はじめて夜明けまで電話する
その日の夜は、眠れそうで、なかなか寝つけない夜だった。
外は暗く、空気は
明日は土曜日で、休みである。だから夜更かししていても問題はないのだが、夢の世界へ旅立ちたいのに旅立てないというのは、結構もどかしいものだ。
あたかも羊の数を数えようとしたのに、想像した羊が柵を跳び越えず、その前でメェメェ言いながら同じところをクルクル回っているような……って、なんだこの
『――そういえば。携帯の電源、切ったままだったな』
ふと思い出した。
今日は帰ってから、スマートフォンの電源を切って充電していた。あまり連絡を取ってくる友人もいないし、そうやっていて特に困ったことはない。
しかし、今回は事情が違っていた。
僕は半身を起こすと、コンセントのあるところまで這っていって充電器を抜き、スマートフォンの電源をオンにした。
「え!?!」
〝メッセージ:27件
着信:9件〟
何事かと思った。
うちは両親が仕事の都合で夜勤があるため、最初は、その関係で何かあったのかと考えた。
「もしかして、父さんや母さんに何か………じゃ、ない?」
だが実際は――。親からは1件も来ておらず。代わりに、これまで見たことのない相手から大量のメッセージが届いていた。
それは「☆ときみな★」という、登録したての〈New〉マークが付いた相手からだった。
プロフィール写真は、
「なんだよ、スパムか。いつの間に紛れこんだんだ? 迷惑だし早くブロック………。…って、コレ時田さんか!?」
よく見ると、彼女のフルネームをつづめた名前になっていた。
僕の知り合いの中では、見ないタイプすぎて危うく消すところだったよ。
『時田さん、なんだってこんな、大量のメッセージを僕に……』
こんなに連絡を入れてくるとは、タダ事ではないだろう。心配の対象が、親から同級生へ移り変わったというだけだ。
なんの用だったのか、メッセージの内容を確認しようとした。しかし「見てる?」とか「返事して〜」とか「なんかあった?」とか、そんなのばっかなので、肝心な要件になかなか
こんなに連続でメッセージを受け取ったのは、はじめてのことだ。
そこへ。
電話の呼び出し音が鳴った。表示されている名前は「☆ときみな★」。こうやって見ると……畜生、ちょっと可愛いじゃないか。
ちょうど気になっていた
「もしもし?」
〈あっ、あげピー!? よかった、繋がったぁ…!〉
安心の溜め息を吐く「ときみな」こと、時田みいなさん。この喋り方と雰囲気は、僕の知ってる彼女で間違いない。出逢ったのは、ついこないだのことだけど。
「何かあったの?」
急を要する事態でもあったのかと、僕は息を呑むような思いで尋ねた。
〈あ、ううん。
今日あたし、学校であげピーに迷惑かけちゃったから、謝りたかったの〉
「迷惑?」
なんのことを言っているのか、僕には心当たりがなかった。
〈ほら……あたし、あげピー以外に友達いらないーって言ったら、あげピー困ってたでしょ? だから、それ謝んなきゃって思って〉
「………。……それだけ?」
一瞬ためらったものの、やっぱりそう返さざるをえなかった。
それだけのために、さっきの連続メッセージを? 20件以上もメッセージを送る理由としては、物足りないのではないだろうか。
しかし――時田さんは、そんなことでは、ビクともした様子もなく、
〈それだけだけど、そんだけじゃないってゆーか……。
せっかく連絡できるようになってメッセ送ったのに、あげピー全然、反応ないじゃん?
電話もしたのに応答なくて、ふつう『何かあったのかも!?』って、思うでしょ?
もしかしたら、事件とか事故とか巻き込まれたのかもしんない! それ思ったら、居ても立ってもいらんなくなって〉
普通……。そう思うか?
時田さんが不安がっていた内容は、僕から見ると、考えすぎだと
「心配しすぎだよ。携帯は、電源切って充電してただけだし。
それに、連絡先も交換したばっかなのに。そんなタイミング良く、事件や事故に巻き込まれるわけないって」
苦笑してそう答える。
〈いやいや、分かんないよ~? もしかしたら神様がタイミングよく、
『ミナよ、あげピーがピンチだ。カレを救えるのはキミしかいない!』
…って、使命をうちに与えて、あげピーと引き合わせてくれたのかもしんないし?〉
神の渋い声を真似して、時田さんお得意の運命論が
ついつい受話器に向かって
〈――笑い事じゃないって。
大切な物だって、人だって、いつなくなるか分かんないんだよ?
