第VIII話 温もりも社交辞令

 二郎系特有の極太ワシワシ麺に脂ギッシュで胃もたれ確定の特濃スープ、分厚いチャーシューに脂を吸って主役の座を奪おうとしているもやキャベ達を腹の容量を限界突破しながらもなんとか食べ終えると、まるで戦争から生還した戦士のような面構えで俺と咲希先輩は店を出ていった。因みにちゃんと代金は払った。


「大丈夫? たすくん」

「はい、美味しかったですね」

「もう二度と来ないようにしようね」

「そうですね」


 冷たい夜風に吹かれ、はち切れそうなお腹に手を当てながら、先程とは打って変わって体調の悪そうな表情で咲希先輩の言葉に同意する。ニ度と来ないとは言いつつも、何だかんだまたいつかここに来店してあのラーメンを食べるのだろうが。

 その後の俺達は何かを喋るとうっかり吐き出してしまう恐れがあるので、無言のまま歩き、俺は咲希先輩の後ろを追うようにして咲希先輩の自宅まで移動した。

 その道中、周辺に自分より年下の……学生の男女二人組、いわゆる“カップル”がやたら多い事に気付く。

 ——直後、前を歩く咲希先輩が足を止めてこちらに振り返ると、俺の手をぎゅっと握ってきた。


「……なんですか、急に」

「そういえば今日、バレンタインだったっけ」


 咲希先輩の言葉を聞き、俺はスマホを開いて日時を確認する——2月14日。一部の男女が盛り上がり、一部の男女が嘆くイベント“バレンタイン”である。道理でカップルが多い訳だ。


「そうみたいですね」


 学生時代の恋愛とは実に甘酸っぱく、そして時にほろ苦い……側から見ると実に吐き気を催すものである。詳細は省くが、俺は男女間の恋愛に対してあまり良い考えを持っていない。勘違いしないで貰いたいのが、これは嫉妬という訳ではない。

 ——要するに“恋愛は裏切りと同義”という事である。交際関係に発展したという事はお互い魅力的な人物という事で、それはつまり他の人からも好意を寄せられているという事でもある。たった一人に好意を寄せられる事なんてこの世には無いのだ。大勢に好かれるか、誰にも好かれないかの二パターンしかない。


「周り、カップル多いよね」

「そうですね」

「——なんとなく、私達もカップルを装っておこ?」


 咲希先輩は俺の手を握ってきた理由を頼み事として明かした。確かにカップルだらけの場所で交際してもいない男女二人組が混じっていたら寧ろ浮いて見え、シアワセな自分達は勝ち組だと勘違いしているカップルはそんな俺達を蔑んだ目で見るのだろう。

 俺としてはクソどうでもいいが、どうやら咲希先輩はそういう訳ではないらしい。


「……そうですね」

「うん、じゃあ……家までよろしくね、たすく……ん」


 寒いのか恥ずかしいのか咲希先輩は顔を赤くしてそう言うと、俺の隣に寄り、“カップル感”を増させる為に身を寄せてきた。

 今時のカップルはこんな事して幸せを謳っているなんて、本当に気色悪い。だが相手は上司だし、部下という立ち位置である俺は言われるがまま従うしかないのだ。


 ——つまり、これも社交辞令というヤツだ。

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