らないことを言い出した。


「…その発想はなかった。冗談だよね?」


「ううん、本気。恋人が一緒についてきたら、変なこと考える人もいないだろうし。みんな来る同窓会だったら、知らない友達連れてくる人もいるだろうし。

 むしろ行かない理由が、見つからなくない?」


 そう……なのか?

 突き合ってるうちに、何が普通なのかわからなくなってくるのがヤンデレあるあるらしいが。


 同窓会に新しく出来た知り合いを――しかも彼女を――連れていく。それって、どうなんだ?

 舞い上がって自慢してるように思われたりしないだろうか。むろん時田さんはそんなつもりではなく、僕のことを知りたい、心配だ、というそれだけの理由ではあるが。


 ――でも。こんなことを考えるのさえ馬鹿馬鹿しいのかもしれない。だって、


「心配しなくていいよ。同窓会なんて、僕は行かないと思………ん?」


 そこへ、電話の呼び出しがあった。そこにはいささか、懐かしい名前が。


「……もしもし。あ、中谷か。久しぶり」


 ここのところ電話多いな。もしかして電話を発明したDr.ベルが天国から回線を繋いで、僕を使って実験しようとしてるのか知らん。


〈よ、久しぶり。連絡見た? 同窓会の〉


 予想がつくと思うが、中谷は中学時代の同級生である。


「ああ、見たよ」

〈あげピー来る? 来るよね。というか、来い〉

「なんで命令形?」

〈……ごめんなさい……来て。お願いだから。来て下さい………〉


 急に電話越しで懇願こんがんを始めた友人。はて、僕の知る中谷はこんな奴ではなかったはずだと怪しみ、 


「大丈夫? なんか情緒不安定だけど」


〈…思ってたより、新しい学校生活がきつくてな。

 予定では今頃、彼女と突き合って……るにはちょっと早いから、気になる子が出来て、徐々に距離を縮めていき、最初のデートに行ってる予定だった。そんなキラキラした男子高生ライフを、送ってるはずなんだけど……〉


 微妙に現実的な生活設計だった。が、計画が具体的であればその通りにいくというものでもあるまい。

 ひとしきり落ちこむと調子を取り戻したようで、


〈そんなことより、同窓会の件だよ。1人だとキビシイから、あげピーにも来てほしいんだけど〉

「1人って……西郷は来ないの?」

〈いやー、たぶん来ないだろ。声優やゲームのイベントでもないし〉


 西郷も僕らと同じ同窓生で、だいたい3人でいることが多かった。彼のようにオタク方面へ振り切ってしまえばいいものを、中谷はやけに人目を気にするところがあるから、それで僕にもいて欲しいらしい。


〈お前いなかったら、気軽に話せるヤツいないんだよ。だから来てほしいんだけど〉


 旧友が僕を必死に口説いてくるおかげで、何の相談をしているか判ったのだろう。


 隣にいた時田さんが、僕のすぐ横に顔を近づけてくる。で、通話口に、 


「あの~。その同窓会、あたしも参加できたりしませんか?」


 と、イキナリ声を浴びせかけた。


「ちょ…ちょっと、時田さん!?」


〈誰いまの? ……あ、あげピー妹か。雰囲気変わったな。昔の人はよく言ったもんだ。女子三日会わざれば刮目かつもくして見よ、と〉


 僕の周りは家族以外に女っ気がなかったので、中谷が勘違いするのも無理はない。これが以前までのように妹だったら、話はそんなややこしくならずに済んだんだけど。


「突然ゴメンナサイ。うちはあげピーとお付き合いさせてもらっている者です」


〈………え……?〉


 こういう時は意外と礼儀正しい自己紹介をする時田さん。


 電話のむこうでは、声が止まった。


 番組の中途でテレビを消したような沈黙の後、やっぱりけることにしたらしく、


〈え~!?!? おお、おまッ……。いつの間に彼女できたんだよっ〉


 我が旧友の混乱たるや、並大抵のものではなかった。まぁ確かに。僕に彼女が出来たなんて、知り合いに言ったら驚かれるような気はしていたけど。


「ゴメンごめん。でも教えるようなことか?」

〈教えるようなことだよ! あ、でも……。……やっぱいいや。お前に彼女できたの知ったら、俺らの友情にヒビが入り、ショックで絶交を言い渡してたかもしれん〉


 ずいぶん薄っぺらい友情だな……。まあいいか。自分の感情に、素直なのは健康の元だろうし。


「……あの~、それでその同窓会、あたしも付いていって大丈夫ですかね?」


 しびれを切らしたように、時田さんが尋ねた。声こそほがらかだが、早く話を進めたくて苦笑しているのが見てとれる。


〈どうだろう。今回は同窓会だし、たぶん無理……〉


 と、言いかけたところで、


〈……いや、待て。―――連れてきて〉

「はい?」


 急に意見を変えた、我が懐かしの友。


〈お前に彼女できたって知ったら、絶~対!みんな見たがるから。これは賭けてもいい〉

「『最初から教えない』、って選択肢は?」

〈ない。俺ら美砂中3馬鹿トリオの中で、世界を革命できる希望の星は、お前しかいない!〉


 勝手に希望の星にされてもな。しかも僕が美砂中3馬鹿トリオの一員だったとは、我ながら知らなかった事実である。


「今時あんまり自意識過剰なのは、流行らないと思うよ。美砂中の3馬鹿とか、誰も思ってなかったと思うし」

〈そんなことはどうでもいいんだ。俺らの同窓会に、お前の彼女さんが来てくれればそれでいい。

 幹事かんじには、あげピーが友達連れてくって伝えとくから。んじゃ!〉


 電話は切れた。こんなことに己の発明品が使われるとは、天国のDr.ベルも溜め息を吐いているにちがいない。


「随分と、騒がしい友達だったわね」


 佐波さんが、もっともな感想を述べた。


「うん……、ちょっと、可哀想なヤツなんだ」


 とはいえ。中学の頃よく話したり、たまの休みに一緒に出掛けたりしてたのは、この中谷と、西郷くらい。

 思い返せば、なかなか楽しい時代で。あの時に送った時間は、それなりに青春だったと思う。


 そして無事、義務教育中に青春を終えることができた僕に待っているのは。


「ぬっふっふー。これ、予約できたってことだよね? これで行かないとか、あげぴーの中学の人たちをガッカリさせちゃうよねっ!」


 時田みいななる恋人とのヤンデレ生活、略してデレ活であるわけだけど。こうやって略してみると、摩訶不思議。問題の部分は消えデレデレしてるだけみたいに見えるから、言葉って魔法のようだ。


「ガッカリさせたって、全然いいんだけどね」


 佐波さんであれば、常識論で止めてくれるかもしれない。そんな期待を込めて視線を向けるも、


「面白そうじゃない。土産みやげ話、期待してるわ」


 なぜか楽しそうな顔になっているのはどうしてだろう? 彼女もブレーキにはならないと、悟った瞬間だった。

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