妹はメスガキ以前にただのクソガキさ

 結局、時田さん以外に、誰ともアドレス交換せずに家に帰った。


 べつに彼女が、『友達はあげピーだけでいい』と言ってるのに合わせたわけじゃない。声をかけるタイミングを逃しただけだ。


 それで、僕はしばらく今日あったことを忘れ、マイルームで読書と洒落こんでいた。


「お兄ちゃん、いるー?」


 と、いう声と同時。一切タイミングなどお構いなしに、部屋のドアを開けて入ってきたのは、僕の妹である。


 僕は机の上で読んでいた電子書籍をいったんスリープにして、後ろを向き、


「いいって言ってから入れって、いつも言ってるだろう?」

「平気だよ。私お兄ちゃんが何してても、気にしないし」

「そういう意味じゃなくてだな……」


 妹は、かなり幼げな容姿。

 最近の子供たちの発育の良さをかんがみると、小6くらいに見えてしまうかもしれない。

 が、実際は、むつかしい年頃の中2女子である。


「お兄ちゃん、新しいクラスどう?」

「べつに、どうも」

「そうなんだ? 私はまあまあ。かなぁ」


 求められてもいない質問と回答を済ませると、妹は部屋の隅に置いてあったヌイグルミを引き寄せ、ベッドの端に腰掛けた。


 というか、自分のモノを僕の部屋に置いていくなよ。自他じたの境界が曖昧な証拠だ。


 妹は足をぶらぶらさせながら、上機嫌に、


「でも、男子って本当チョロいよね~。

 ちょっとアニメやゲームの話をすれば、すぐ付いてくるんだもん♪」


「…………」


 僕は沈黙した。


 あえて文学的に、『たいへん気まずい思いで押し黙った』と言い換えても構わない。あえて換言かんげんする必要は、何もないが。 


「お兄ちゃん、何か言いたいことあるの?」

「なにも」


 僕は静かに首を振り、机へ向きなおった。


 思春期の情動には抗い難いのかも知れないが、妹の見え透いたワナに引っかかるとは。その数名の男子が、貴重な青春をうちの妹に浪費させられ、いいように利用されて終わるのは目に見えている。

 僕としては、彼らの行く手に待ち受ける苛酷かこくな未来に、ただただ、同情をするばかりである。


「でもねでもね、今年は女の子の友達もできそうだよ! 去年は失敗して、最後は嫌味言われたりするようになっちゃったからねー。気をつけないと」


 同性とも折り合いをつけるすべを学んだらしい。中2でその処世術は、早すぎだろ。


「……我が妹ながら、末恐ろしい」


 とうとう平静を保つことができなくなり、僕は溜め息まじりに、肉親に対する恐怖を口にした。


 我が人生を省みると、この妹によって女性一般に対する免疫が出来たというか、精神を鍛えられてきたと言っていい。その点だけは、この愚妹ぐまいに感謝すべきなのかもしれない。


「お兄ちゃんはどうなの? 新しい学校。友達できた?」

「友達は一日二日じゃできないだろう」

「お兄ちゃん、難しく考えすぎっ。『二回会ったら友達』って言葉、知らないの?」

「『二回会ったら友達、って嘘はやめてね』っていう歌もあるぞ」

「それが難しい証拠なんだってー。今の子にそういうの流行はやんないよ? 友達も、インスタント感覚で作らないとネ!」


 このJCの過剰かじょうな自信と、他人を見下した態度はどこから来るのだろう? そういうこと言われると、自分が急にオッサンになったみたいで哀しい。


「じゃあさー、よく話す人は? 普通は、そこから友達になれるでしょ?」

「よく話す人か――…」


 人生初となった、ギャルなるものとのファースト・コンタクト(いま読んでる古い小説によれば、第三種接近遭遇だいさんしゅせっきんそうぐうと呼ぶらしい)が脳裡に浮かんだ。


