だからリアルにツンデレがいても気づかないよね

 自宅の玄関で、出立の準備を整える。


 こんなふうに言うと遠くに旅立つかのようだが、なんのことはない。【伝説同好会】なる団体の、課外イベントに参加するためである。時田さんも来る予定。


「……お兄ちゃん。最近、外出多いね?」


 僕が準備をしていると。妹が玄関脇の壁に背中をもたせて、そんな疑問を浴びせてきた。


「そうかな? 今日は、クラブ活動の見学だよ」

「クラブぅ? 珍しいじゃない。入るの?」

「まだ分かんない。今日見て決めるよ」


 なかなか結びっぱなしの紐がゆるまないスニーカーに靴べらで決着をつけ、立ち上がった。


「この前は、映画だったよねー。お兄ちゃんに、一緒に映画見に行くような友達いたっけ?」

「……失礼な。いるけど、行かなかっただけだ」


 どこか、妹の言葉がトゲトゲしい。理由は解らないけど。


「さっきから、やけに絡むね。僕に、彼女でもいるように見える?」

「見えない」


 即答か。ヒドいな。「見える」と言ったら、いろいろ語っていたかもしれないものを。


「でも、世の中なにがあるか、わからないからね。知覚過敏が起こって、太平洋プレートが動いたのかもしれないし」

「地殻変動のこと?」


 買ったまま使わないでいた、やたらとポケットの多いかばんを肩に掛ける。「んじゃ。夕飯までには。帰ると思う」と言い残して、扉を閉めた。


 ☆★☆★☆★☆


 集合場所である駅に着いた。そこにはまだ、数週間前に付き合い始めた彼女の姿はない。


「……こんにちは」


 その代わり。シンプル極まりない挨拶をくれたのは、例の佐波純子である。


 薄いブルーのワンピースに、白い帽子。こうしていると、なかなかどうして。お嬢様然として見える。ゆたかな体型も相まって、印象派のような西洋画に描かれる女性を連想した。ルノワールとか。(もちろん、喫茶店のことではない。)


「えっと。他は――?」


 あたりを見回しながら、僕は言った。クラブ恒例の散歩会ということなので、参加者が他にも来ると思ったのだ。


「いないわ。私だけ」


「え? 他にもメンバーが、来るんじゃないの?」


「私1人よ。言ってなかったっけ?

 この研究会、私が入った時点で、他に先輩しかいなかったんだけど。いまは海外留学に行っちゃったから、しばらく戻って来ないのよ。

 だから私が、部長の代理を頼まれたの。先輩がいないあいだ、活動は好きにしていいからって」


 そんな事情があったのか。僕が時田さんと知り合い、ねんごろな関係になっていくうちに、佐波さんの方は文化系クラブをしょって立つ存在になっていたらしい。


「そうだったんだ。いきなり、大丈夫なの?」

「平気よ。中学の時も部長やってて、こういうの慣れてるから」


 何かあれば手伝うという意味も込めていたのだが、そうは聞こえなかったようで。いいか、佐波さんがそう言うんなら。


「そんなことより、あのギャ……。あなたの彼女は、まだなの?」

「確かに、遅いね。電話してみるよ」


 画面から彼女の名前(☆ときみな★)を選択し、コールする。呼び出し音が続く。


「出ないな…。………あっ。もしもし、時田さん? どうしたの――あ、いま起きたんだ? あはは、落ち着いて落ち着いて。どれくらいかかりそう? いや、化粧なんてしなくても僕は――、……ダメなのか。うん。うん。そっか、わかった」


「………」


 どうやら眠っていたらしい。寝ぼけ声からすぐ我に返った彼女曰く、「や、無理! あげピーに素面シラフで会うとか無理だからっ」とのこと。


 休憩時間には鏡を出して、睨めっこしていることもあったし。いろいろ気になるお年頃なのだろう。乙女ぎゃるゴコロは難しいな。

 いや、乙女やんでれゴコロか?


