女子と一緒に鳥居をくぐると結ばれる気がするのなんでだろう
そんなこんなで。それから5分と経たず、目的地に辿り着いた。
ちょうど僕らが来た時に、犬を連れて階段を降りてくる人がいたけど、それを除けば他に参拝客はいなかった。
少々古びて趣きのある石段に、足をかける。
「……意外と長いわね、この階段」
階段を昇っている途中で、佐波純子が呟いた。残りの段を見上げ、まだ頂上まで距離があるのに驚いた様子。
「そうだね。これでちょうど、真ん中くらいか」
僕は反対に、すでに登っていた段を見下ろしてから言った。山ってほどではないが、平地に住み慣れていると、なかなか見ない高さだ。
時田さんは女子同士の気安さ(?)で、後ろから佐波さんの肩に手をかけて、
「ジュンジュン大丈夫~? うちが、おぶったげよっか?」
「い、いいわよ、1人で昇れるから。それに、私重いし…!」
「んなことないと思うけどー。じゃあ、背中押す?」
肩に軽く重みをかけながら尋ねる。その、
思えば、高校で時田さんが友達と……ああいや。それ以前に、僕以外の人間と関わるのを見たことがなかったからだ。
たぶん、小中の頃の〝時田みいな〟は、こんな感じだったんだと思う。
それが高校に入ってからは、彼女の生活や興味・関心やなんやかやを、恋人である僕に
(『彼氏出来たのは、あげピーがはじめて』と言っていたし。)
しかし時田さんは本来、社交的で、人懐っこい性格。僕がいなければもっと女子高生っぽい高校生活を楽しんでいたにちがいない。
そんなこと言うと、『今のうちは、あげPがいればいいカラ!』などと返されるのは分かりきっているものの。
彼女なりに貴重な学園生活をエンジョイするためにも、できれば僕だけでなく、彼女にも友達がいた方がいいと思う。
…――時田さんと佐波さんとでは、性格が違いすぎて、ちょっと不安だけど。
「……ゆっくり歩いてるから、かえって疲れるのよ。私、先行くから!」
そう言うと佐波純子は、時田さんの手から逃れるように勢いをつけ、ものすごいスピードで駆け上がっていった。
「あ、逃げられちゃった」
てへへ、と苦笑いして、ちょっと速度を落とす。彼女なりに、距離を縮めようとしていたのかもしれない。
「時田さんこそ、疲れてない? 朝、急がせてしまったけど」
僕は隣から追いついて、話しかけた。
「ん、大丈夫。それうちが悪いんだし……あっ」
僕の顔と顔が合った途端、頬を染め、恋愛モードになる彼女。これもまた、条件反射みたいなものなのか。
「……と思ったけどー…、やっぱちょっと疲れてきたかも? あげピーが手を繋いでくれたら、元気になったりして」
目をあらぬ方に逸しつつ、言った。
これは
自分のせいとはいえ、朝に僕が佐波さんという女の子と2人きりになってしまったこと、あまり良く思っていないのだろう。本当は不安だけど、面倒くさいと思われたくなくて、何も聞かないでいるという感じ。なんとなく、そんな雰囲気が漂っていた。
だから僕は、
「これでいいかい?」
時田さんに手を差し出した。
「……! うんっ」
手すり越しに、手を繋いで。
僕らは丘のてっぺんまで歩いていき、一緒に鳥居をくぐった。
次第に深くなっていく木々と、青い空と、風の音と。それ以外に、僕らを見ている者はいなかった。
「着いた!」
階段を上がりきると同時。誰かの目に入る前に手を離して、時田さんは背伸びをした。
女子が精一杯、細い手足を伸ばす姿は、清々しい。いや、男子も清々しいかもしれないけど。男は大体、それプラス暑苦しいものなので。
一方。先に待っていた佐波純子は、木に背中をもたせて腕を組みながら、
「ふぅ……遅かったわね。こんなもの、私が中2で登った
呼吸を整えていた。やっと落ち着いてきたというところだ。
「ごめん、待たせたね。でも、ここが――」
頂上には、それまでと異なる空間が広がっていた。木々に
「わ、すごい、本当に神社があるんだ。お参りするの?」
僕らと顔を見合わせる佐波さん。「そのつもりで来たのよ。お財布もってきてる?」と歩きだすのに、頷いて続いた。
本殿の
「あげピーと……これから先ずっと別れずに楽しい学園生活を送って、卒業したらすぐ結婚して、子供も3人くらい出来て、お爺ちゃんお婆ちゃんになっても一生LOVELOVEで仲良く暮らせますように!!」
「………っ!?」
隣から聞こえてきた願い事に、佐波さんが息を呑み、(たぶん反射的に)一歩離れた。
『わかる……。その気持ち、とても解る…』
やっぱり、知らない人にとって彼女の言動は、かなり強烈なようだ。
「あげピ君、あなたの彼女、すごいわね……」
「アハハ……ごもっとも」
照れて笑った。褒めてるわけじゃないんだろうけど。
ただ正直なところ、このままで良いのか駄目なのか、僕には判断が下せないところもある。
なんてったって、僕にとってもこれが初めての恋愛なので―――。世の恋人がどうしているのかとか、何が普通なのかとか、そんなのはまるで解らないわけで。
………まぁ。あんまり〝時田さん基準〟に慣れてしまうのも、困ると思うのだけど。
「さて、私はちょっと写真を撮らせてもらうわ。後でSNS、公式アカウントにアップするから」
そうは言ったが、かなり張り切ってシャッターを切り始めたところを見ると、彼女じしん風景を撮るのが好きなのだろう。趣味と部活を兼ねられるというのは、結構なことだ。
「ねっ、あげピー見て見て! あっち、下の景色が見えるよ」
「本当だ。行ってみよう」
崖の方に近づいていくと、町を高い所から見ることができた。山にしたって小高い丘程度だが、やっぱり高低差があると、見晴らしがいいものだ。
ウム、絶景かな、絶景かな。
「んーよく見える~。ここ、インスタ映えとかしそうだよね」
「あ、時田さん、インスタやってるんだ?」
言うまでもないかもしれないが、インスタブラムは写真の投稿を中心にしたSNSだ。女子高生にも人気らしいし、彼女がアカウントを持っていても不思議はない。
「え? あー……前はやってたんだけど。中学の時、女友達とゴタゴタがあって、やめたんだよね」
「そっか。よく知らないけど、いろいろあるんだね?」
そうなのか。インスタに限ったことではないが、SNSはトラブルの話を耳にすることも多かった。
時田さんが話したくないのならいいけど、何があったのか今度訊いてみようかな?
