ギャルだけど友達ほしがらない

 入学2日目の、放課後。


 新しいクラスメイトたちで、教室は賑わっていた。


 皆、まだ学校のこともクラスのことも、よく分かっていない状態。

 そんな中で、巣立ったひながお互いじゃれ合うように、僕らは少しずつ羽を伸ばし始めていた。


「へ~そうだったんだー?」

「あいつ俺と塾一緒で……」

「私の学校それなかったよ」


 等々。なるべく多くの人間と接触を図り、交友関係を広げようとする。年度はじめには、よく見る光景だ。


 事情が許せば、僕だってそうしていただろう。が。


「でねでね。そのネコがね、ホント可愛いのー。色は黒で、名前はまぐろっていうんだけどね?」

「へぇ、そうなんだ? ………」


 昨日は、友達になれそうな相手がいて、素直に良かったと思った。

 しかし今日は、いささか事情が異なっていた。


 ――昨日から、僕は時田みいなとしか会話を交わしていない。


 時田さんが、後ろにいる僕にばかり話しかけてくるので、他の人と話をする暇がないのだ。僕らはクラスの中、2人だけで孤立してしまっているように感じる。


 一方、他の皆はというと、3人ないし4人、多いところはそれ以上で集まって雑談に花を咲かせていた。スマートフォンで連絡先を交換したり、利用しているSNSを教え合ったりする光景も見られる。


 この時になって初めて、自分が友達作りに出遅れていることを自覚する。


 前にも言ったとおり、僕は中学では友達が少ない方だった。そういう経緯もあって、高校では交友関係を、なるべく広く持ちたい。


 であれば新生活が始まったこの時期に、多くのクラスメートと会話し、交流の輪を広げておくべきではないか?

 その思いはきっと、初日から僕に話しかけてきた、このコミュ力の高いギャル女子も同じハズ。


「あのさ、時田さん」


 そう思い、僕は聞き手から一転、彼女の話に口を挟んだ。


「だから~、ミナでいいって言ってるジャン? ま、あげピーがそう呼びたいなら、いいけどね」


 この「ジャン?」というのが、時田さんの場合、優しい感じなのだ。いかにもギャルっぽい見かけに、最初は戸惑うかもしれない。だが実際に話してみれば、男女問わず愛着をもたれることだろう。


「で、なあに? どうかした?」


 僕はいつもの、愛想のいい笑顔を浮かべて、


「いや、大したことじゃないんだけどね。


 誰か他の人と、話さない?」


 ――その途端である。


 それまでの和気藹々わきあいあいとした空気が、一変した。


 時田さんは、一度くりくりした目を大きく見開いたと思うと、


 急に暗い雲がかかってきたみたいに、悲しげに細めた。


 そして、机の上へ視線を落とすと、一言一言、言いづらそうにしながら、


「……もしかしてあげぴー、うちと話すの……イヤだった?」

「へ? なんで?」


「イヤだから、そんなこと言うのかなって。


 うちって、人の気持ちとか考えるの、あんま上手くないんだよね…。いつも、自分のペースで話進めちゃうトコあるし。


 だから……もし、あたしのこと好きになれそうになかったら、正直に言ってほしい! ……変な期待とか、持ちたくないから………」


 時田さんは俯きがちに、そう言った。


『へ??? ど…どういうこと?』


 どういう意味だ? 期待って……? 何の話?


 いや、意味だけなら解る。『自分と話すのがイヤじゃないか』、それを時田さんから質問されている。


 けど、なんでそんなことを、このタイミングで訊いてくるのだろう? 質問の意味いみは解るが、意図いとが解らなかった。


 だが、意図など忖度そんたくしても仕方がない。僕にできるのは、ただ正直に本心を答えるのみだ。そうすれば他意はないことも伝わるだろう。


「いや、べつにイヤじゃないよ? 時田さんと話すのは僕も楽しい。

 ただ、時田さん以外にも、友達を増やしたいと思ってね」


「友達を………増やす………?」


 誤解を解くつもりが、僕の発言で、彼女はさらにショックを受けたらしい。

 身を切る寒風に襲われたかのように身体を震わせていたが、ようやく「…あたしは…」と顔を上げたと思うと、こう言った。



「あたしは、あげピーの他に、友達なんてイラナイっ!!」



『ええっ……!!?』


 それを最後に、時田みいなは沈黙した。


 前へ向き直り、机の上に突っ伏すと、それっきり、動かなくなった。


「あの、時田さん? トキタさ~ん?」


 後ろから呼びかけてみる。呼吸に合わせて背中は上下しているが、それ以外は微動だにしなかった。


 正直、どうしていいか分からなかった。昨日、彼女と出会ってから、僕の人生はオドロキの連続だ。


『俺、何かした……? ただ、他にも友達を作りたいって言っただけ…だよね?』


 仕方がないので、胸の内で自問してみた。


 僕は時田さんと友達になりたくないと言ったわけじゃなく、他にも友達が欲しいと伝えた。だけど、時田さんは僕以外に友達はいらないらしい。


 本気だろうか? 本気で僕だけで高校生活を過ごすつもりなのか? でも、一体なんのために……?


 謎である。とりあえずかわやへ行って、頭を冷やしてこよう。


 ☆★☆★☆★☆


「へー、それで、あげピーって呼ばれることになったわけ? スゴイじゃん!」

「何それ、褒めてんの?」


 トイレで一緒になった男子と、話しながら教室へ戻ってきた。


 こういう時の、にこやかな笑顔やくだけた口調は、べつに作っているわけではなく自然とこうなるのだ。このあたりが大人に少し軽薄に見られてしまう所以ゆえんだろう。実際は、そのぶん『腹を割って話せる友達が少ない』というハメに陥りやすいのだが。


「あげピーはこれから帰り? 俺ら、部活見に行こうかって思ってるんだけど」

「あ、や。今日はすぐ帰んないといけなくて。だけど、そう、……」


 けど、友達ってのはこうしてるうちに出来るものだ。ちょうど連絡先を交換しておくいいチャンス。

 スマートフォンを取り出しかけたところで、しかし、僕は手を止めた。


 ――『あげピーの他に、友達なんてイラナイっ!』――


 心の中で、さっき聞いた言葉がリピートする。


 自席に目をやると、そのすぐ前に位置する女子は、まだ机に突っ伏したままだった。

 しかし、周囲では動きがあったようだ。


「ねぇねぇ、寝てるの?」


 一緒に行動するようになった女子3人が、時田さんに接触を試みていた。


「髪の色キレイだから、話ききたかったんだけど」

「やめときなよー…怒られるよー」


 ちょっと離れた位置から1人に言われ、反応がないのを知ると諦めたらしい。ドアの方へ向かって歩きだした。


「だってギャルだよギャル? 友達になりたくない?」

「えー、私はムリ~…ちょっと怖くない?」

「ていうか、それ以前に可愛いこだよね」


 やっぱりみんな、時田みいなには一目置いていたようだ。小声だが、隣を通っていく時にそんな会話が耳に入ったから。


「………」


 しかし時田さんは、眠っているような姿勢のまま全てをスルーしてしまった。もしかして僕が帰るまで、ああしているつもりなのだろうか?


「? どうかした?」

 さっき知り合った男子が、不審ふしんがって僕に尋ねる。


「……あ、や。なんでもない。また明日」

 僕は小刻みに手を振って、友達になりかけてた男子に別れを告げた。


 ――何やってんだ? 相手は偶然、最初に席が近くて話すようになったクラスメイトにすぎない。それが訳のワカラナイ行動をとってきただけで、気にする必要は皆無かいむだろうが。


 そう思いながらも、僕は。


「あのさ、時田さん」


 やる気なさそうに寝てる(?)女子に声をかけるのは、思った以上に勇気がった。けど、


「連絡先、交換する?」


 名前を呼んだだけでは反応がなかった。けど、この一言で。


「……………する!!!!」


 時田さんは、むくりと起き上がった。

 見れば、額には軽く跡がつき、目は花粉を浴びたように潤んでいた。


『え? まさか泣いてた? いや、まさかな』


 そう、普通ありえないだろう。僕なんぞの言葉に、彼女のようなギャルを傷つけ動かすほどの重みがあるわけない。別に自己肯定感が低いつもりはないが、さりとて高くもない。要するに普通ってだけだ、僕の学校でのポジションは。


 だからこそ、彼女にとって僕がいたことは、何兆フレームもある日常の一コマに過ぎないだろう……と、この時は思っていた。


「待ってて、いまコード出すから」

「う……うん!!」


 僕は登録に必要なコードを画面に表示した。

 時田さんはすかさずそれを読み取り、交換後の画面をしばらく見つめていた。


 まるで生まれて初めて、アドレスを交換した小学生のようだった。大した設定もしていないし、そんなに見られると恥ずかしいんだけど……。


「ありがと。

 …今日は調子チョーシわるいから、さき帰るね」


 それだけ言い残すと、時田みいなは教室を出ていった。


 さて、これで後ろめたいことはもう何もない。彼女が僕しか友達を作る気がないのならそれは彼女の勝手で、こっちが同じようにする道理は何もないのだから。


 そんなわけで、僕は――。

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