第21話 認められない努力

「——サキ姐が居ないこの瞬間だけなら……我慢しなくてもいいよな、たす兄?」


 水希は馬乗りになり、普段の男っぽい雰囲気とは違う、まさに“恋する乙女”というに相応しい甘い表情を近づけて俺にそんな事を言う。

 ベージュを基調としたカジュアルな服装に黒髪のショートヘア、ぱっちりとした目に黒縁くろふちの眼鏡、大きな胸に淡いピンク色の唇……そんな美少女に馬乗りにされ“好きにしてもいい?”と頼まれれば、普通の男であれば性欲の赴くままに従うだろう。

 ——俺は、過去をずっと引き摺る自分の性格が嫌いだ……でも、ハブられた者の気持ちを理解せずに行動する奴はもっと嫌いだ。


「——離れてくれ」

「たす兄……へっ、そうだよな。流石にオレの事なんか今更、女として見れねーよな」


 水希は呆れているように、諦めるようにそう言った。しかしそんな発言をしておきながら、俺の上に馬乗りになったまま動こうとはしなかった。


「わかってんだ……たす兄にとってオレはただの友達で、それ以外の感情なんて無いって。結局オレは友達の中の1人でしかないんだって」

「……」

「加えてたす兄にはサキ姐が居る。サキ姐は独占欲強そうだし、余計に他の女に手を出せねーのもわかる。でもさ……オレ、たす兄に会えなくなってからずっと我慢してたんだよ」


 俺が水希と会わなくなってから4〜5年。その間ずっと一途に想いを寄せ、他の男と遊んだりして連むも余計に想い人への感情が強くなっていく……そんな日々を4〜5年も過ごした後にその人と再会できたのなら、確かに慣れない事もしてしまうのかもしれない。

 そんな事を思っていた次の瞬間、水希は柔らかい胸を俺の身体に押し付け、そのまま密着してきた。


「っ!?」

「マジでやべー妄想ばっかしてた……口に出せないほどエロい事とかさ」

「そう言えば俺が同情してあんな事やこんな事するのを許すとでも思ってるのか」

「許してくれよ……本当はキスとかもっとエグい事してーのを、今みたいにぎゅっとするだけに留めてんだからよ」

「——そうか」

「うん……これくらい、許してくれよ」


 水希は俺の胸に顔を当てながら、小さい声でそう呟く。例の“エグい事”をしたいのを抑えて、これだけで気が済むというのなら……流石に許してあげてもいいのかもしれない。

 水希の胸を通じて、水希の心臓の鼓動が伝わってくるが……それは収まるどころか寧ろ時間が経つ毎に脈が速くなっており、更に水希の息が荒くなっている事に気付く。


「お、おい……水希!?」

「はぁ……はぁ……悪い、たす兄の匂い嗅いでたらムラムラしてきちまって……あぁやべぇ、何か焦らしプレイされてるみてーで余計興奮してきた……」

「は、離れろ水希! 今のお前おかしいぞ!?」

「——お前がオレをおかしくしたんだろうがァッ!!?」

「ゔっ!?」


 水希は我慢の限界を迎えたのか、まるで本性を現したかのように口調が更に荒くすると、あろう事か俺の首を両手で締め付けてきた。


「何でオレ以外の女と付き合ってんだよ!? 何でオレじゃダメなんだよ!? 何でオレがここまでしてんのに勃たねぇんだよ!? オレの何がダメでサキの何がイイんだよ!? オレ色んな料理作れるようになったんだぜ!? 洗濯も裁縫も介護も夜のお供だって!! お前の為にこんなに頑張ったオレの想いを踏み躙りやがってふざけんじゃねぇぞオイ!! なぁオレを選んでくれよたす兄、オレだけの……オレだけのたす兄になってくれよォオオオオ!!!」

「みっ……水……希……」


 水希は罵詈雑言の入り混じった言葉を俺の首を絞めながらぶちまけてきた。恐らくこの言葉が水希が我慢して秘めていた“本音”なのだろう。

 その後も様々な罵詈雑言とイカれた言葉を続けていたが、段々と意識が薄れてきて、次第に何を言っているのかわからなくなってきた。インフルエンザにかかった時みたいに身体が気だるくなってきて、頭が重くなってフワフワし始めた。

 やばい。俺このまま首締め続けられて死ぬのか……よりにもよって、水希に。俺の我儘がこんな事態を招いてしまったんだ。少しくらい許してやってもよかったのかもしれない……でもだからって殺すのは無いだろ。


 ——ああ……早く帰ってきて、そして助けてくれ……サキ……

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