現実問題ツンデレは少ないけどツンツンはよくいるよね
この日も学校が終わり、放課後になった。僕はすかさず、
「あ、そうだ時田さん。今日なんだけど」
彼女の背中がビクッとなった。
「あげピーから話しかけてくれるとか…! もしかして、あたしのことストーキングしてくれる気になった……?」
「そのネタは、闇が深いからそろそろやめようね?
それで、クラブ活動のことなんだけど」
ゴールデンウィークを前に、もうじき部活動の勧誘期間が終わる。
別にそれから入っても構わないらしいのだけど、この時期の方が入りやすいというのはある。各クラブとも、新入生向けにいろいろ準備しているだろうし。
「この学校、部活は強制だっけ?」
「ううん、入んなくても大丈夫。でも、どこも見ておかないのは、つまらないと思って」
元来、僕は部活とかサークルとか、皆で頑張ったりワイワイしたりは柄ではないんだけど。
最初から背を向けていたのでは、後々、後悔が残りそうだ。なんとなく青春って感じがするし。
「部活か~。あげピーが入るなら、うちも同じとこ入るよ?」
「…言うと思った」
「へっへー。うちかあげピーを好きなのは、不変の真理だから」
エッヘンと、胸を張る時田さん。僕のことを好きなのは、誇らしいことらしい。
仲良しな友達と一緒じゃないと嫌がる、幼い子供みたいだけどね。
「あっ、でも! うちらが一緒にいる時間少なくなるようなとこはナシね?」
「だと、運動部は厳しいよな。ん~…」
入学時に配られた、クラブ紹介の冊子を見つめる。数は多いのだが、条件があると候補は絞られてくる。
「あっ、これ」
彼女が気になったもの。それは――。
【伝説同好会】
「でんせつ、どうこうかい…?」
「なんか気になんない? 伝説だよ、デンセツ!」
各クラブごとに紹介スペースが割り当てられているのだが、ここに限っては文も絵もなく、団体名のみ。
時田さんは「うち伝説のポケモンは、絶対つかまえる派なんだよね~」と想像を広げているものの、僕の感覚では、怪しいようにも見える。
「今日活動してるみたいだね。行ってみる?」
☆★☆★☆★☆
ここだけの話。クラブのことなんか持ち出したのは、僕なりに
時田さんと付き合いだして、1週間ほど。彼女のような人間にとって、さして珍しいことでもないのかもしれないが。
時田さんは、早くも僕に対し、依存状態に入りつつあった。
風邪で学校を休んだ時、僕がいないからといって早退してしまったのを見ても判る。
夕飯時に「行っていい?」とメッセージが来て「ダメ」と返したこともある。
(その後に来た、ふて寝をするウサギのスタンプが可愛かったが、本人には言っていない。)
そのうえ、こうしたことについて相談できそうな相手がいなかった。
中学の友達に言ったら、『おま…。入学早々、もう彼女出来たの?』と呆れられるだろうし。妹は言うまでもなく論外だ。
だから、どこかに外と繋がれる場所が欲しい。
フレッシュな空気を吸えて、これからの2人のためにも、その方がいいと思う。
で、辿り着いた先は。
「ここだよね」
「薄暗いけど、中、人いるの?」
「わかんない。入ってみたら?」
誰もいない可能性もあったが、すんなりドアが開いた。
「こんにちはー…?」
「誰かいますか~?」
なんの部屋なのか、様々な本や、ガラクタが置かれていた。
温泉の名前が入った
とりわけ目立つのは、女神を
そのまま進んでいくと、窓際に、
「………何か、用?」
「キャア! 出た!?」
時田さんが、こういう時のお約束のような反応をしてくれたが、僕にしがみつく口実とかではなかったらしく、普通に飛び退いてくれた。大変結構。
「失礼ね…」
黒い長髪の女子だ。フレームの太いメガネを直しながら、こちらへ目を向け、僕の方を見据える。すごく、というかコテコテと言っていいくらいに、マジメそうな印象。(中学に時々いた)
全体に
が、人のことジロジロ見るのは、良くないよな。
「勉強してたんですか?」
「学校は、勉強するところよ」
