三
俺たち弥一と与一は、この小さな村で、双子の兄弟として生を受けた。貧困に喘ぐこの村では、双子は先に生まれた子を間引くべきという風習があった。
おそらく、同時に二人の赤子を育てる余裕などないからだろう。母親から取り出されたばかりの子を、産声をあげるより早く捻り殺すのだそうだ。
――つまり、俺は生まれ落ちると同時に間引かれるべき子だった。それが何故、殺されることなくこの歳まで生き長らえたのか。
それは、産婆が母親から一人目の赤子――つまり、俺を引き出そうとしたその時、何かが絡みついていたからだと言う。臍の緒ではなかった。
それは、後から生まれてくる赤子の手だった。弟である与一は、まだ生まれたての赤子だというのにも関わらず、血にまみれた小さな手で、しっかりと俺を掴んで離さなかったそうだ。その異様な光景を見て、産婆は震え上がり、間引きを躊躇った。父親と母親も、これは山神様が二人を双子として育てるべきだと仰っているのだろうと、風習を覆して間引きを諦めたのだそうだ。
山神様というのは、この村の周りに聳える山に棲むとされている、神様のことだ。神様とはいっても、神とも鬼とも物の怪ともつかない、得体のしれないもので、時には人を祟り殺すこともあるらしい。村人でさえ、よくわからない存在なのだそうだ。しかし、いや、だからこそ村人たちは山神様を畏怖し、信奉しているのだろう。
ともかく、こうして俺たちは双子として育てられた。暮らしは豊かとは言えなかったが、俺も弟の与一も、子供の頃から畑を耕したり、工芸品を作ったりして、生活の手助けをしていた。
十四の頃、両親が死んだ。俺たちは、その頃には既に生活の術を身につけていたために、暮らしに困ることはなかった。周囲の人たちの助けもあったが、それからは兄弟二人きりで生きてきた。傍目には、互いに支え合い生きている、仲の良い兄弟に見えていたことだろう。しかし、実のところ、俺は与一を憎んでいた。
顔かたちは、見分けがつかないという程ではないが、よく似ていた俺たち。けど、弟である与一はいつも俺の一歩先を歩いていた。同じ道を歩んでいた筈なのに、与一は俺の欲しかったものすべてを手に入れていた。
それは、第一に両親の愛情だった。俺は本来、間引かれる筈の身の上だ。だから、両親は与一の方を跡継ぎとして、愛情をもって接していた。俺はいつも二の次で、気にかけて貰うことなどなかった。
幼い時分、二人で遊んでいて木から落ちた時も、両親は真っ先に与一の元へ駆け寄り、仕切りに心配した。俺のことなど、まるで見えていないようだった。
そして、才能と人柄。手先が器用で、隣村に売りにいくために作る工芸品は、いつも与一の方が高く売れるものを作れた。頭の回転が早く、何事もてきぱきとこなし、評判も良かった。いくら、与一に少しでも近付こうと努力をしても、その差が縮まることはなかった。
双子と言えど、生まれつき出来が違うのだろう。愛想も要領もよく、村人たちにも好かれ、両親も俺より弟の方を信頼していた。
……そもそも、本来は間引かれる筈だったのだから、俺に対する両親の態度が冷たいのは仕方ないのかもしれない。だけど、やっぱり与一と比べて冷遇されていたことに不満を感じずにはいられなかったし、心の底では愛情にも飢えていた。才能も頭の出来も要領も、数段優れている与一を羨む心が膨らみ、それは次第に俺の中で憎しみに変わっていった。仲の良い双子の兄弟を演じつつも、内心では憎しみが育っていった。
そして、その憎しみを決定的にしたのが、
華だけは、俺と与一で見る目を変えることなく、分け隔てなく接してくれた。両親や他の村人たちのように、与一だけを信頼したり、褒め称えることはなかった。俺は、そんな華を愛していた。彼女だけが、心の拠り所だった。
……だが、華は与一と既に恋人関係だったのだ。与一は、俺が華に好意を持っていることを知っていて、わざとその事実を隠していたのだった。
愛していた華まで与一に奪われた。常に俺の一歩先を歩いていたお前。生まれ落ちたその時から、俺から欲しかったものをすべて奪っていったお前。
……赦せなかった。一片の殺意が芽吹いた。そして、俺は実の弟、与一の殺害を決めた。
この村には山神様という、畏怖すべき神がいる。山神様に祈りを捧げれば、憎い相手を呪い殺してくれるともいう。だが、山神様の手は借りない。俺は俺の復讐劇を、自分の手で成し遂げる。
――ただ、山神様の名前だけは借りさせて貰う。
そして、俺はやり遂げた。眠っている与一の頭に原形も留めなくなる程に、鈍器を叩きつけて。与一は眠りから覚めることなく、呆気なく逝った。あまりの呆気なさに、俺は拍子抜けした程だった。
死体は裏口から運び出し、川に無造作に投げ捨てた。証拠となる物は夜が明けるまでに全て処分した。
そして、長くて短い夜が明けた。
翌朝、与一の姿が見当たらないと心配する振りをする俺の元に、川で無惨な死体を見つけたという知らせが入った。案の定、村人たちはたった一人の肉親である弟を亡くした俺に同情し、誰も俺を犯人だと疑いもしなかった。思惑通り、誰もが、与一が死んだのは、山神様の祟りの所為だと思っている。きっと、与一が何か山神様の気に
障ることでもしたのだろうと誰もが思っていた。皆、与一が悪い行いをするような人間ではないとは思っているだろう。だが、山神は人間にはとても計り知ることの出来ない存在なのだ。ふとしたことで、山神様の気に触ってしまって呪い殺されてもおかしくない、村人たちはそういう思想を持っている。
それだけ村人たちは、山神という存在を盲信し、また畏れている。俺は心の中でほくそ笑み、山神様に感謝の言葉を捧げた。
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