「………いるけど。友達になれるかは微妙」

「なんで? なっちゃえばいいのに」

「僕がギャルと、友達になれるならね」


 ポトリと。

 持っていたヌイグルミが、妹の手から転がり落ちた。


「え~!! お兄ちゃん、いつからギャル推しになったのぉ!?」

 妹が黄色い声を上げ、ベッドから立った。


「いつから……なんだって?」

 僕の方はなんと言ったのか聞きとれず、尋ね返した。


「推しだよ、推し。お兄ちゃんか選ぶのって、いっつも黒髪・清楚せいそな子ばっかりだったじゃん」

「そうだっけ?」

「そうだよ。檜坂ひのきざか46のピンバッジ、私がかぶった子のあげたら喜んでたし。ゲームとかアニメ見てても、選ぶのは黒髪・ロング・清楚で、大人しそうな子ばっかりだし」


 言われて、いま妹が挙げた例を想い描く。


 自分が好きな物にどういう傾向があるかなど、深く考えたことはない。それは、人の好みや性格に、まとまりが付くものではないと考えているからだ。

 

 だが――、あえて選べと言うなら、妹が言うように黒髪清楚が好みということになるのだろう。その方が僕も気が安らぐし、性格も合うと思うからだ。


「黒髪清楚か。推してるつもりはないけど、好きではあるね」

「だよね。じゃあそのクラスメイトさんは、実は黒髪清楚で、大人しいギャルなの?」


 それは、もはやギャルという概念が破壊されてる気がするが……。まあ実際は、黒髪のギャルも結構いるみたいだけど。

  

「いや、そんなことないよ。どう見ても明るい性格だし。髪も茶髪……じゃなくて、ちょっとシルバー…?」


 時田みいなの髪の色は、表現が難しいんだ。茶髪と言ってもいいが、少し淡い感じもする絶妙な色あいで、やっぱりプラチナでも言った方がしっくりくる。しかも不思議なもので、色が両方とも混ざってる感じがあるし。


「ふーん…」と、妹は僕のベッドに身を横たえた。


「お兄ちゃんもとうとう、清楚ちゃんからギャルへ乗り換えかー。いるよねぇ、高校になると急に好みが変わる人」


 己の横髪をいじりながら「私も色染めしよっかなー」などとうそぶく。「お前まだ中学生だろ」と忠告しておいたが、僕としては言わずもがな、妹の言うような鞍替くらがえをしたつもりはない。


「時田さんとは、ただ席が近かっただけだって。それでヘンな関心もったら、向こうだって迷惑だろ」


「トキタさんって言うんだ? お兄ちゃんの前の人。

 そのトキタさん、もしかしてお兄ちゃんのこと好きなんじゃない?」


「はぁ……。何を馬鹿な」


 身内みうちが恋愛に口を突っこんできた時ほど、この世にピント外れで阿呆らしいものはないと僕は思っている。


 いったい母親に何度、「変な女が寄ってこないように気をつけなさいよ?」と小さい頃から注意されたことか。そしてただの一度も、そんな機会がなかったことか。


 それで誓ったのだ。『理由もなく女子が自分を好きになるなど、ゆめゆめ思うべからず』と。


「まだ会って一週間も経ってないんだぞ? それで好きになるとか、友達以上にありえないだろ」

「そうかなぁ? お兄ちゃんって性格いいし。服装とか髪型はダサいけど、顔はそんな悪くないし。見る目ある子なら絶対、最初っから狙うと思うんだけどなあ……。これ私が言うんだから、本当だよ?」

「………」


 その恋愛脳全開な発言にそろそろウンザリしてきたので、眠くなったフリをして突っ伏すことにした。時田さんの真似である。


「ちょっとお兄ちゃん、話してる途中に寝ないでよ~」と食い下がってきた。「ペンギン1号、頭に置くよ?」とおどされ、うなじのあたりがちょっと重くなったが、それも無視していると妹は部屋から出ていった。

(*どうでもいい話だが、僕の部屋に置かれてるのがペンギン1号で、妹の部屋にあるのがペンギン2号である。)


 なるほど。机に突っ伏すのも、なかなか便利だ。これから積極に活用していこう。

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