第18話 兄と姐

「うーん……あれ、ここどこだ!?」


 ラープが体外に出た事で気を失っていた水希がようやく目を覚ましたかと思いきや、焦るような声を出して辺りを見回す。恐らくラープに寄生されていた時の記憶は無いのだろう。


「俺の家だ、水希」

「えっ、たす兄? って事はここ、たす兄の家!?」

「だからそう言ってるだろ」

「そっか……悪ぃ、たす兄の家の近くまで歩いてきたのは覚えてんだけど、どっかから記憶がすっぱり抜けてるみてーだ」

「——はぁ、こんな朝早くから無理してくるからだ。時は焦ったぞ」


 俺はラープが水希に寄生していた事を隠す為に咄嗟の判断でそんな嘘をつく。まぁそもそも寄生生物の“き”の字も思いつかないだろうが……一応、だ。


「べ、別に無理なんかしてねーよっ! ただ……たす兄はもう社会人だろ、だから出勤前に会いたかったんだよ。久々だったから」

「出勤前って……そうなるとちょっと遅いけどな」


 水希が来た時間は午前9時ごろ……普通の社会人であれば既に仕事をしている時間帯である。まぁ彼女なりに電車の時間とかを鑑みた上で善処した結果なのだろう。


「でも意外だ、あのたす兄にこんな綺麗な彼女が居るなんてよ」

「——違うわ。私達は籍を入れていないだけで……夫婦よ」

「は?」


 水希に向けて放たれたサキの言葉に、俺は思わず頓狂な声を出してしまう。少し前までは“妻”と言われて否定していたのに……冗談とはいえ主従関係とか言っていたのに、キスを交わしたからって関係が一気に飛躍したなオイ。


「——そっか。そうだよな……たす兄、優しいもんな」


 サキに告げられた言葉に、水希は俯いて納得するような事を呟く。


「水希は何でそんなすぐに受け入れられるんだ」

「いいえ、タスクが見ていられないほど情けない男だったから今の関係になったの」

「なっ、たす兄は情けなくなんかねーよ!! 一緒に居るとすげー楽しいし……!」


 何故か水希はムキになって、思わず立ち上がってサキの言葉を否定する。


「確かに昔はそうだったかもしれないわね。でも今は違う……部屋を見てみなさい、家具があまりにも少ないでしょう?」

「た、確かにそうだけどよ……そんなん一人暮らしなんだから揃えられてねーだけだろーが!」

「それもあるけれど……まぁいいわ、これ以上悪い印象は持たれたくはないものね。改めて私はサキよ、よろしく」


 サキは何かを企んでいるように不敵に微笑みながら水希に手を差し出す。


「……オレは水希、丹下たんげ水希みずきだ。サキ姐」

「さっ、サキ姐……!?」

「んだよ、別にいいだろ。嫁にだけさん付けすんの気持ち悪ぃし、かと言って呼び捨てにする訳にもいかねーからな」

「貴女なりの礼儀、とても理解し難いだけれど……まぁ“あね”と呼ばれるの、悪い気はしないわね」

「だろ? 改めてこれから少しの間だがよろしくな、サキ姐、たす兄っ!」


 水希はニカっと笑いながら、俺たちに向けてそう言った。

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