「そんなことより。あたしたちも、ふたりで、写真撮らないデスカ……?」
「あ、うん。いいよ?(…なぜ急に丁寧語?)」
僕が答えるが早いか、時田さんはスマートフォンの撮影アプリを起動した。パシャ、という音と同時に画面が固まり、アルバムに新たな写真が加わる。
「やたっ。あげピーと2人で撮った写真―――」
そう呟いて、しばらく嬉しそうに眺めていた。そんなに見られると恥ずかしい。寝癖立ったりしてないよね?
ふと部長代理の方を見ると、まだ立て看板などを撮影していた。が、ひとしきり収め終わったのか、こっちの方をチラリと窺ってきたので、
「ジュンジュンもこっち来てー。写真撮らない?」
時田さんが手を振る。呼ばれた佐波純子はビクッとなったが、周りを見回してから近づいてきた。
「……あのね、あなた……。その呼び方、もうちょっと何かないの?」
「え~、ジュンジュンだめなの? じゃぁ、……ジュンポンとか?」
「それはもっと嫌」
時田さん的センスで尋ねたが、すぐさま却下されてしまう。
それにしてもギャルってなんで、あだ名で呼ぶのが好きなんだろうか? 思うに『小さな事でも楽しみたい』という感覚が、『普通のままじゃツマラナイ』という感性を創り出すのだろう。なかなか難儀な性癖であると思う。
「なら、純ちゃんでいいかなー。
じゃ、あたしのことは、ミナって呼んでくれる?」
「ミナ?」
「ウン。あたし下の名前みいなだから。小中の頃は、そう呼ばれてたの」
ここまで来て、さりげに中学返りを
「わ、私そういうのはあんまり……。そもそも、あんまり人をあだ名で呼んだことないし…」
フム、これはちょっと解るかも? 僕みたいに、周りがみんなその名前で呼んでるのなら恥ずかしくないのだろうけど。
しかし、それより致命的だったのは。
「それにあげピ君も、呼んでないみたいだし?」
「……そう!! あげピーは、なぜかウチのこと、時田さんって呼ぶの。
うちももう慣れちゃったんだけど。最初はしょうがないとしても。そろそろミナって呼んでもいいも思うんだけどー?」
時田さんは、唇をアヒルのように尖らせた。
とうとうこの件が問題になってしまったか。彼女のことだから、いつか言われそうな気はしていたよ。
「そ、それは……。…もうすっかり、定着してしまったからね」
苦笑して誤魔化した。まあ……僕もなんとなく恥ずかしいんだよ、下の名前で呼ぶのはね。
助けを求めるように、佐波さんの方を見た。彼女なら賛同してくれると思ったのだ。が、
「そうね…。私はともかく、あげピ君は彼氏なんだし、時田さんのこと、あだ名で呼んだっていいんじゃない?」
「そうなのー! ジュンジュンもそう思うでしょ?」
助け船を出してくれると思った佐波さんが、なぜかこの件では時田さんの肩を持った。ううむ、納得いかぬ。
が、それをきっかけに、2人の間ではまるでスーパーボールを突き合うように話が弾んでいった。
(「またジュンジュンって呼んでるし」「あーごめん、サナミンにする?」「なんで新案!?せめてジュンちゃんにして…」等など)
なんだ。意外と友達になれそうじゃないか。これも土地の神様のご加護かもしれないな。
「……仕方ないわね。わかった。
じゃあ時田さんのこと、ミーナさんって呼ぶわ」
「ありがとジュンちゃん!!
……って、ソレあだ名じゃないジャン!?」
パシャリと。3人で写真を撮った。
そういうわけで。今後それなりに伝説を作っていく僕らの、初の散策活動なのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます