第13話 サキの流転

 着替えを終えて、俺は気まずい感情のままリビングへ向かう。リビングにはベッドではなく床に寝ている水希と、椅子に座って背中を向けるサキが居た。俺の存在には気付いているんだろうが、いかんせん怒鳴られた後だからサキも同様に気まずいのだろう。

 俺は、水希の方に目を向ける。床に寝ているところから、猛烈な眠気に襲われて場所問わず眠ってしまったのではなく、何かしらの病気が発病して意識不明になったかのようだった。


「——せめてベッドに寝かせてやれよ。俺の時みたいにさ」


 俺はサキに向けたつもりでそう言いながら、水希の案外軽い身体を持ち上げてゆっくりとベッドに寝転がせ、布団をかけてやった。


「ミズキにタスクと同じ待遇をする理由が無いわ」

「サキ、水希が来てから何か変だぞ? 俺が風呂入ってる間に何があった」

「それは……うぐぅっ!?」


 何かを答えようとした途端サキは頭を押さえて苦しみ始め、椅子から崩れるように落ちていった。


「サキ!? おい、どうしたんだ急に!?」

「んぅぁあっ!! やめなさいっ……でっ……勝手な、事……!」

「え……“私の身体”って?」

「ぐぅっ……やはり馴染みが悪いわねっ……我々とこの肉体とでは……んぁああああっ!!」


 サキが悲鳴を上げたその時、サキの耳から気色悪い色をした新種の軟体動物のような物が出てきた。そしてサキは自身の耳から出てきたそれを掴んで無理矢理引き抜くと、地面に叩きつけて思い切り踏みつけた。その謎の生命体が勢いよく潰された事で、毒々しい色をした液体が部屋中に飛び散った。

 俺は何が起きているのかよく分からず、ただ引き攣った表情で佇むことしか出来なかった。


「はぁ……はぁ……はぁ……大丈夫かしらタスクっ!? 何か変な事されていないかしら!?」


 サキは息を切らしながら、自分のことよりも先に心配そうな表情で俺に駆け寄ってきた。


「あぁ……まだ何も」

「良かった……タスクの童貞なんて別に欲しくはないもの」

「——今のは、何なんだ?」


 俺はサキの毒よりも、目の前で起きた出来事に対する疑問の方に気が向いており、その事を問う。


「そうね。本当は隠そうと思っていたのだけれど……まだこの時代に残っていた上に水希を経由して私に寄生してきたのだから、気になるわよね」

「当たり前だろ、急に色んな事が起こって……」

「安心して、順を追って説明するわ。まずタスクよりも気色悪いあの生命体……あれは“ラープ”という人間のメスに寄生して身体を乗っ取り、更に宿主の子宮を作り変えてしまう存在よ」

「子宮を作り変えるって……何の為に」

「自身の子孫を残すのに最適な環境にする為よ」

「……じゃあ、作り変えられた女性は」

「ええ。例えラープが体外に出ていったとしても……子供を作る事は不可能よ」

「マジか……」


 子宮を作り変える……俺は男なので関係ない話ではあるが、女性にとって自分の子供を産むという事はを意味し、そしてその子供は幸せの象徴なのだそうだ。それが出来なくなり、産まれるのはラープという人類にとっては何の利益も生まない生命体……もし寄生されて作り変えられてしまった者の事を考えると、残酷である。


「じゃあ、サキと水希は……」

「私とミズキは短期間の寄生だったからまだ子宮を作り変えられてはいないわよ。良かったわね、私を襲って無理矢理子供を作らせるという野望はまだ潰えてなくて」

「そんな野望は無えし子供もいらねえけど……良かった」


 こんな事を言うのは野暮かもしれないが、先程までのサキはそのラープとやらに寄生されて身体を乗っ取られていたと知り、俺は心底胸を撫で下ろした。

 ——やっぱりサキは、下衆な女じゃなかった。


「タスクみたいな考えの人間が多いから、10年後に少子化問題が深刻になるのよ?」

「だが深刻になってなかったら、俺はサキとは出会えなかった」

「——そっ、そんなの結果論じゃないっ!」


 サキは何故か顔を赤らめ、俺から顔を背けて言う。

 だが俺と同じような考えの人間が多いのは、最近は人によって幸せの定義が異なっているのが理由だろう。“子を産む事が幸せ”と先程述べたが、俺のようにそれが逆に不幸を齎すと考える者もいる。

 自分が不幸になるのが嫌なのに、その不幸を自分の子供にまで見舞わせたくない。自分の子供に“こんな人生なら、生まれてきたくなかった”なんて言われたくない。そう思われたくなくて行動したくても、それを解決する為には途轍もない金額が必要になる。

 ——家庭暮らしとは、親と子に課せられる一種の呪いである。


「まぁ、少子化問題は俺達だけが原因じゃないって事だけは理解しとけ」

「今までのタスクの言い分から、それはなんとなくわかっているつもりよ。さしずめ“この国が変わらない限り”……でしょう?」

「正解だ」


 俺の考えを言い当てたサキは一瞬だけドヤ顔を見せたが、その後にすぐ再び深刻そうな表情に戻った。


「でも、そのせいで私という存在やのよね」

「ちょっと待て、ラープが作られたって……どういう事だよ!?」


 俺は何の突拍子も無くサキの口から告げられた衝撃の事実に、思わず大きな声でそう言ってしまう。


「——そのままの意味よ。ラープは人間の手によって私よりも先に作られた……人工寄生生命体よ」

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