告白 -revolution-

 エンドロールが終わると、まるで誕生日ケーキのローソクを吹き消した後みたいに部屋が真っ暗になり、すぐ電気が付いて映画館が明るくなった。


 なんとなくだけど、この2つの瞬間は、よく似ているなと思った。

 映画の場合はスクリーンの上に灯った(ローソクのような)物語を、1時間以上かけてゆっくり吹き消していくというだけで。どちらも、それが夢みる瞬間であることは変わらない。ついでに、終わった後に、妙な満足感があるのもソックリだ。


「ん~、はー…。楽しかったあ!」


 時田さんはシートから立ち上がると、おおきく深呼吸しながら背伸びをした。


 まだ興奮冷めやらないのか、映画館から出る列に混ざってからもチョイチョイ後ろを振り向き、僕に意見を求めていた。

 やっぱり時田さんは、前にいてくれた方が落ち着くな。(注:たぶん席が前だから!)





 そうして、それから。


 僕と時田さんは、近くのファミリーレストランに入った。


 少し早い夕飯を食べながら、さっきの映画の感想を言い合ったり、これから本格に始まっていく学校のことを話したり。


 でも。時田さんは他の皆の事よりも、僕のことに興味があるらしかった。


 先日会話した例の男子や、時田さんとコミュニケーションを取りたがっていた女子たちのことを教えてあげると、「へぇー」と適当に相槌を打って聞いていたが、「そんなことよりぃ、あげピーは…」とか、「そん中に、あげピーの好みな子いた…?」とか、なぜかすぐ僕自身のことへ話を持っていく。


 とにかく僕のことさえ知れれば、それで満足という感じだった。ギャルってもっと、大人数でワイワイやりたいものかと思ってたから、ちょっと意外だった。


 ……いや。もしかしたら。


 もしかしたら、時田さんが少し変わってるだけかもしれない。いくら僕でも、この頃には流石にそんな気がしてきていた。『何が?』と問われても、言葉にするのは難しいけど。


「ねぇあげピー。あ…明日から……朝待ち合わせてさ、うちと、一緒に学校いくとか、……どお?」

「え?」


 軽い感じで提案したように聞こえるが、それは多分フリで。本当は僕がどう答えるかという、ドキドキ感も胸にたたみこんでいるようだった。


「そうだね。時々なら」

「時々かー、……。……あ、うん、いいよ! …スー」


 時田さんは、ちょっと酸っぱそうにオレンジジュースを啜った。

 この反応は、もしかすると僕と毎日のように登校したかったのだろうか?


 はじめて出来た友達と、一緒に行動したいのは分かる。でも僕が心配したのは、『そんなことしたら、さすがに目立たないかな?』ということだった。


 学校が始まって数日で、その容色とカリスマ性で、あれだけ周囲の関心を集めていた時田さんだ。一緒に登校するとなると、どうしたって目立つだろう。長い学園生活、そんなふうになってしまったら、お互い得があるとは思えない。


 けど、ま。時々ならいいだろう。


「ならまず、明日だね。どこで合流する?」

「…あっ、うん! えっと、アソコとかどうかな? 駅近エキチカの、タワーマンションの下の、交差点の……」


 すぐ気を取り直して、ストローを口から離し、前へ乗り出す時田さん。


 トロピカルティー(普段あんま飲まないんだけど、今日はそんな気分だった)を啜りながら僕は話を聞き、朝の待ち合わせ場所について決めた。


 ☆★☆★☆★☆


 外に出た。あたりはすっかり夜になっていた。


 2Fから外に出たので、陸橋の上だった。色々なビルディングや、アミューズメント施設に明かりが灯っているのが見渡せた。


 元々この街は、平成の頃に未来都市をイメージして設計されただけあって、昔から特殊撮影に使われたりするくらい見映みばえがいい。なので、なかなかロマンチックな夜景だった。


「………ねぇ。あげピー、」


 陸橋の上を歩いていると、僕の前を歩いていた時田さんが、急に振り返った。そして、


「すき」


 そう言った。


 とても、素直な言葉。それは決して、このタイミングで伝えようと計画していたようなものじゃない。

 こみ上げてくる気持ちをそのまま言葉にした。いわば、衝動的な告白だったと思う。


「それは―――」


『友達として?』と訊き返しそうになったけど、彼女の顔を正面から見て、そんなこと言えなくなった。


 雨上がりのように潤んだ瞳。夕焼けのように紅潮した頬。


 それらのしるしはこの時、最高潮に達していた。大人だったら何らかの酒を飲んで、これらの変化をアルコールのせいにできたのかもしれない。でも、いまの僕らに、そんな誤魔化しはかない。


 ――僕が、好かれた? どうして?


