第17話 お互いの名前
俺は改めてサキと出会った日の事を思い返す。当時はサキに対しての印象は最悪で、この世の全ての悪女を煮詰めたみたいなヤツだと思っていた。
そんな俺が、今となってはサキに一番心を開いているというのだから不思議なものだ。そんなに日が経っている訳ではないが、あの日から俺はサキの思いや事情を知って……同情しているんだろう。
「サキと出会ったあの日……まさか、俺に轢かれたアイツがデストルドータイプに寄生されてたってわけか?」
「ええ」
「リビドータイプは子孫を残す為ってのはわかるが……デストルドータイプは何のために人に寄生するんだ?」
「——人間が虫を嫌って踏み殺すのと同じように、ラープ側も人間を嫌う個体もいるというだけよ……まぁ、この時代にいる個体はどちらも私が絶滅させたけれど」
どうやらサキはこの世の中に人知れず紛れ込むラープ達をリビドータイプとデストルドータイプをたった1人で絶滅させたらしい。今思えば初めて出会った日にボロボロだったのは、たった1人でラープを倒して回っていたからか。
「絶滅って……何でそんな事を」
俺はサキに問う。
まぁラープは人類繁栄の為に作られた存在とはいえ、最終的には人間を嫌う個体まで出てきているほど人間にとって害悪な存在だから、そんな連中が居なくなるに越したことはないのだが。
「——タスクに、戦わない人生を歩ませるためよ」
「……そうか」
「実はあの事故は本来であれば当然、私は助けに来ない……その結果、タスクは自身に秘めたる力を覚醒させてラープとの戦いに身を投じていくの。そして最終的に、平和の為に犠牲となる」
未来で俺は死ぬという事は前々から聞いていたが、平和のための犠牲として死んだのは初耳だった。だがなんというかあまり現実味が無いというか……この国の平和の為に犠牲になるなんて、少なくとも今の俺には絶対出来ない。いや、やりたくない。
最終的に死んだというだけならまだしも“平和の為に”となると、何だか急に他人事のように思えてきた。
「でももうその未来は無くなったんだろ。だったらもうそんな暗い顔するなよ」
「いいえ、まだ課題は残っているわ」
「課題?」
「——タスクに“生きたい”と思わせる事よ」
「ああ……」
「残酷な未来を変える為にここまでやってきたのに、肝心のタスクが生きようとしてないなんて許せないわ」
サキは頬を膨らませ、顔を背けてそう言う。
こうして俺の知らないサキの努力を知ると、あの時サキが怒りを露わにして俺を壁に叩きつけたのにも納得がいってしまう。
——そりゃ、あんなボロボロになるまで人知れずある人の為にたった1人で戦って未来を変えたのに、その“ある人”に死んでも構わないとか言われればキレるのも当然だ。
「……悪かったな」
「——でも、ちょっと気分が変わったわ」
「え?」
「もうタスクに“生きてほしい”という気持ちを押し付けるのはやめるわ。どうせ世界が変わらない限り、タスクのひん曲がった思想が変わる事なんて無いのだもの」
「……」
「だから……その、私がタスクの思いを受け止めてあげる。どんな内容でも良いわ。仕事先の愚痴でも構わないし、くだらない些細な悩みも聞いてあげる」
「……」
「……っ!」
サキの言葉に相槌も打たずに無言で聞いていると、サキは無視しているのかと勘違いしたのか突然俺に抱きついてきた。
「な、なにすんだ!?」
「私の声が聞こえないなら、耳元で言ってあげる……私に、いっぱい頼って。その代わり……」
サキは俺の耳元でそんな告白じみた台詞を囁いた後……キスをしてきた。
「っ!?」
「——私の気持ちも、少しは受け止めて」
サキは唇を離し、まっすぐ目を見た後に顔を赤くして俺から目を逸らしながらそう呟いた。
——不思議だ。構図としてはラープに寄生されていた時と殆ど同じはずなのに、全然不快感が無い。
「……」
「もう……人の話には相槌を打つ。そんな事も出来ないのによく会社をクビにならないわね、不思議で仕方ないわ」
サキは呆れるようにため息を吐きながらそう言うと、俺から離れて恥ずかしくて赤くなった顔を隠すように背を向け、意味もなくキッチンで手を洗う。
「サキ……今のって」
「——何よ、私のファーストキス……不満でもあるのかしら?」
「いやそういう訳じゃ……てかファーストって」
「ふ、ふん! タスクのファーストキスがクローンだなんて、本当にタスクって悲しい男ね!」
サキは俺の方に振り向き、腕を組んでドヤ顔でそんな事を言ってくる。本人としては毒を吐いているつもりなのだろうが……というかまだ顔が赤かった。
「別に構わねぇよ、サキだったら」
「えっ……」
「その……なんだ、サキがその気なら俺はこれから容赦なくお前を頼っていくからな!」
「——サキ」
「あ?」
「これからお互い、受け止め合う仲なのだから……いついかなる時でもちゃんと私のコト、名前で呼びなさいよ……タスク」
サキはまた俺から目を逸らして、まだ顔を赤くしながらそんな事を言ってくる。
「面倒くせぇなぁ……たく、わかったよサキ」
「……っ」
——サキは小さく微笑んだ……ような気がした。
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