「それはそうですけど。ここ〈伝説同好会〉の部室で、合ってます?」
「………。合ってます」
あんまり歓迎されてないのかな? そう思ったが、部活動の見学であることに気づくと、「私、部員だから、説明します」と言って、中央のテーブルに移動した。
新入生用のプリントがあるらしく、1部ずつ配られる。僕と時田さんは隣り合わせに、部員の女子は正面に座った。
「あの。名前を、訊いても?」
「……
一瞬の間の後、フルネームを答えてくれた。
時田さんが、「じゅんこって、小学校の友達にいた」と呟く。ちょっとはしゃぎ気味だ。
「ここでは、いろいろな伝説を、研究してます。
普段はこの部室で、調べ物をしたり、書き物したりしていいことになってます。
月に何回か、フィールドワークで、事前調査した場所を訪ねます。
夏休みには合宿が、あるらしいです」
佐波さんは、淡々と説明した。
あんまり、活発な部活という感じはしなかった。僕らが入るなら、それくらいがちょうどいいのかもしれないけど。
「あの」
いまは僕の隣に腰掛けている女子が、目を輝かせて、
「デンセツって、どんなのですか?」
え。時田さん、いまので興味出たの? この部屋に来てから意外にも、関心が高まっているように見える。
しかし思えば、彼女は元々、好奇心の強い性格。恋をしてからはそれが狭まり、関心が僕にだけ向けられるようになってしまっていただけだ。
その意味では、ここへ来て良かったと言えるだろう。
「そ……それは」
佐波さんは、言葉を詰まらせ、
「私も、詳しいことはまだ。頼まれてやってるので」
「そうなんだ?」
それなら、出直した方がいいか。と思うも、
「……待って。確か、ここに…」
佐波さんは立ち上がると、棚の方に歩いていき、そこから数冊の冊子を持ってきた。
「コレ、卒業生が作った会誌。これを見れば、どんなことしてるか解るでしょ」
それらの会誌の年号は、かなり古い物だったが、
そこには、さっき言っていた神社やお寺の現地リポート。伝説のメニューの食べ歩き。都市伝説の検証、など、多彩な記事が載っていた。
地元で元ネタを知っているものも多く、その裏側をスクープする記事には、感心するものもあり、心引かれた。
「へぇ、色んなことやってるんですね。神社やお寺の伝説とか?」
「そ……そうみたいなの。
私、地名とかの由来を調べるのが好きだから、それが楽しみで。この年の合宿は、殺生石で有名な…」
「殺生丸?」
「…あ、いや。殺生石っていうのはね……」
どうやら色々ありすぎて、「詳しくは」まとめられないという意味だったらしい。地方に伝わる伝説について、少しく話をした。
高校で、彼女以外と会話するのって、すごく新鮮な気分。やっぱコミュニケーションって大事だ。
「………む」
しかしその時。僕の隣に座る時田さんの顔に、複雑な表情がよぎった。
時田みいなの(というかヤンデレ一般の)目の前で他の女子と話していたら、どういう行動に出るのか。先に考えても良かったのかもしれない。なぜなら……
「あの、この部活って、――恋人同士で入っても、大丈夫ですか?」
「へっ?」
何を思ったか時田さんは、これ見よがしに僕の腕に手を回してきた。人前だというのに、彼女はそれで条件反射のように、うっとりモードになってしまう。
「ちょっと時田さん…!」と叱ってみせるが、動じる様子はない。「このままだと、誤解され――」
……って、誤解の余地もなかった。付き合ってるんだよ。仲も良いよ。あいにく見たとおりの関係だよ僕らは。
「そ、そうなの…。……道理で……」
何が「……道理で……」なのかは不明だが、佐波さんは僕たちの関係を知って、しゅんとなってしまった。
驚かれても無理はないか。僕は、どう見ても地味めな、あまりパッとしない男子。時田さんみたいなギャルっぽい女子が、他に目もくれないくらい僕に惚れてしまっているのは、不思議に感じられるだろう。
……性格のことは、外見だけじゃ分かんないので。
「…部内の恋愛は……禁じられていないと思うけど、そういうのは困ります。
