第6話 砕ける、甘い夜

 一通り会話を済ませ、暫くの間無言が続いた。会話している時も今こうして無言の時もずっと運転してるが……さっきから同じ景色を度々見てるような気がするが、これどこに向かってるんだ?

 何処に向かっているのか問おうと口を開きかけたその時、俺のポケットに入っているスマホが小さく振動し始める……が、いつまで経っても止まない。恐らく電話だろうと思い、俺は通話主の名前も確認せず電話に出る。


『貴方……こんな時間まで一体何処で油を売っているのかしら?』


 電話の向こうの声は平然を保っているようだが、沸々と湧き上がる怒りを隠し切れていない。


「サキ……」

『私言ったわよね、待っている側は気が気でないって』

「悪い、ちょっと野暮用が」

『そういうのはちゃんと連絡するのが道理でしょう? 貴方は“ほうれんそう”を知らない、もしくは出来ない低脳なのかしら』

「これに関しては俺も不本意なんだよ」

『……まぁいいわ。待っているから早く帰ってきて頂戴』


 そう告げると、サキは通話を切った。

 切られた後に気付いたが、サキはどうやって俺に電話してきたんだ? 連絡先を教えた記憶も無いし、アイツが連絡機器を持っているようにも見えなかったが……。


「……彼女か?」

「そんな訳無えだろ。散々“女は面倒くせぇ”って話したのに“実は彼女居ます”なんて矛盾してんだろ」

「それもそうだな……まぁいいよ、侑の家は何処だ? 送るよ」

「いやいい。あのバス停で下ろしてくれ」

「遠慮なんか……はぁ、わかったよ」


 優はなんて返されるか想像出来たのか途中まで言って辞め、素直に頷いた。

 これは別に遠慮している訳ではない、単に家の場所を知られたくないだけである。ただでさえ今の優はこう見えて切迫詰まっているのだ、俺の家なんて知られたら毎日訪問してくるに違いないだろうから。


「てか何で電話の内容知ってんだよ」

「ちょっとだけ聞こえてきた……ところで電話の相手、彼女じゃないなら何なんだ?」

「それは……」


 俺は優の問いに口籠った。

 結局電話の相手が気になるんじゃないか、と思ったと同時に、今まであまり気にしなかったが確かに俺とサキってどんな関係なのだろうか、と疑問に思った。さっきも言ったが大前提として恋人同士は絶対違うし、主従関係ってのも何か違うし、ビジネスパートナー……いや何の?

 よく考えてみればサキは何故俺に料理を振る舞ったり、わざわざICカードなんて作ってくれたり、俺の帰りを待ってくれているのだろうか。居候させてもらっているお礼にしては尽くしすぎな気もするし……。

 ——これも“未来の俺との交流”が関係してるのか?だとすれば、サキに何をしたんだ……未来の俺は。


「なんか複雑そうだな?」

「……一言じゃ表せないな」

「そっか……でも良いな、帰りを待ってくれる人が居るって」

「あんま良いもんじゃないぞ……正直面倒くせえし、オマケに向こうは相当口悪いけどな」

「——ツンデレなんじゃない?」

「無いな」


 俺は優の発言を即座に否定する。

 ツンデレというものにはあまり詳しくないが、平たく言うと素直になれないヤツの事を指すという事はなんとなくわかる。ただまぁサキには当てはまらないな……別に俺を好いているという訳でもなさそうだし、毒を吐いてくるのも元々そういう性格っぽいし。

 その後は再び会話する事なく無言が続き、良くも悪くも何事も無くあのバス停付近で車が停車する。

 ——わざとなのか偶然なのか、バス停からはギリ10メートル以上離れている。まぁ警察に見られたら止められるだろうが。


「じゃあな侑、話せてよかった」

「……なぁ優」

「ん?」

「一応聞くが、お前と芽理ってまだ付き合ってはいるんだよな」


 俺はドアを開けて外に出る前に、優にそんな質問をする。

 ——答えなんて分かりきってるのにこんな事を聞くなんて、まるで未練がまだあるかのようじゃないか……そんな自分が気持ち悪い。


「……“一応”って言葉がピッタリなほどの熱だけど、まだ付き合ってるよ」

「そうか。じゃあな」

「ああ」


 優の返答を聞くと、俺は無意識にドアを勢いよく閉めて、車が発車していくのを見届けると急いで家へと駆け出していった。

 サキを待たせたら(もう手遅れだが)何を言われるかわからないから。



 まるで自分が帰ってきた事を知らせるかのようにアパートの鉄の階段を大きな音を出しながら駆け上がり、自分の住む番号の部屋の扉を勢いよく開ける。

 そこには、腕を組んで物凄い剣幕でこちらを睨みつけるサキの姿が。漫画であれば“ゴゴゴゴゴ……”という擬音と黒いオーラが描写されている事だろう。


「……おかえり。昨日よりも遅いご帰宅ね」


 字面だけで見れば少し怒っているくらいにか見えないが、実際は語尾に“殺すわよ”と付いていてもおかしくないくらい威圧感を放っている。


「悪い。電話でも言ったが、本ッッッ当にこれは不本意なんだよ」

「ふぅん……一応聞いてあげるわ、一体どんなつまらない言い訳を聞かせてくれるのかしら?」

「——ちょっと因縁のある幼馴染と会ってな……俺としては関わりたくなかったんだが、向こうが詰め寄ってきてな」


 俺は9割本当で少しだけ嘘の混じった言い訳をした。どんなに嘘を見抜ける才能を持つ者でも、その1割の嘘を見破る事は出来ないだろう。


「嘘ね」

「は?」


 ——見破られました。


「大体、貴方に詰め寄る程の友人なんて居ないでしょう?捻くれた性格の、貴方なんかに」

「う……」


 サキは何とも言い返せないような事を言ってくる。しかも最後に念を押すように2回目を言ったし。

 唯一心を許していた二人と絶交して、家出して事実上家族とも縁を切って……全ての友好関係を捨て、どんなに向こうから来ても誰にも心を開かないと決めた俺に友人なんて居ない。

