初日から分かる、ヤンデレの特徴とは?

 入学式というと、お決まりのパターンを想像しがちだ。


 校長がやたらと長い話をして、生徒の過半数が船を漕ぎ始めるとか、

 生徒会長はなぜか金髪の美女で、のっけから新入生を叱咤激励しったげきれいするとか。


 しかし実際には、そこまで変わったこともなく。


 校長先生は程々に長い話をして話を終え、歓迎の挨拶に立った生徒会長は気さくな人のようだった。


 それによると、「この学園の校章は、昔この地方で発見された、珍しいハスの花に由来する」んだとか。

 ここから少し歩いたところに、その品種のハスがたくさん咲いてる池があるらしいので、機会があったら見に行ってみたいと思う。


 ☆★☆★☆★☆


 それからホームルームで細かい日程表が配られ、担任がこれからの予定を説明して、解散となった。


 クラス全体を見渡すと、思ったより男子が少なかった。数年前に共学化されるまで女子校であったためだろう。ちゃんと友達できるだろうか?


 そんなふうに自席で一日の終わりを噛み締めていると、僕の真ん前の女子・時田みいなが椅子から立ち上がった。こっちへ振り向くなり、


「あげピーって、中学どこだったの?」


 中学か。教えて構わないけど、普通の公立中学だったし彼女は知らないだろう。そんな気持ちで答えたのだが。


美砂みさご一中だけど」

「一中だったの!? あたし美砂二中だったよ」

「え、本当に?」


 これには僕も、驚きの声をあげてしまった。

 美砂一中と二中は、学区こそ異なるものの、同じ町内にあってかなり近い。


「じゃあじゃあ、小学校は?」

「それは二小だったよ」

「うち四小! そっか。だから中学、違ったんだ」


 地域の学校は番号や東西南北とうざいなんぼくで区別されることが多いが、家の近所もその例に漏れない。

 僕のように、二小と三小の生徒が、美砂一中へ進み、

 時田さんのように、四小と一小の生徒が、美砂二中へ進む。


 だから僕と時田みいなは、同じ町にいながら学校が違い、ずっと平行線を辿ってきたというわけ。

 それが、ここの高校に来たおかげで交わったことになる。


「へぇ。それだけ近かったら、会いそうなもんなのにね」

「ホントだよね~! それで同じクラスになって、席もこんなに近いなんて。…なんか、」


 時田さんは顔を火照らせながら、

 

「―――運命かんじちゃう」


「運命?」


 ふと、僕は彼女の言葉をオウム返ししてしまった。


 それが普段あまり使わないワードだからだろう。

 中学が近かった者同士が、高校で一緒になったというだけ。それで「運命」なんて言葉が出てきたことが、ちょっと大袈裟に思えたのだ。


「うん……? まあ、そうだね。運命かな?」


 否定するのもなんなので、肯定しておいた。何事もオーバーリアクションなのもギャルらしい、と言えば、らしいのかもしれないな。


「うんうん。偶然が重なるってことは、やっぱそうだよ~」


 ごく自然な感じで、ふたり並んで歩きだす。


 校舎は内も外も、入学式に来た人々で溢れていた。知り合った2人を隣に挨拶し合う保護者や、家族ぐるみで昼食を食べに行く生徒など。


 体育館に花が飾られたり、廊下に案内の看板が立ったりする。こういう特別な行事の雰囲気は、なんとなく好きだ。


「あげピー、入学式に親きてる?」

 階段を降りながら、時田さんが僕に尋ねた。


「いや、来てないよ」

「あっ、うちも来てない! ね、じゃ途中まで一緒に帰らない?」

「え? ……ああ、いいよ」


 ちょっと間が空いたけど、大したことじゃない。まさか入学式で、異性と一緒に帰ることになるとは思わなかっただけだ。


 女子と帰るのなんて何年ぶりだろう? あれは、近所の及川さんと帰った小学2年の頃だっただろうか……。


 なくしたと思っていたものが、めぐりめぐって帰ってくる。ふと人生の不思議を思った。


 ☆★☆★☆★☆


 時田さんと僕と、駅に着くまで一緒の電車に乗り。

 朝に使ったバスには乗らず、歩いて帰ることにした。


「うわ、懐かしー! うち、あれ変身道具のオモチャ持ってたよ。メタモルフォーゼ!ってやつ」

「ああ、あったなそんなの。あんな昔なのに、よく憶えてるね?」


 すごいな、ギャル。話の引き出しが多いのか、新しい話題がどんどん出てくる。

 僕も男友達と話すような気軽さで会話していた。これは、これからの生活が楽しくなるかもしれない。


 電車を降りてからも話がはずみ、周囲はあっという間に、お馴染みの景色になっていた。


「だよね~」

「うん、そうかも! ……あ」

 家の近くまで来たところで、立ち止まった。


 我がはすでに目と鼻の先だ。ということは時田さんの家からは、だいぶ離れてしまっていることになる。

 学区が異なっていたのだから、彼女は反対側へ行かないといけないハズ。


「時田さん、こっち来て大丈夫? これだと、家から遠くなるんじゃ?」

 化粧も造作ぞうさくも整った彼女の顔を見つめ、僕は言った。


「え? …あ~、そっか。そうだよね?」


 時田みいなは周囲へ視線を巡らせた。彼女の方も、いま気づいたらしい。


「なんていうの、別れぎわのタイミング? あたし、そういうのよく分からないんだよね。だから友達と話してると、ついつい一緒に付いてっちゃうの」

 頭の後ろを押さえながら、照れたように言った。


「ああ、うん、わかるわかる」

 僕は笑って答えた。同じような覚えは、僕にもあるので。


「家、このへんなんだね?」

「そうだね。もう少し歩くけど」

「へー…。

 ……この近くに、あげピーの家があるんだね……」


 まだ入学式の興奮が冷めやらないのだろうか。顔が火照った感じのまま、時田さんは四方八方を見回していた。


 同じ町内だし、何も変わったことはないのでは? と思ったけど、あると言えばあるか。用事がなければ自分の家と反対側なんてなかなか来ないものだ。意外と物珍しいのかもしれない。


「……あのさ、あげピー。もし良かったら、なんだけど――…」

「なに?」

「や…。やっぱなんでもない! また明日ね」


 時田さんは笑顔になると、急に駆け足になって、来た道を戻っていく。僕は、振る手に手を振り返した。


「うん。またね」


 ――この時。僕の心が感じていた、いくつかの小さな違和感。


 こうして思い返すと、出逢った日からもう、時田さんの性格がすごく出ていたんだ。ヤンデレに共通して見られる特徴というのか……。

 せっかくなので、箇条書きしておこう。


 ・相手との共通点を確かめ、似ていることがあると非常に喜ぶ。

 ・事あるごとに、「運命」という言葉を多用する。

 ・相手から言わないと、別れを切り出せない。

 ・別行動が苦手。


 まだある気もするけど、このくらいか。(いま思ったけど、別れ際あんなキョロキョロしてたのは、まさか初日から僕の家を……ってことは流石になかったと信じたい。)


 とはいえ。こういったことに気づいたのは、かなり後になってからの話。こないだ中坊を卒業したばかりの僕が、思春期の女子が示す、微かな異変に気づけるはずがなかった。


 そんなわけで僕はこの日、さっき時田さんと話した、子供の頃見てたアニメのテーマソングを鼻歌で口ずさみながら、我が家へ帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る