目に余る行動は、控えるようにして下さいっ」
佐波さんが、これまでにないイラ立ちを見せながら言った。
そんな細かい規定が、部活動の規則にあるはずないと思う(――運動部には恋愛禁止を掲げているところもあるらしいが――)ので、これは佐波さん自身の希望だろう。
僕が「そうだよ。時田さんも気をつけて」と言うと、「はぁい…」と手を引いた。
「ゴールデンウィークに。取材を兼ねた散歩があるから、入るつもりなら、来るといいわ。
私もそろそろ、ここ閉じて帰るので」
ツンツンした態度で、ゆっくり椅子を引いて立ち上がる佐波純子。
知りたい情報は入手することができた。僕らも立ち上がり、部室から出ようとする。
唯一の部員は、戸締まりに窓を閉めていたが、視線はこちらをチラチラ窺っていた。僕らがあれ以上、何かしないか見張っているのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
『――なんか、僕のこと見てる…?』
なぜかは分からない。さっきから、探るような視線は僕の方に集中しているように見えた。
が、時田さんがドアの前で待ってることだし、気づかないふりで後にした。
廊下に出たところで、彼女と軽く相談する。
「あげピー、どうする?」
「そうだね。活動自体は、気楽にできそうだし。僕らには向いてるんじゃないかな?」
「うちもそう思った。ゴールデンウィークのやつ、2人で行く?」
「いいね。ただ、あの佐波さんって子――」
あれだけだと、僕らにあまりいい印象を持ってないように感じた。僕と時田さん個人にではなく、〝カップル同伴〟というところ。
せっかく見つけた彼女の安らげる空間を、人が少ないのをいいことに『愛の巣』にでもしようとしてるように見えたかもしれない。ちゃんと部の活動にも興味を持ったので、それについては誤解を解く必要がありそうだ。
堂々とカップル公言する僕ら(主に時田さん)を受け入れてくれるのは、ここくらいしかない気がするし…。と、考えていると、
「……あげピーやっぱ、あの子のこと気になった?」
「え?」
いつもながら見当違いな発想を、時田さんから頂戴する。
僕が少しでも、女の子と話をするたび、心配でしょうがない様子。
「このクラブのこと、話しただけじゃないか。なんでそう思うの?」
「髪黒くて、綺麗だし。それに胸おっきい…」
あられもない事柄を話題にされ、僕は赤面した。
女子にとっては普通なことで、恥ずかしさもないのかもしれないけど。男子にとってその話題は、
「あ、や。だいたい男は大きいのが好きって言うけど、一概にそうとは」
「他の男とかは、マジどうでもいいし。あたしが聞いてるのは、あげピーがどう思うか。それだけが、大事なの。
あげピーがそっちの方が好きなら、うち、もっと努力するよ…?」
まだ何も言ってないのに、大きい方が好きな前提で話を進める。いったい何をどう努力するつもりなんだろう? 確かに、少年誌のグラビアアイドルとか、ゲームの女性キャラとかで、おっきいと目が行くとか、そういうのは、あるけど……。
でもリアルな話なら、僕の答えとしては、
「そんなの関係ないよ。もしそこがずっと、全然ふくらんでなくったって、僕は時田さんのこと好きになってたと思うよ?」
「えっ……!?」
遠くからは、吹奏楽部が練習する音。まだ音を出すのが精一杯という感じで、メロディにはなっていない。
このあたりの廊下は、節電のため照明は付いておらず。午後の光だけが照らす廊下で、1人の男子高生を、ハグする1人の女子高生がいた。
ここには誰もいないんだ。教室で我慢させてる分、このくらいは認めてやることにしたい。
……と思いきや、いつから見ていたのだろう? いつの間にか戸締まりを終えた佐波純子は僕たちを見やって、通りすがりに、
「………アホくさ」
ごもっとも。佐波さんにはあまり言われたくないですけどねー…。
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