第XIII話 間違い
明るくて人当たりの良さそうな人……そんな第一印象から、自分の姉と同い年で且つ自分に対しての異常なまでな優しさに苦手意識が芽生え、そして今は嫌悪とは似て非なるような……上手く言葉には出来ないが、ただ一つ言えるのは、咲希の思考を理解する事が出来ないということだけだ。
元々イカれていたヤツだったのか、それとも俺との出会いで変わってしまったのか……それは知る由もない。少なくとも、今の咲希は紛れもない異常者である。
「……!!」
咲希と初めての出会いである面接での出来事を夢として見せられた後、俺の意識は目を覚ますという形で現実に引き戻された。俺の身体は汗で濡れていて、掛けられている毛布と布団は水を浴びせられたんじゃないかと思うほど濡れていた。
だが少し意外だったのは、俺は咲希によって気絶させられたにも関わらず一切拘束をされていないという事だった。特に身体が怠くて動かせないという訳でも無さそうで、お陰で普通に起き上がれるし、普通に身体も動かせる。
「——起きた? たすくん」
「ッッッ!?」
そんな優しい声を耳にした途端、俺の身体が危険信号を発しているかのように息が荒くなり、汗を含んで重くなっている掛け布団を無理矢理剥いで起き上がる。声の方向の先には、普通の可愛らしい淡いピンク色のパジャマを着た咲希が心底愛らしい物を見るような目でこちらを見つめていた。
「そんなに警戒しても……襲ったりなんてしないよ? 近親相姦なんて趣味じゃないし」
「ふざけんな!! 大体、俺を殴って気絶させたのはそっちだろうが!!」
「だってあの状況で落ち着いてって言われても落ち着けないでしょ? だからアレは……そう、愛のムチって捉えてくれると嬉しいかなぁ」
「何が……愛のムチだ……!」
口で何とか咲希という女を否定しようとする……だが実際、咲希は何もしていないのだ。勝手に俺がビビって盗聴器投げつけて——向こうからしてみれば何もかもが一方的なのである。挙げ句の果てにはそれで怪我を負ったにも関わらず、咲希は俺にそれを問い詰めようともしていないどころかそれすらも許している。
——これは……俺が間違えているのか?
「ごめんね」
「え?」
「手段がこれしかなかったとはいえ、痛かったよね……応急処置はしたから血も出てないし痛みも無いはずだけど」
「……あ」
俺は自分の頭に手を当ててみると、確かに殴られた箇所を覆うようにして包帯が何層も巻かれていた。
あの時はとにかく眞田咲希という存在が、本音を言うと怖くて堪らなかった。だがこうして改めてみると、その根底にあるのは誰かを想う善意なのだと思い知らされる。
——ふと、俺は時間を確認するべく壁に掛けられた時計に目を向けた。刻まれていた時刻は9時半、普段であればもう職場に着いている頃だ。
「仕事なら大丈夫。昨日の夜に休みにしておいたから」
「そんな事出来るのかよ……」
「職場じゃ割と偉い人だからね、私。ある程度融通は利かせてくれるんだ」
「そうなのか……」
俺は胸を撫で下ろす……が、来月の給料が減る事を考えるとそうも言ってられなくなった。確かに仕事は行かなくてもいいのなら行きたくはないが、金が無いと何もできないから。
「でもたすくんは別」
「は?」
「たすくんは……もう仕事に行かなくていいよ」
「まさか、その“偉い人”権限で俺をクビに……!?」
「……したかったんだけど、たすくんは優秀だからさせてもらえなかったよ」
「そうか……いやそもそも俺をクビにしたかったって、どうしてだ!?」
「これからは私が養ってあげるから……もうたすくんが働く必要は無いかなって」
「や、養うって……」
「だから欲しい物があれば何でも買ってあげるし、その……近親相姦は趣味じゃないけど、たすくんが望むならしてもいいし……だから」
そう言いながら咲希はゆっくりと歩み寄ってくると、俺の身体を包み込むように優しく抱きしめてきた。だがそれは逆を言えば、この温もりを拒む事すら許さないという束縛のようにも感じられてしまう。本人は表裏の無い善意で言っているのだろうが、心のどこかにはどうしても咲希という女を悪者にしたい自分がいる。
「っ……」
「——もう私の前から、居なくならないで」
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