第25話 冷たい世界
俺には熱中している物が何もない。
テレビは持っていないしスマホもあくまで連絡手段として持っているだけで、ゲームアプリは一切インストールしていない。だからこうして一人で何もしない時間というのは、本当に暇で仕方ない。
休暇なしで働いている訳ではない為、1人で過ごす休日もあったが、やる事がない上に溜まった疲れゆえに寝ていた。
——要するに、病室生活は本当につまらなかったという事である。
◇
翌日、俺は退院した。正直丸一日入院していた理由がよくわからないが、恐らく記憶障害などの後遺症が無いか確かめる為の経過観察とかだろう。
しかし意外だったのは、誰も迎えに来ていなかった事だった。時刻は午後2時頃……咲希先輩は仕事で上司という立場上、私情で抜け出すのは難しいのだろう。
でもサキは? てっきりバイクに乗って待ってると思っていたが……まぁここから家までの道がわからない訳ではないし、正直そこまで遠い訳でもない。
「リハビリがてら歩くか」
俺は面倒くさそうにそう呟いて、家に向かって歩き出した。“リハビリがてら”とは言ったが、たかが1〜2日休んだだけで身体が鈍るとかそんな訳はない。だから青空も冷たい風も日光も、別に久々で心地良いとかは無い。
“俺はライダースーツなんて着てないから寒い!だから、サキのあったかい身体にしがみつく!”
“貴方、今自分が驚くほど気持ち悪い事を言っている自覚はあるかしら?”
「……]
少し癪だが、俺は通話の履歴から“非通知”の表示を押して耳を傾ける。スマホからは無機質な着信音が聞こえる……が、相手の声が聞こえてくる事はなく、俺はただ冷たい風に打たれながら少しため息をついて、通話を切った。
「——寒いな」
〜
冷たい向かい風に抗いながら、やっとの思いでアパートに帰ってきた。駐車場にバイクが一つも無かったので嫌な予感がしていたが、それは的中してしまった。
「……サキ?」
俺は居るはずの人物の名前を呼ぶ……が、向こうからの返事が返ってくる事はなかった。焦ってリビングに向かって走り、扉を開けるが、リビングは無音でまるで人が住んでいないかのように寂れていた。テーブルにも置き手紙すら置いておらず——がらんとしていた。
帰ってきた時のこの光景は悪い意味で懐かしかった。そして更に懐かしい感情……“寂しさ”があった。
「ま、いいか」
俺は独りそう呟くと、久々にカップラーメンを食べようと思い買い置きしていたはずの棚を開ける。いくらサキが燃料の為に毎朝消費していたとはいえ朝昼晩の3食をこれだけにしても1〜2ヶ月は持つほどの量で、まだ大量に残っていた。
その内の一つを取り、熱湯を入れて3分待った後、割り箸を割って安っぽい爛れた麺を啜り、汁を一口飲む。
「……味、濃いな」
前まではこれをしょっちゅう食べていた。ずっと好きで飽きなかった。唯一のささやかな楽しみといっても過言ではなかった……そんな俺が第一に放った久々のカップラーメンの感想は、それだけだった。栄養なんて一切考えられていないようにジャンキーで無駄に濃く、まさに夜中ふと食べたくなるようなそんな味だった。
「たまには、いいか……」
俺はサキの居ない
改めて思い返してみると、俺はただ強がって一匹狼を演じていただけなのかもしれない。どんなに無理してでも家族から離れられれば良いと思って一人暮らしに至った訳だが……。
孤独である事には慣れていたつもりだった。実際幼少期……姉がアイドル活動し始めた頃は今と同じく、帰ってきても一人だった。でも寂しくなかったのは、優や芽理との時間があったからだ。高校に入ってからはずっと家には母親が居た。
しかし今はどうだ? 幼少期は楽しく過ごしていた姉とは俺の嫉妬によって犬猿の仲に、優と芽理とは俺の勘違いによって絶交し、高校卒業まで世話をしてくれた母親とは家出してから一切顔を合わせていない。
「——全部、俺の自業自得じゃねぇかよ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます