第16話 EP.0【後編】
俺はボロボロのコスプレ女を抱えた状態で徒歩で帰宅し、そのままベッドに寝かせた。俺がこのコスプレ女を助けたのは、別にこの女に惚れた訳ではない……ましてや、人間が大好きな“正義感”というヤツでもない。
俺の車が壁に激突している現場でボロボロになった女が倒れていたら、当然俺が疑われるだろう。この女が金欲しさに俺を加害者に仕立て上げる可能性だってある。
——待て、そう考えたら今のこの状況は不味いのでは?
ただでさえ男よりも女の意見が優先されるご時世で、もしこの女が見知らぬ男の家に運ばれた事で俺が自身を攫ったという嘘で警察に通報したら、俺は確実に性犯罪者の仲間入りとなってしまう。
「……クソが」
〜
それから事故現場に戻って警察に連絡し、その十数分後にパトカーが近くに停まって、警官が出てくる。
「あー、これは随分派手にやっちゃってますねー」
事故現場を見て、警官は軽いノリでそんな事を言ってきた。
「そ、そうですね……」
「何でこんな何もない道で事故っちゃったの、幸い被害者は居ないみたいだけど」
警官からすれば、見通しが悪いとはいえ事故を起こす要素が何もないのに、車が壁に激突しているという状態に見えているのだから、そう思うのは自然である。
「——急に猫が飛び出してきて」
俺は咄嗟にそんな嘘をつく。まぁ何かが飛び出してきたのは間違いないが。
「猫かぁ。でもそれで君が死んじゃったらダメじゃない」
「別にいいですよ死んだって。生きてても楽しくないですもん」
「そんな事言いなさんな、これからの時代は君みたいな若者達が作っていくんだからさ」
「——それにその猫には首輪が付いてたっぽかったんで、轢き殺して飼い主に恨まれるのも御免ですし」
俺は特に理由もなく嘘を次々と脚色していく。口に出した後、何だか自分を正当化しようとしてるみたいだという事に気付いて嫌になった。
今回の事故は被害者も居ない上、奇跡的に壁もそこまで損傷は酷くないので違反点数は無く、免許停止される事も無かったが、車は完全に損傷したので修理に出さざるを得なくなってしまった。
「はぁ……」
パトカーが行った後、俺はため息を吐きながら思い足取りで家へ帰っていった。
〜
玄関を開け、リビングに向かうとそこにはもの不思議そうにリビングを見渡すコスプレ女の姿があった。よく見るとボロボロだったはずの体は綺麗になっており、傷も最初から無かったかのように消えていた。
「——明日河、侑」
コスプレ女は俺の存在に気がつくと、名乗っていないはずなのに俺の名前を呟く。そういえばコイツは人間ではなくアンドロイドだった……だから人の顔を見るだけで名前とか個人情報を把握できる機能でもついているのだろう。
「目が覚めたか。じゃあさっさと帰ってくれ」
「は?」
「俺がお前を助けたのはただ面倒事を避けたかったからであって、別に正義感とかお前に惚れたとかそういう訳じゃない」
「面倒事を避けたかったのなら、私をあの場に放置しておけば良かったと思うのだけれど」
「あの場に女を放置してたら俺が咎められるんだよ、世の中ってのはそういう風に出来てるんだ」
そう。今の世の中、男が何を言っても女の意見に掻き消される理不尽な世界だ。それなのに一部の女は世間に対して未だに男尊女卑を嘆いているとか馬鹿げている。
「——貴方が私に帰れ、というのなら……断らせてもらうわ」
「は?」
「今、貴方の人生は私が握っているも同然。もしこのまま帰って私が“男に誘拐されて隙を見て逃げ出してきた”なんて警察に言えば……その捻くれた頭ならわかるわよね?」
「チッ…」
嫌な事だけは的中する現実と、自分が高い地位に居ると思っているような目の前の女に俺は思わず舌打ちをする。
「本当にバカね貴方。面倒事を避けたいのなら家ではなく病院に送るのが自然でしょう? まさか治療費も払いたくないほどケチなのかしら……まぁ少ない家具を見れば一目瞭然ね」
「お前……さっきから知ったようなクチ利きやがって」
「あら図星? それにもしこの場で怒鳴った場合、私は悲鳴を上げるけれど。静まった夜に女性の悲鳴が聞こえたら……それはそれは人が集まってくるでしょうね」
俺はこの絵に描いたようなクソ女への怒りが募り、痒くもない頭をガリガリと削るように掻く。やはり顔の整った女にまともな性格の奴は居ないんだなと思い知った。
「お前、何がしてぇんだ? 何が望みだ」
「私には生憎、住む家が無いの……だから同棲させてもらうわ。こんな美女と同じ部屋で暮らせるなんて光栄に思う事ね」
「——断る、と言ったら」
「貴方に拒否権なんて無いわよ。この状況を見てわからないのかしら」
「……そうかよ」
俺は超絶不満がありながらも、何を言っても無駄だと察してその女との同棲をやむ得ず仕方なく受け入れる事にした。
「改めて、私はサキ。因みに貴方は明日河侑19歳。社会人2年目で捻くれた思想を持つ冴えない……いえ、どうしようもないくらいに情けない男ね」
——こうして俺とサキは最悪なカタチで出会い、お互い最悪な印象を持ちながら同棲する事になったのである。
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