リリー・ナイブズ

蒼水 アザミ

第1話 魔法少女になっちゃったぁ?!

「おい、起きろでくの坊ッ!!」

 蹴られ、目を覚ます。

 目の前にいる人物をみて、息が詰まる。

 ウチのクラスのカースト上位の【西牧 寧々にしまき ねね】だ。わたし【永空 芳香えいそら よしか】は、この人のグループにいじめられている。

「に、西牧さん?」

 今日、わたしは彼女を怒らせることをしていない。目の前を歩いたわけでも、ましてや口答えをしたわけでもない。

 でも彼女は、いつもと一割増でピリピリしている。

「アタシをこんな所に連れてきておいてシカトしてんじゃねぇよ!!」

 顔ではなく、肩を思いっきり殴られる。顔に残ったら一発でバレると分かってだ。いつもそう。表面に見えない所を殴ってくる。

 もちろん痛い。でも”痛い”って言ったら、さっきより力を込めて殴られる。だから黙って殴られる。そうすればすっきりして殴るのをやめてくれる。

 わたしが無反応なのが気に食わないのか、舌打ちをしてあっさりと引いてくれる。

 おかげで、わたしも周りを見ることができた。

(……なに、ここ?)

 ここは、理解しがたかった。

 まずわたしたちが立っている場所。四角い巨大な箱の上だ。西牧さんが引いて行った方には道が続いている。細い道で、浮かんでいるようにも見える。この道も、箱と表現するのが一番近いかもしれない。

 そして、周囲の色も変だった。赤いような、オレンジ色のような、そんな色がグラデーションのように曖昧で、時々心臓のように波打っている。

 道の先をよく見てみると、クマのぬいぐるみのような、しかし顔であろう部分が真っ黒なバケモノがいる。それも立ったまま浮いてうろうろしている。

(気味が悪い……っ)

「なぁでくの坊」

「ひ、ひゃいっ!?」

「マジでここどこだよ。お前が連れて来たんだろ!さっさと教えろっ!」

「い、いえ。わ、わたしも知りません」

「”あぁ?何言ってんだよ。お前以外に誰がいんだよッ!!」

「ひぃっ!?わ、わからないものはわからないんですっ!!」

「お前……ッ!!あんまナマ言ってるとッ!!!」

 拳を振り上げる挙動が見えた。

(あぁ、また口応えしちゃった。げんこつ痛いんだよなぁ)

 ……しかし、いくら待てどもげんこつは襲ってこない。

『まぁまぁ。喧嘩はやめるので』

 そう言った本人を見つめる。シルエットはフェレットに近いだろうか。真っ白で、宙に浮かんでいる。わたしの方を振り返った。顔は……結構不気味だ。

『初めましてお二人さん。ボクは妖精【ペスティエット】。気軽にぺスとかペスティって呼んで欲しいので!』

 ギザギザの口が薄くにんまりと引きあがる。普通に怖い。

「……何これイタチ?」

『イタチじゃないので!!フェレットので!!』

「っつーか妖精って何?あとのでうっせぇ」

『まぁ説明はするので。あとのではアイデンティティだからやめられないので』

「でくの坊、友達は選んだ方がいいぞ……?」

「い、いや、わたしも知らないし……」

「”あぁ?……っち。まぁいい。んで、その妖精が何の用だよ」

『な、なんというか。今時の女の子はこう、ワイルドなので?』

 冷や汗を流しながらわたしに視線を送ってくる。

 わたしは目を逸らした。

『うーん……とりあえず説明するので。ボクたち妖精は女の子に力を貸して、世界の侵略を企む【インビューマ】って敵を倒すのが目的ので!』

「……敵ってのは、あのふよふよしてるあれか?」

『そうので。アレは特に雑魚だからチュートリアルにちょうどいいので!』

「ほぉん?ま、わけわかんないけど、すっきりできるんならそれでいいけどな」

『お、乗り気ので?』

「ま、運動は好きだしな。ぺスだったか?アタシは寧々。よろしくな」

『よろしくので!話が分かる子で助かったので!!』

 二人で笑いながら、握手している。

「おい、でくの坊はどうすんだよ。ま、運動もできねぇお前が力を貰った所でたかが知れてるけどな」

『そうとも限らないので。力は個人の身体能力を基準値以上に引き延ばすことができるので』

「ふぅん?ま、肉盾にはなるだろ。来いよ」

 明らかにいらいらした様子で顎を引く。

 ここで抵抗すれば、その力で今度は殺されかねない。

「わ、わかった」

『……それじゃ、力の説明を一応するので。まず行ってしまえばこれから君たち二人は魔法少女になってもらうので!!』

 ペスティエットが高らかに宣言する。

 わたし達は?を浮かべるばかりだ。

『え、あれ?ま、魔法少女ので?!あの、女の子に人気の、フリフリの衣装とかっこいい魔法で敵を倒す、あの魔法少女ので?!まさか……興味が、ないので?』

 ギザギザの口が山なりに歪んでいる。表情豊かで意外と愛嬌がある。でもやっぱり怖い。

「いや、別に。でくの坊こそ興味はねぇのかよ。休み時間中似たの読んでんだろ」

「……ぇっと、確かに読んでるけど。魔法少女って聞くとどうしてもダークなイメージが先行しちゃって……」

『えぇ?!魔法少女にダークって……それこそミスマッチので!?で、でも大丈夫ので。そんな展開になったりはしないので。ヒロイックテールを約束するので!』

「本当に?」

『本当、本当ので』

「第三話くらいで人が死んだりしない?」

『……ので?』

「化け物が頭からパクっとしたり、仲間だ仲間と言って裏では暗殺する手立て考えたり、ペスティエットが自分の手を汚さずにわたし達の手で誰かを殺しちゃったり……しないって言いきれる?」