 ——裏切られるくらいなら、騙されるくらいなら……そう思い込んで辛い思いをするくらいなら、最初から作らなければいいんだ。


「まぁ遅れてしまったのは仕方ないわ。それで……ご飯とお風呂と死、どれにするの?」

「じゃあ死」

「——今の貴方に選択権なんて無いわよ、さっさとお風呂に入ってその汚い身体を洗ってきなさい」

「じゃあ何で聞いたんだよ」

「……」


 サキは俺の問いには答えないどころかこちらに目も向けず、そのままリビングへと歩いていってしまった。

 少し納得がいかなかったが、俺は脱衣所に向かって服を脱いで洗濯機の中に入れると、沸かしてから時間が経っているのか少しぬるい湯に浸かった。その後シャワーを浴びて身体を洗って風呂から上がり、いつの間にか置かれていたパジャマを着てリビングに向かうと、テーブルの上には何故かチョコケーキが1ホール置かれていた。


「……なにこれ」

「見てわからないかしら、チョコケーキよ。貴方にはこれが新種の黒いカタツムリにでも見えるのかしら」

「そうじゃねぇよ、一体どういう風の吹き回しだ?」

「あら? この時代では、今日は他人にチョコをあげる日なのでしょう?」

「え……?」


 俺はそう言われ、ポケットからスマホを取り出して今日の日にちを確認する——2月14日……は、バレンタインか。自分とは無縁の日だったからすっかり忘れていた。

 ——てか“この時代では”って事は、10年後の未来にはそういう文化が無くなってるってことか?


「板チョコ一枚でも良かったのだけれど、せっかくだから1ホール買ってきてあげたわ。これなら糖分補給も出来て、貴方の頭の悪さも少し改善出来るかもね。私に感謝して食べなさい」

「ちょっと待て、これ全部俺一人で食えってか」

「……送り主に食えというの?」

「一人じゃこの量は食えないだろ」

「はぁ、仕方ないわね。じゃあ切り分けてあげるから一緒に食べましょう」


 サキはため息を吐くと皿を二つテーブルに置いて包丁を片手に椅子へ座り、チョコケーキを8等分に切り分けると、一片をそれぞれ皿に置いた。

 ——俺の皿に置かれたケーキには、苺が乗っていた。


「ていうかサキは食べて大丈夫なのかよ」

「ええ。私の動力は水……から抽出された水素だし、こういった食物もバイオ燃料として取り入れる事は可能よ」

「水素って……凄いな」

「あら、この時代でも既に水素で動く自動車があるでしょう?」

「いや、そうだが……なんつーか、本当にヤバい時にしか本気出さないよなって」

「——国なんてそういうものよ……さぁ、早く食べましょう」

「そうだな」


 そんな会話を挟んだ後、俺とサキは割と長い時間を掛けて1ホールのチョコケーキを平らげた……と言っても、半分以上はサキが食べたが。

 サキには満腹という概念が無いらしく、体内に取り入れたとしてもすぐバイオ燃料となってエネルギーとして消費される為、ほぼ永遠に食べる事が出来るらしい。

 一方、満腹になって腹が爆発しそうな俺は、そのままベッドに寝転んで意味もなく天井を見つめていた。


「……もう、食べた後すぐに横になると癌になるわよ。それに」

「ん……?」


 サキはハンカチで俺の口元をまるで頑固な汚れを取る時のような力で擦るように拭く——普通に皮膚が削れるんじゃないかと思うくらい痛い。


「……チョコが付いてたわよ。全く、行儀が悪いんだから」

「ああ、悪い」


 サキに謝罪のような感謝のような、どちらも混じったような事を言うと、途端に眠気が襲い瞼が重くなり、そのまま目を瞑って眠りにつこうとする。

 ——その瞬間、突如俺の身体が持ち上げられる。


「……寝るなら、ちゃんと頭を枕に置いて寝なさい」


 お姫様抱っこしながらサキがそう囁くように言うと、俺をゆっくりとベッドに下ろしていった。しかしもう眠くて感謝を告げる余裕も無く、今度こそ眠りにつこうとする。

 途端、ベッドが少し振動した。それと同時に俺の隣が何故か窮屈に感じ、重い瞼を無理やり開けて隣を見ると、そこにはサキが横たわっていた。


「……なんだ……?」

「機械だってずっと稼働している訳ではないでしょう? だから今からスリープモードに入るの」

「……何でここ……?」

「別に……良いじゃない。私は適した場所でスリープモードに入れて、貴方はこんな絶世の美女と隣同士で寝れる……不満は無いと思うけれど?」

「……そうか」


 俺は適当に返すと、わざと寝返りを打ってサキに背を向けて眠りにつく。

 すると俺の背中にコツン、と何かがぶつかる。その後にヒュゥウン、という機械が機能停止するような微弱な音が聞こえてくる。どうやらサキは本当にスリープモードに移行したらしい。


 ——やっぱり、一人用のベッドに二人は狭いな。

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