「寝坊したみたい。あと30分はかかるって」


 一応、電話で聞いた話を、部長代理に伝えた。僕の通話から或る程度、察しがついていたと思うけど。


「そ。あのギャルのせいで待たされるわけね…」


 佐波純子が、バスの入ってくるロータリーを見ながら呟く。こういうところは意外と毒舌家らしく、ちょっとずつ素が出てきた模様。


「そんな。そこは関係ないと思うよ?」

「そうかしら。男って、ああいう女には弱いわよね。貴方だって、好きなんでしょう? 付き合ってるんだし」


 そう聞かれても、時田さんに会うまで、ギャルっぽい女子とは接点さえなかったので考える余地もない。でも時田みいなと関わり、付き合っていくうちに、彼女を好きになってきている自分がいた。


 僕にとって時田さんは、本当にイレギュラーな存在だから。だからギャルってところに好意の理由を求められても、いま一つしっくり来ない。


「そんなことないよ。時田さんのことは好きだけど、別にギャルなのとは関係ない」

「そうなの? それが理由なのかと思った。

 ……じゃ、普段はどういう女が好きなの?」


 目を逸らしがちながら、こういうことを意外と単刀直入に聞いてくる佐波純子。


「俺、あんまゲンジツの女子をそういう目で見ないけど……。

 漫画とかの好みで言ったら、髪が黒くてマジメそうな子かな」


 これは、前に妹との会話で気づいたことだ。

 黒髪で清楚で大人しい、ちょっと暗いくらいの子の方ばかり選んでいると。(何度も言うが、推していたつもりはない。)


 しかも思い返してみるとそれは、所謂2次元に限らず。小学生の頃も、そんな感じの……。

 そう、ちょうど佐波さんみたいな女の子と、仲良くなることの方が多かった気がする。好きだとか付き合うとか、そういう色っぽい話とは程遠かったけど。


『でも佐波さんは、僕らみたいに浮ついた連中は好きじゃないんだろうな。だって――』


 つらつらおもんみるに、前に佐波さんと話していて、急に温度差が出来た瞬間があった。


 僕らが最初に【伝説同好会】を訪ねた日のことだ。

 それまで佐波さんとは、地方に伝わる伝承の話をして、かなり盛り上がっていたはずなのだが。時田さんが彼女の眼前で僕の腕に寄り付いてから――。

 つまり、僕に彼女がいると知った途端に、なぜか急に、僕に対する態度が冷たくなってしまったのだ。


『どう考えても、あれからだよな。やっぱ、アレって……』


 アレはたぶん、『恋人同伴で研究会に参加しようとしている、フマジメな奴らだ』と、佐波さんに思われてしまったのだろう。


 そう思われるのは不本意だが、半ば――「恋人同伴で研究会に参加…」のあたり――は事実なので仕方がない。人前だからって、彼女の愛情表現を控えさせることは、まず不可能だろうし。


 せめて、この機会に。僕らも佐波さんと友達になれるといいのだが。


「髪が黒くて、マジメそうな子…? そ、そうなんだ……。ま、まぁ、どうせ〝2次元限定!〟とか。そういうのでしょ…」


 僕が何も言わない先から、佐波さんは1人で納得し、顔を逸らしてしまった。どうにもツンツンしているので、やっぱり難しいだろうか?


「そんなことより、アンタの彼女。30分なら、ここで待ってもいいけど、どうする? それとも貴方が、迎えに行く?」

「いや。先行ってていいって」

「はいはい、分かりま……。え?」

「遅くなるから。僕らで先に行って、見てていいってさ」


 この提案は、なぜか佐波純子を狼狽ろうばいさせた。首と手を素早く左右に振りながら、


「…あ、や! そんなつもりないの! 

 私は友達の彼氏さんと一緒に歩くとかそそそそういう、不埒ふらちなことするつもりなくて…!! あ、まだあの子とは友達じゃないけど。万一なってもというか、ならなくてもやっぱりというか……!」


「あはは、何言ってんのさ。そんなの平気だって」


 さすが、眼鏡委員長タイプの佐波さんは随分と、お堅いようで。


 佐波純子は、別府べっぷ温泉の八湯はっとうを浴びた後のように火照っていたが、

「どっちに行けばいいの?」と尋ねると、のぼせたような顔のまま、歩きだした。


 少しのあいだ、気まずい思いをさせるかもしれない。


 でも佐波さんには、時田さんが来るまでちょっと我慢してもらって、先に町を散策することにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る