第23話 ひとり時間

 ここ最近で俺の身の回りに起きている事のせいで、心の中は整理が出来ていない故にぐちゃぐちゃになっていた。

 夜に事故って、轢いた人が化け物で、謎の美女に助けてもらって、その美女は未来から来たクローンで、その場凌ぎのようだった生活を正しく矯正されて、因縁のある幼馴染と再会して、悪い意味で垢抜けしたかつての想い人を見せつけられて、唯一心を許せる女友達が居候しにきて、挙げ句の果てには逆上されて殺されかけた。

 まるで物語の幕開けみたいだ。俺はただ最低限真面目にやって、いつ死んでも何とも思わないような最低限の暮らしをして、誰かに心を動かされる事なく、ただひたすらに“無”で生きてただけなのに。


「どうしたの、ただでさえ情けない顔が更にやつれて見るに堪えないわよ?」


 何も考えずただボーッとしていると、心配そうな表情のサキが俺の顔を覗き込みながらそう言う。


「たすくん病み上がりなんだからそんな言い方しないであげてよ! あんたはいちいち会話に悪口挟まないと死んだりでもする訳?」

「いいんです先輩。サキはそういう奴ですから」

「たすくん……」

「——もはや、言い返す気力も無いのね……タスク」


 サキは小さく、少しの寂しげに呟いた。


「なんかもうここ数日、色んな事が起こり過ぎてさ……精神的に疲れた」


 俺は再び身体を倒してベッドに寝転がり、別に眠い訳じゃないが目を瞑った。

 クリーニングした直後のシワひとつない真っ白なワイシャツみたいに、何の情報も頭に入れずただボーッと……何もしない時間が欲しかった。もちろん2人は俺の事を心配してここに居るのだと思うが、口を開けばすぐ口喧嘩が始まるからやかましくて仕方がない。

 俺は眠っているフリをして、深いため息を吐いた。


「私はそろそろ帰るわ、タスクはゆっくり休んで頂戴。病院食は栄養もあるから、例え食欲が無くてもちゃんと食べるのよ」


 偶然かそれとも俺の気を察してくれたのか、サキが俺に向かってそう言った直後、離れていく足音と扉の開く音が聞こえてきた。が、その後に足音が戻って来た。


「えっ……ちょ、何!?」


 咲希先輩の驚くような声が聞こえた次の瞬間、引きずるような音と足音が離れていった。どうやらサキが気を利かせて病室から咲希先輩を追い出してくれたようだ。


「……」


 俺は一旦目を開けて病室内を見渡す。もちろんそこには誰1人として居らず、そして静かで俺の呼吸音だけが響いていた。


 そんなに日にちが経っている訳でもないのに、こうして1人で何もせずただボーッとして時間を過ごすのがとても久しく思えた。それと同時に、、とため息を吐いた。

 朝起きればサキが朝ごはんを作っていて、行きのバスに乗ってから職場、そして帰りのバスまでは咲希先輩が居て、帰ってくればサキが待っている。寝る直前も目線の先にはサキが居る……あの事故から、俺は一人の時間が殆ど無くなった。強いて言うならバス停からアパートまで歩いている時だけだ。

 なんて本気で思っていた俺が、まさか“暇である事”に対してつまらないと思う日が来るなんてな。


「明日河さーん、食事を持ってきましたよー。明日か明後日には退院出来るそうなので、もしかしたらこれが最初で最後の病院食かもですねー」


 すると、看護師が病院食が乗っているおぼんを手に馴れ馴れしく話しかけながら入ってきた。そして目の前のテーブルに病院食が音も立たずに置かれた。

 白米、味噌汁、焼き魚、キュウリの漬物、ウサギのようにあしらったリンゴ、牛乳パック。


「ありがとうございます」

「食べ終わったらそのままにしておいてください、後で回収しに来ますので」


 看護師は馴れ馴れしかった口調を突然真面目な敬語に変えた。恐らく今の一瞬で俺はコミュニケーションが苦手なヤツだと判断されたのだろう。病院食をテーブルの上に置くと、看護師はそのまま俺に一礼して病室を出て行った。


「……食うか、暇だし」


 別にお腹が空いている訳では無いが、特にやる事も無いので俺は箸を手に取る。


「いただきます」


 まず白米を口に入れて咀嚼する。水分が多いからか少しべちゃっとしていて食感があまり良くない。

 次に味噌汁を口に入れて飲む。味噌と水の配分が合っていないのか微妙に味が薄く感じた。

 続いて焼き魚を箸で取って口に入れて咀嚼する。味付けが塩だけで良く言えば素材の味を活かせている……ただ冷めているので二口目は若干気が引ける。

 救いを求めるように漬物を箸で取って口に入れて咀嚼。これは“ザ・漬物”って感じで酸味がありつつ、キュウリの食感が小気味良い。

 最後に牛乳をストローを通じて飲む。普通の牛乳だが、パックというだけで何だか小学〜中学の給食を思い出した。


「——あんま……美味くはないな……」

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