付き合い方 編

時田さん、ヤンでなければデレるだけらしい

 朝。家を出ると、僕は眠い目をしばたたかせながら学校へ向かった。団地と公園に挟まれた道を通って、一直線に駅をめざす。


 去年までは、朝は妹と家を出ることが多かった。


 妹が小学校低学年の頃(あの無垢な天使のような笑顔は今じゃ見る影もないけど…)に、毎朝送ってあげることにしていたのが習慣化したものだ。中学に入ってからも、それは続いていた。

 

 その途中で、登校時間が同じだった男子連中と合流することもある。時には、憧れのあの娘からおはようと挨拶されて、付かず離れずの距離で教室まで行くこともある。

 まだ卒業後1ヵ月しか経ってないせいか、その気になればまたあの毎日がまた始まるんじゃないかと、そんな錯覚もあった。


 けど、それも終わりを迎える。とうとうその過去が本当の意味で、思い出になる時がやってきた。


 駅前に聳え立つ高層マンション。その脇にすそを広げる、幅の広い交差点。


 そこに。これまでの僕では考えられなかった、ミニスカートにえ袖のシルエットが背伸びをしつつ手を振っていた。


「おっはよ~、あげピー!」


 昨日からお付き合いを始めることになった、僕の彼女:時田みいなである。今日は春の只中なのに少し肌寒いこともあってか、淡い色のニットを羽織っていた。


 僕らは合流すると、ふたり並んで歩きだす。


「昨日よく寝られた?」

「うん、まあまあ。時田さんは?」

「もぅぐっすり! 昨日は9時には寝てたし」


 予想以上に早かった。普段の生活習慣はかなり規則正しい方らしい。今どき小学生でもそんな時間に寝るか怪しいのに。


「早いね、それは」

「えへへ、すごいっしょ? おかげで良い夢みれたよ。ねっ、どんな夢だと思う?」

「う~ん…。トンビが大根を持って、南アルプスの上空を飛んでたとか?」

「それいい夢なの……? てか、そういうんじゃなくて、なんと! 夢にあげピーが出てきたの。ねっ、メチャいい夢でしょ?」 


 僕が出てくれば良い夢っていう判断基準はどうなんだろう…? 「出てきて、どうなったの?」と尋ねるが、「内緒〜」と逃げられてしまったため、詳細は不明だ。


 ……なんだか僕ら、すごく気恥ずかしいやりとりをしてる気がする。この時間じゃ見てくる知り合いもいないのが救いかな?


 ☆★☆★☆★☆


 早朝の教室は、まだ誰も来ておらず、僕と時田さんは自席へ着いた。


 本来なら、今週から来る時間を遅らせるつもりだったのだが、

 なんとなく、入学式の日と同じくらいの時間で合わせたら、またしても早朝の教室に2人だけという状況になってしまった。


 朝の教室には、放送部の計らいだろう。学校クラシックの定番、ヨハン・シュトラウスⅡの〈春の声〉がごく小さな音で流れている。(よくCMソングとかで使われる曲なので、そんなにロマンチックでもない。)


「この時間いいねー。あげピーと、2人きりでいられるし」

「そうだね」

「しあわせ~!」

「あっ、………うん」


 ものすごく自然に、時田さんは、僕の机に寝そべってきた。


「ムフフフフ……。この机、あげピーの匂いがする」

と、つむじを見せながら、ちょっと危険な発言をしてみせる。


「いや、机に匂いはしないだろ?」とツッコんだものの。恋人が無防備に、身も心も投げ出してくれているのだ。 僕だって、それが嬉しくないはずはない。


 けどね、いまは場所が場所だ。いくら時田さんがデレデレしてきたって――時田さんの場合ヤまない限りは、基本デレ成分が強めな訳だが――、僕はあんまり仲睦なかむつまじいところを見せびらかすつもりはない。バカップルの皆さんの仲間入りをする予定は、今のところないのだから。


 時田さんはそれを解っているのか、どうなのか。


 それ以上は馴れ合ってきたりせず。ただただ安心しきった様子でいるので、釘を刺すこともせず黙っていた。


 やがて後から登校した生徒たちが、ポツポツと入ってきた。一瞬こっちの方へ目を向ける者もいるが、すぐに視線を戻したり、最初から興味がなさそうだったりした。


  僕は、雰囲気の違いから付き合い始めたことが判るのではないかと、内心ちょっと不安だったんだけど――そうか。


 時田さんと僕って、初日からこんな感じだったから違和感がないんだ。彼女が机に枝垂しなだれているくらいで、イチャついてるとは思われてない。もしかすると、『同中おなちゅうの仲間なのかな?』くらいに思われてるのかもしれない。


 キンコーン・カーンコーン、と予鈴が鳴った。そろそろ前を向かなければならない時間だけど、その前に、


「あ、そだ。会ったら聞こうと思ってたんだけど、


あげピーの、好きな食べ物って何?」

 ふと、時田さんが訊いてきた。


「好きな食べ物?」


 コミュニケーション慣れした人にとっては定番ていばんな質問なのかもしれないが、いざ答えるとなると回答に困るものの一つだ。僕は、さほど深く考えないことにして、


「肉じゃがかな」

「へ〜っ、肉じゃが…ね。ふんふん……」


 そう答えた。好きは好きだけど、別段こだわりがある訳でもなかったので。


 しかし時田さんは、その品目を頭にインプットすると、カラクリ時計で出てきた人形が帰っていくように、前に向きなおった。


 ――これでまた、僕は彼女の、新たな一面を目撃することになる。

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