『……い、いまの魔法少女ものってそんな過酷なものばかりなので?』

「一部」

『あ、安心したので……もちろんそんなことはありえないので。さっき言った通り、二人は正義の魔法少女。もちろん悪の魔法少女はいないので。安心してインビューマを倒すので』

 冷や汗を流しながらペスティエットがひきつった笑いを浮かべる。

 隣を見ると、西牧さんも若干引いていた。

(……怪しい)

 それはそうと、ペスティエット。かなり怪しい。なんとなく。わたしが読んでいる魔法少女モノに思考が寄っているだけだとは思うが、何か腹積もりがありそうだ。

『ちなみに、敵を倒せば倒すほど経験値がたまっていくので。倒す方がお得ので』

 話を切り出すペスティエット。

 なんだかこれ以上話をされたくないって意志表示な気もしなくもない。

「どうお得なんだよ」

『力が強化されて、限定的にだけど現実世界でも魔法少女の力が使えるようになるので!』

「……ってことはここは現実じゃないってことだな?」

『あ、それを説明してないので。申し訳なかったので。ここは【シンセカイ】。簡単に言えばインビューマ達の巣なので。ここに連れて来たのはボクので。急に連れてきて申し訳なかったので』

「ま、過ぎた事はどうでもいい。御託も終わりか?」

『簡単な説明は以上ので。約束として、魔法少女だってことは口外しちゃ駄目ので。あと、シンセカイに何日いても現実では時間が止まってるから、遠慮なく暴れちゃっていいので。以上!!これを持ってぇ、リピートアフターミーなので!!!!』

 そう言って、それぞれにメスが渡される。持ち手がリボンで装飾された、かなりミスマッチなステッキだ。

『チェンジアップ!!!』

「チェンジアップ!!」

 西牧さんが声を上げる。わたしも続いて「チェンジアップ」と小さく呟いた。

 メスが服を裂く。そう思うと、服の切れ端が再度集結し黒いゴシックロリータのフリフリな衣装が身を包んだ。靴はいつの間にかヒールの高い黒いパンプスになっており、ぼさぼさの黒い三つ編みは、深青いロングヘアに変わっている。

 両手には、メスの代わりに銃とナイフのような剣があった。

(お兄ちゃんが調べてた銃だ……たしか、AKライフル、だっけ?魔法少女要素消えたんだけど‥‥…?)

『やっぱ武器は現代兵器に限るので!』

「これおっも……ってかマジもん?これってアレだろ?!映画とかで出てくるミニガンって奴!!」

 対して西牧さんは、ギラギラの金髪から目の痛くなるようなビビットピンクに髪の色を変えてポニーテールにしている。わたしがゴスロリに対して、西牧さんはフィクションでありそうなシスターみたいな服だ。銃弾が丸見えの弾倉?が少し大きめの銃にくっついている。

『二人の銃は弾数無制限。服も傷もすぐに癒えるから、遠慮なく撃って敵を倒してほしいので!!!』

「……ちょっと待って欲しい。ペスティエット。どうやって現実に帰るの?」

 疑問を漏らす。

 聞いていないことが多ければ多いほど、不利になるのはこっちだ。

「なんだよでくの坊。せっかくの勢い殺すなよ」

『まぁまぁ。大事なことので。最奥にいるインビューマの将軍的ポジション倒せば元の世界に帰れる扉が開かれるので。とりあえず、最初はザコを蹴散らしつつ奥に進むので。経験値が増えれば、現実でも力が使えるので。ぜひ倒してほしいので!』

 ほくほくとした笑顔で、ペスティエットが笑う。やっぱり不気味で怖い。

「チッ。先行ってるからな」

 そう言って、一足飛びでバケモノの方へと西牧さんが飛んでいく。

『……そう言えば、君の名前を聞いていないので?』

 そう、ペスティエットが聞いてくる。

「……永空 芳香。好きに呼んで」

『芳香ちゃん……うん。覚えたので!寧々ちゃんに置いてかれるので』

「うん……ねぇ。ペスティエット」

『なにので?』

「魔法少女の力って……現実を変えられる力もあるの?」

 ソレは、半分は興味本位だった。

 だけど、妖精はギザギザの口を薄く、長ーく伸ばして

『ある』

 断言した。

「……そ。わかった」

 そう言って、わたしは飛び出す。




『……まったく、勘がいいというかなんというか。面倒な子と組むことになっちゃったのでぇ』

 そう、わたしの去り際にうっすらと聞こえた。

 それを、ずっと忘れない。この、妖精を騙った悪魔を。”私”は殺さなきゃいけないんだ。





 じゃなきゃ、現実を書き換えて過去まで戻った意味がない。

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リリー・ナイブズ 蒼水 アザミ @hitujitoyagi

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