第3話 「事件と再会」

「えぇ……」


 芽依が真っ先に発した言葉はそんな、気の抜けたものだった。彼女が欲しいとは書いたが、彼女にしたい相手がいないわけではない。確かに芽依は可愛いけれど、初めて出会った人に心を動かされるほど軽薄じゃない。


「ど、どうしましょう……その人をプレゼント……って、流石に厳しいですよね」


「モノじゃねえしな」


「ていうか、蒼樹さんが彼女が欲しいなんて書かなければこんなことにはならなかったんですよ!」


「俺のせい!?」


 急な責任転嫁に頭が追いつかない。


「じゃあこうしましょう! 私が蒼樹さんの恋をサポートします! そして見事結ばれることができたらそれがプレゼントってことで!」


 俺に指を突き付けて宣言する芽依。少しだけ悩んで、口を開く。


「……それでお願いするよ。女子からの意見とかも欲しい所だったし」


 俺には女心なんて分からない。だから同年代の女の子がどうしたら喜んでくれるのか。なにをしてほしいのかをアドバイスしてくれるのは心強い。


「私、恋愛経験ないのであんまり頼りにはならないと思いますよね~」


「本当に頼りにならねえ!」




 芽依は他の家にもプレゼントを渡さないといけないから、と俺の家から離れていった。あれは夢だったのだろうか。美佐に否定されると、本当に夢だった気がしてくる。


「そんなこと言ってたら着いたみたいだよ」


 バスが停車し、美佐が立ち上がる。俺もその後に続いてバスから降りる。バス停から学校はすぐ目の前だ。時間は午前八時。まだ全然余裕だ。

 俺たち一年生のクラスは一階にあるから、学校内に入ればすぐにつく。美佐とは同じクラス。


「おいーっす、蒼樹今日も美佐ちゃんとラブラブだね〜」


 俺の隣の席に座る男子生徒がからかうような声をかけてくる。


「ラブラブとかそういうんじゃねえって。普通に友達だよ」


「そんなこと言っちゃって〜」


 子供っぽく笑う男。俺の悪友である、文月 一二三だ。

 ふと横を見ると美佐が頬を赤らめている。


「ほら、一二三が適当なこと言うから美佐が顔を真っ赤にして怒ってるだろ」


 美佐の方を指差して指摘する。


「べ、別に、そういうことじゃ……ないけど……」


 美佐が何かボソボソ呟いているが、聞こえない。何を喋っているんだろう……


「くそっ蒼樹、罪深い男だ……っ!」


「とんでもない風評被害だな」


 風評被害……だよな? そう信じたい。適当な会話を繰り広げているとチャイムが鳴る。


「やべ、早く授業の準備しないと」


 鞄に手を突っ込んで、いつものように教科書を取り出す……その筈だったんだけど。


「……あれ?」


「どうした?」


 一二三がこちらを見る。何度も鞄の中を探っている俺。そして信じたくなかった結論が頭に浮かんでくる。



「――俺、空の鞄持ってきてるわ」



「…………」


 何をやってんだって言いたげな視線。いや、俺自身もそう思ってる。多分昨日の衝撃的な出来事に思考がいってて上の空で準備してたせいだろう。


「どうしよっか」


「教科書はオレのやつを一緒に読めば良いと思うけど……ノートがないのは不便だな」


 二人で話し合っていると、背の高い女性が教室に入ってくる。


「みんなおはよう! 授業を始めるぞ!」


 担任の先生だ。橋田 麻里香。短めの髪に、キリッとした顔つき。背が高くスタイルも良い。その上、スーツを着こなす彼女は、男子からも女子からも憧れを抱かれている。


「……って、蒼樹君はどうした? 教科書もノートも出てないけど」


 目ざとくこちらの様子に気づいた麻里香先生。まだ準備してないだけ、なんて嘘を吐いてもバレるし、早い内に白状することにした。


「すみません、教科書とかその他諸々、全部忘れてきました……」


「そ、そうか……」


 ドン引いている。本当に申し訳ない。


「予備の教科書もノートも職員室に用意してあるから付いてきなさい。流石に全教科分を一人で持ってくるのは大変だからな」


「ぜひお手伝いさせて頂きます!!」


 俺のミスをカバーしてくれる麻里香先生に感謝しながら、教室を出る。

 先生から借りた教科書を使いなんとか一日を乗り切った俺は職員室に返却しに行く。


「やっぱり麻里香先生は優しいよね。こんなに沢山の予備の教科書をくれるし、ノートもプレゼントしてくれたしね」


「そうだな……俺も気が抜けすぎてたから、気をつけないと。これ以上麻里香先生に迷惑もかけたくない」


 今朝ぶりに職員室に立ち寄り、先生の元に向かう。どうやら先生はまだ職員室に戻ってきていないようで、机には一枚の紙切れが置いてあった。


『適当に教科書を置いといてね みんなの麻里香先生より』


「すげえなこの自尊心」


 紙に書いてあった綺麗な文字を読みながら、ツッコむ。自分で「みんなの」なんて文言を書けるのは尊敬する。

 職員室から出ると、背後からもう一人、職員室から出てくる生徒がいた。


「あれ? そこにいるのは蒼樹さんじゃないですか?」


 聞いたことのある声だった。声の方向に顔を向けると、そこには。


「は、花森……さん……?」


「蒼樹、知ってる人なの?」


 美佐が尋ねてくる。知ってる人とかそういう話じゃない。見覚えのある白髪。聞き覚えのある声。……やっぱり夢じゃなかった。

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