第12話 変われない心

 普段滅多にしない朝風呂なので、いつもより長く浸かる事にした俺は奇行に走っていた。顔まで沈めて何分間潜っていられるかを測ったり、その後に浴槽から出て超冷たいシャワーを浴びて擬似的にサウナの“整う”というヤツをやってみたりした。因みに1分くらいしか潜れなかった。

 だが整うには当然風呂場では温度と湿度が高いので、脱衣所でする事にしたが……大人の図体でこの狭い脱衣室に寝転ぶ事は出来ないため体育座りをした。


「……あれ?」


 ふと、俺はある事に気付いて辺りを見渡す。いつもならサキが着替えのパジャマを置いてくれている筈なのだが、一切見当たらない。今日は風呂の時間も長かったし、いくら水希が居るからといってあのサキが忘れる訳がない。


「珍しいな」


 そう呟いた直後、脱衣所の扉が数回コンコンと叩かれる。


「パジャマを持って来てあげたわ、入るわよ」

「え、……?」


 サキの発言に違和感を感じたその時、脱衣所の扉が開かれ、パジャマを持ってきたサキが堂々と入って来た。俺は咄嗟に背を向け、念の為に下半身を手で覆い隠した。


「ちょぉおおおおおい!? 俺まだ裸なんだけどぉおおお!?」

「それがどうかしたのかしら」

「どうかするだろ!? 一応俺は男、サキは女なんだからよ……!」

「——へぇ? 私の事、そういう目で見てたのかしら」


 サキはそう言うと、あろう事か俺の肩に顎を乗せてきた。水希に意地悪をしていた時のような態度に“恥ずかしい”という感情よりも、何とも言えない心境になる。

 この意地悪は、真の意味でサキが心を開いてくれたと捉えるべきか、それとも……。


「どんな女にだって、裸を見られんのは恥ずかしいだろうが」

「良いわよ、本当にシてあげても……今、ミズキは眠っているから」


 水希が眠っている……それに関してはこんな朝早くから来たのだからわかるとして、それよりもサキのその言葉を聞き、俺の心は“恥ずかしい”よりも“サキに対しての失望”が大きくなっていった。自分のモノを見られようが何とも思えなくなってしまった。


 “幾らなんでも今はダメだろこれは……!”

 “良いじゃん、いまたすく居ないし”


 忌々しい記憶と、その時の優と芽理の会話が頭を過ぎったのだ。結局サキも、1人が居ないのを良い事に“恋人らしい事”をする下衆な女だったのだと。


「——ふざけんな」

「えっ……?」

「パジャマを置いたらすぐ出てけ」

「い、意外な反応ね。美人にこうされたら男は堕ちると思うのだけれど」

「いいからさっさと出てけッッ!!」


 俺は食い気味でサキを大声で怒鳴りつけた。


「え、ええ……ごめんなさい……」


 俺がこんな事で怒りを露わにした事に、流石のサキも困惑したのか小さく謝罪するとパジャマを置いて脱衣所から即座に出ていった。

 脱衣所は俺1人となり、静寂としていた。何も言わずにパジャマを手に取り、下着を履いて着替える。


「ああ……やっちまった」


 この時の俺にあった感情は、かつて味わったあの裏切られた虚しさと、“もっと他に言い方があったんじゃないか”という罪悪感だった。しかもこの裏切られた気持ちに関しては、ただ俺が勝手に信じて……そして一方的にそんな気分になっているだけだ。


 ——あの時と、同じじゃないか。

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