 知り合って、1週間も経っていないくらい。なのに何ひとつ迷わず、僕に告白してきた時田みいな。


 時田さんと出逢ってから、これまでになく、ドンドン仲良くなっていくのを感じてはいた。それでも最初のうちは、あくまで異性の友達としてやっていくつもりで。

 だから、そう言われても、まだ信じられなかった。


 ……だってさ。こっちも彼女みたいにハイセンスな人間であればともかく。僕みたいな一般人が、どう見てもギャルにしか見えないような女の子から告白されるだなんて、誰が想像する? 驚いても無理はないと思う。


 たとえ、――僕にもまた、彼女と付き合いたい気持ちがあったとしても。


「そんな……、まだ会って、ほとんど時間経ってないんだよ? それで、好きなんて」


「それでも、好きなの。


 時間なんて関係ない。今日一緒にいてわかった。この気持ちは、本物だって。

 これからも、あげピーのこと好きなのは、変わらないと思う。

 それが解ってるのに……何も行動しないで、他の子に先越されちゃうのも、イヤだから。

 だから、あげピーさえ良かったら。


 あたしと、付き合ってくれる?」


 時田さんは、正面から僕のことを見つめた。彼女のすがるような思い。祈るような気持ちが、僕に伝わってくる。


 なら僕も。己の感じていることを、正直に伝えなければならないだろう。


「じゃあ。あとは僕の、気持ちだね」

「……うん」


 僕に迷いはなかった。

 ジッと、時田さんの目を見つめ返した。そして――――………。……。…。




 ☆★☆★☆★☆




 ―――あの時、ハイと答えていたら、僕の人生は変わっていただろうか?


 僕は学校までの通学路を、ひとり、歩いていた。


 本当なら、時田さんと一緒に登校するはずだった道。昨日、待ち合わせをした場所だ。


「来るはずない、よな」


 朝、待ち合わせる約束をしていた交差点。

 1分間だけ。そこに立ち止まって、彼女も来ないし、メッセージも何ら届いていないことを確認すると、やがてまた歩きだした。


 あの日、僕は、時田さんからの交際の申し入れを断った。


 なんでかって? いろいろあるけど、理由は単純。


 ………いくらなんでも、早すぎたから。


 いやさ。だってまだ出逢ってから、4、5日しか経ってないんだよ? 正確に言うと、また一週間すら経過していない。

 そんな状況で『あなたを心から好きになりました、付き合いたいです』と言われてOKする人間が、一体どれだけいるだろう?

『ちょ、ま……。待てっくれ。まずは友達から、始めさせて?』と返事をしても不思議はないだろう。


 それは僕だって、時田さんみたいな子と付き合えたら嬉しい。

 けど、相手のこともよく知らないうちから、恋愛を始めて。その結果どうなるかとか、考えたりしないんだろうか? きっと相性が合わなくて、別れて気まずくなり、思い出すのも嫌な相手として黒歴史モニュメント化するのが関の山だ。


 そのへんは付き合ってみればわかるということなのか。やっぱギャル、価値観が違うよなぁ。それとも、僕が慎重すぎるのか?


 そう言や昔の恋愛シミュレーションゲームでは、告白して付き合うまでに、高校生活の3年間をまるまる費やしたらしい。さすがに僕もそこまで悠長ゆうちょうに構えているつもりはない。というかそいつら、付き合う前からデート行きすぎだ。


 とりあえず、今のところは、友達ということで落ち着いてもらった。たぶん次に遊んだりする時までには、ハッキリした答えを考えておかないといけないだろう。


 まるで僕らは水と油、ギャルとパンピー、月と太陽、アイドルとオタクだ。これからも無事やっていけるかな? ま、相手は僕なんかよりよっぽどリア充けいけんほうふな時田みいなさんだし大丈夫だろ!


 ……なあんて。まだこの時の僕は、そう考えられたんだな。


 でもそろそろ、それも終わりだ。だって、それまで築き上げてきた固定観念こていかんねんというか、常識というか。そういうのが通用したのも、この日・この時までだったのだから。


 ☆★☆★☆★☆


 つらつら考えているうちに、いつの間にか学校に着き、いつの間にか授業は終わっていた。


 時田さんは、けっきょく学校に来なかった。今日は目を上げるたび、いつも彼女の背中が見えるはずの前の席が空いていて、ちょっと調子が狂った。


『やっぱ僕が原因なのか? いや、それは自意識過剰だろ。どう考えたって偶然………ん?』


 家に帰ろうと、机の中身を引き出した時だ。

 1通の封筒が、机に入っていたのに気がついた。


 手紙だ。


 今日、時田さんは学校を休んだんじゃない。あの登校初日と同じように、朝一番に来ていたんだ。

 ところが。この手紙を僕の机に入れ、これからどうなるだろうかと、緊張の面もちで(たぶん)去っていった。


 手紙を入れたということは、どうしても僕だけに伝えたいメッセージがあるということ。なんだろう? 気になって、すぐ開けて読んだ。


〈だいすきな あげピーへ。


 昨日は、ありがとう。すごく楽しかったよ。

 やっぱり、あげピーが一緒にいたからだね。


 あたし、あげピーと出会えたのは、運命だと思ってる。

 ふたりは赤い糸で結ばれるんだって、そう感じてるの。


 だから、もう一度だけ、チャンスを下さい。

 今日は屋上で、待っています。これでダメなら・・・。


 いさぎよく、かっこよく、



 し の う と思います〉



「……………へ……????」

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