だから大事なものが出来たら、あたし、絶対なくしたくないの〉
「そっか。そう、言われると――…」
時田みいなの、モーレツな説得に遭って。どうも納得せざるをえなくなってしまった。
学校で彼女がした宣言によれば、時田さんにとって僕は『高校でたった1人でもいいと感じている友達』らしい。
真偽のほどは定かではないが、そんなふうに思われて、全く嬉しくないと言ったら嘘になるだろう。ここは、素直に喜んでいい場面なのかもしれない。
「そうだね、心配させてゴメン。これからは気をつけるよ。
それじゃ、また」
これで用件は済んだ。もう夜も遅いし、そう言って通話を切ろうとしたのだが――。
〈まま…待って!〉と。切るのを止められた。
〈あげピーが良かったらだけど……もうちょっと話さない?〉
どうやら時田さんは、僕とまだ話したいご様子だ。
「話す? 何をだい?」
〈なんでもいいよ? あげピーと話したいこと、いっぱいあるしー。これって、うちだけ?〉
「いや、そんなことないよ。ちょうど明日は休みだしね」
〈ヤッタ♪ じゃぁじゃあさ。この前の、話のつづきなんだけど――〉
☆★☆★☆★☆
――外で、
世界には、いつの間にか夜明けがやって来たらしい。濃紺だった大気がスミレ色になっていた。日が昇ってきたのだ。
〈あ、もうこんな時間! ゴメンね、長くなっちゃって〉
ふいに、時田さんが呟いた。
「いや、大丈夫だよ。今日は特に予定ないし」
これまで電話で長話をするという習慣がなかった僕は、話してるだけでこんな簡単に時間が経つんだってことに驚いた。
時田さんと話していると、楽しいのもあるが、もっとこうして話していたいと感じさせるものがあった。どうしてだろう?
〈あっ、空キレイ……〉
「空?」
〈うん。とおくに太陽が出てきてるの。あげピーの家から日の出、見える?〉
そう言われ、東の空――日が昇る方だからきっと東なんだろう――を眺めると、ひときわ明るんでいた。
「ああ、朝焼けだね。トワイライトってやつ」
〈トワイライト? トワイライトってたしか……〝
む、このギャル、意外と
「時田さん、よく知ってるね。黄昏なんて古い言葉?」
〈ん? なんか、漫画に出てきたんだよね〉
それならありえるか。響きがカッコイイし、よくフィクションで使われる言葉ではある。思えば、僕が知った経緯も似たようなものだ。
「僕も最近知ったんだけど、トワイライトは黄昏――夕焼け――を表す他に。〝夜明け〟を表すこともあるんだって」
〈へぇ……。じゃ、夕焼けだけじゃなくて、今みたいな朝焼けも、トワイライトって呼ぶってこと?〉
「そ。どっちも、『光と影の間』って感じで。よく似てるだろ?」
言いながら眺めると、日の出の光は、僕の部屋を
〈たしかに……。知らなかったー。あげピーと話してると、なんか賢くなれそうッ!〉
なんだか、おだてられてしまったけど、似たようなことを感じているのは僕も同じだった。
時田さんと僕の趣味は、ギャルと一般人であるだけあって、異なる部分も多い。
けど、知らないことは彼女がいろいろ教えてくれるので、普段は目に入らなかったことまで目や耳に入ってくる。
それは、どちらかと言えば
「ありがとう。でも、………ふぁあ……。さすがに日が昇ったし。もう僕は寝るよ」
〈あ、うん。 ……ねぇ、あげピー。もし、あげピーがここいたら、うちの、隣で…………〉
時田さんも、さすがに眠いらしい。いまにも寝入りそうな声で、何かを言いかけた。
「隣で、……何??」
〈あ、な、…なんでもない! そうそう、
Twilightで思い出したんだけど、今そういう題名の映画やってるよネ! あげピー観た?〉
「ああ、あのCMでやってるやつだね。観てないな」
〈じゃあさ~。日曜、一緒に見に行かない?〉
「日曜ってことは……
すでに朝になってるので今日は土曜日。そして明日が、神も
〈うん、そう。嫌だったら、いいんだけど……〉
彼女は自信なさげにそう言い添えたが、べつに嫌じゃない。時田さんと一緒に遊べるなら、僕も大歓迎だ。
「いいよ。朝起きれなそうだから、午後からなら」
〈ほんと!? じゃあ決定ね!
詳しい時間とかは、後で送るから〉
時田さんの嬉々とした声の下、僕らは電話を切った。
充電したばかりだったはずの電池は残り少なくなっていた。すでに10%を切っている。
「……やっぱギャルってムダ話、好きなのかなあ。こんなに長電話したの、初めてだよ」
早朝と呼ぶべき時刻を指している、時計を見ながら呟いた。
ここで再び、新たに明らかになった時田みいなの特徴を追加しておこう。
・応答がないと、大量のメッセージを送ってくる
・とても心配性
・(好きになった相手との)電話がやたら長い
メッセージが多かったり電話が長かったりするのは、一見、他人とコミュニケーションをとるのが大好きなギャルの特徴に見える。
だが、
そろそろ気づけ自分。時田さんというヤンデレギャル――そんなの聞いたことないけど時田さんにピッタリな言葉だと思う――の底なし沼に、どっぷりハマってしまう前に……。
さて。隣の部屋からガタガタ物音が聞こえたと思うと、妹が部屋の前を通りかかった。まだ起きるには早い時刻だから、トイレへでも立ったのだろう。
灯りが漏れているのに気づいたらしく、ヌイグルミを抱いたまま僕の部屋を覗き、
「ムニャムニャ…。……! お兄ちゃん、まだ起きてたの!?」
驚きの声を上げた。
「ん、……トイレ行ったら、寝る」
妹の横に並んで歩くと、「いいけど。私、先だからねっ?」と速度を上げた。相当な勢いでドアが開き、閉じた。妹よ、おもらし寸前か。
この日は、午後まで寝て過ごす休日になった。起きてても空耳で、何度か時田さんの声がしたことである。
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