優しく鈍い水色が、世界の全てになる

CHOPI

永遠の夏に、捕らわれる

 閉じ込められた。そこは永遠の水色の世界だった。でもなぜ、そこに閉じ込められたのか、ボクには原因が分からなかった。少しだけ感じる違和感は、はっきりそこにあるのに輪郭が掴めずもどかしくなる。


 ここが水色の世界だとわかった理由も実は定かじゃない。目が覚めて(覚めた、というのが正しいのかそれすらも曖昧だけれど)見渡す限りに広がったその世界を見て浮かんだ言葉が『あぁ、水色の世界だ』だった。そして閉じ込められた、と思ったのもまた、理由は分からない。だけどそこから何も変わらない世界が続いていて、だからきっとそれに対して『閉じ込められた』と考えられる自分が存在していたんだろう。


 水色の世界は、とても綺麗で、だけど他には何もなかった。何も無いから、何も感じない。どこまでも続く水色に揺蕩う自分は、もはや水色と一体化しているんじゃないだろうか、とさえ思った。


 ……どこからか、音が聞こえてくる。ザザーン、ザザーン――……。その音に合わせて見える世界は、少しずつ形を変えて、やがて一つの画が見えてくる。白い泡沫、身体が流される感覚、寄せては引く波の音。……あぁ、海だ。視界の端に、自分よりも少し大きい人影がチラついた。


 その人影に強い力で引っ張りあげられる感覚があった。ボクと入れ替わるようにしてその人影は水色にのまれた。最後、ボクの背中を押し出すかのようにして人影は消えてゆく。そしてボクは、同時に夢から勢いよく現実に戻される。そこで見えたのは、水色の世界なんかではなかった。もっと無機質な、強い白の世界だった。


 ぱちん。何かが弾けた、ような気がした。よく分からない。詳しいことはもう、何も思い出せなかった。


「あら、目が覚めたの」

 声がした方向に目をやると、母親が立っていた。

「よく眠れた?」

 その言葉に首を縦に動かすだけの返事を返す。母親がいる位置の奥の壁、そこにかかったカレンダーが目に入る。8月31日。夏の終わりだった。その上の段には赤マルが着いていた。デカデカと日付のマスめいいっぱいに「海に行く!!」と書かれていた。


 視線を母親へと戻す。不思議なことに、姿かたちは母親なのに、全く母親の感じがしなかった。その母親の影がボクに何か言う。聞き取れないが、その口元は確かにこう動いていた。


 ――オマエノ、セイダ


 遠くからサイレンの音が聞こえた。視界にはキレイな赤色が映えていて、それは自分の左手首から流れ出ていた。反対の右手には、鈍く光る銀色を握りしめていた。その鋭い切っ先には赤色が着いていたから、たぶん、そういうこと。


 ――ゴメンナサイ、ボクノセイデ

 

 ……その言葉はもう、誰にも届かない。


 ぶくぶくぶくぶく。突然水に突き落とされる感覚を覚えた。溺れた時のように息が出来ず、苦しくなる。


 願った。心から。もう一度、あの水色の世界へ、と。

 ぐにゃり、世界が歪む。最後に吸い込んだのは、空気か、水か。


 最期に感じたのは。

 誰に対してなのかわからない、だけど確かな『罪悪感』。


 ――ボクヲ、タスケナケレバ

 ――アナタハ、イキテイラレタノ


 ……ここはどこだ。……あぁ、水色の世界だ。優しくて、どこまでも続く世界。ボクは閉じ込められた、どこまでも続く夏に。感じた違和感は、その水色が少し灰色がかった、鈍い色だったこと。でももう、そんなこと、どうでも良くなった。ボクは、今度こそ。水色の世界にとけていく。



 夏に捕らわれたボクは、だけどそれで幸せだ。

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