サキの場合
第4話 俺はヒーロー
俺の名前は
高校を卒業してからは田舎街の小さな遊園地で働く社会人2年目のごく普通の男だ。大学には行かず就職の道を選んだ理由は、早く自立して家族から離れたかったからだ。
実家を飛び出してそんな
——そして俺の今日の仕事は。
「……ヒーローショーのアフレコ、ですか」
「うん。新人声優さんが来る予定だったんだけど、風邪で声が出ないんだって」
新人とはいえ、声を仕事にする声優がそんなんで良いのか……と思ったがそれ以前にヒーローショーのあの声って録音じゃないのか、初めて知った。
「……で、何で俺なんですか? 別に良いですけど」
「だってたすくん、面接の時に“昔の夢は声優でした”って言ってたから」
実は俺が受けた面接では、咲希先輩が面接官を務めていた。だが志望動機とかはそこまで聞かれず、それこそ“将来の夢は”だとか自分に関する事ばかり聞かれた。
——志望動機を聞いてこなかったのは有り難かった。この職場を選んだのは単に月給が良いというだけだったから。
「よく憶えてますねそんな事……」
「だって良い声で言われたら、記憶に残るでしょ?」
「お世辞なんて言わなくてもやりますから」
「……本音なんだけどなぁ」
「じゃあスーツアクターと打ち合わせしてきます」
俺は咲希先輩の呟いた言葉を無視するようにそう告げると、そのままオフィスを出てヒーローショーのバックヤードに移動する。
バックヤードに来て、監督らしき人物に自身が代理である事を伝えると、ヒーローショーの台本を渡され、俺はその内容とセリフを確認する。
内容は、この葉田中遊園地に突如現れた悪のエイリアンを正義のヒーロー“ツヴァイク”が倒すというごく普通のヒーローショーなのだが、その途中で司会のおねえさんがエイリアンに操られるも、ツヴァイクと観客の声によって意識を取り戻す……というシーンがある。
「あの」
俺はある疑問が浮かび、ツヴァイクのスーツアクターに問う事にした。
「どうした? アフレコなら心配するな、俺が君の声に合わせて動くから」
「いや、そうじゃなくて……この司会のおねえさんって、誰がやるんですか? 見た感じそんな人居ないみたいですけど」
「——私がやるよ!」
「……え」
◇
そして本番。前には子供達が沢山集まっており、みんな目を輝かせてツヴァイクを今か今かと待ち望んでいた。
急遽アフレコを代理でやる事になった為リハーサルはそこまで出来なかったが、まぁ何とかなるだろう。
「みんなー! こんにちわー! 葉田中遊園地に来てくれてありがとうー!」
バックヤードから咲希先輩が出て、マイクを片手に司会のおねえさんらしい台詞を言う。
——久々に緊張してきた……心臓がバクバクだ。
「今日はみんな、ツヴァイクに会いに来たんだよね? それじゃ早速、ツヴァイクを大きな声で呼んでみよっか! せーのっ、ツヴァイクー!」
「「ツヴァイクーーーー!!!」」
「うるせぇなぁ……ガキの声は虫唾が走るぜ……!」
明らかに悪そうな声と噴射されたスモークも共に登場したのはツヴァイクではなく、艶やかな黒い体表の敵役のエイリアンだった。
——この敵役、せめて名前あってもいいんじゃないか?
「あなたは一体誰!? 私達が呼んだのは、正義のヒーローツヴァイクよ!」
「ツヴァイクだあ……? 随分弱そうな名前じゃねぇか」
「そんな事ないわ! ツヴァイクはあなたみたいな悪いヤツを一瞬で倒しちゃうんだから!」
「ふん……正義のヒーローってんなら、お前らを襲えば現れるよなぁ!?」
そう言って、エイリアンは観客である子供達を脅した後に司会のおねえさんに襲い掛かろうとした——さぁここで、主役の出番だ。
「待てッ! 人は、お前のような者が気安く触れて良いものじゃない!!」
「そ、その声はっ……!」
「ほう……漸くお出ましか、ツヴァイク!」
「——エンダー……チェンジッ!」
すると、ツヴァイクの変身音らしき音が爆音で流れ、バックヤードからツヴァイクのスーツを着たアクターが飛び出して行った。途端、子供達の歓声が響き渡る。
「み、みんな! ツヴァイクが来てくれたわよ!」
「当然だ、俺は人々が悲しむ所は見たくない……その為に戦ってるんだからな!」
「フン……キザな野郎だ!」
エイリアンが怒るような声でそう言うとツヴァイクに襲いかかり、アクションシーンが始まる。エイリアンが剣などの武器を使ってくるのに対し、ツヴァイクはパンチやキックといった格闘で戦うスタイルなのが実に正義のヒーロー然としている。
正統派なヒーローデザインであるツヴァイクと明らかに悪そうなデザインのエイリアンが戦っているのは大人である俺ですら少し胸が躍った。
「くっ……中々やるじゃねぇか……だったらコイツはどうだッ!」
苦戦を強いられるエイリアンは、司会のおねえさんに向けて手を翳す。
「えっ、な……何これぇっ!? ぁあああああ!!!」
「貴様、彼女に何をした!?」
「さぁ? 何をしてしまったんだろうなぁ?」
「大丈夫か!?」
何かをされた司会のおねえさんに駆け寄るツヴァイク。次の瞬間、司会のおねえさんはツヴァイクの両腕を掴んで拘束してきた。
「ひひっ……今です、ご主人様!」
「な、何を……!?」
「ふはは! その女を俺の
「ぐっ! ぐぁあ! やめてくれ……! 君は、そんな人じゃないはずだ!」
「私は生まれ変わったの! ご主人様の忠実な僕としてね!」
「トドメだァッ!」
「ぐぁああああ!!」
司会のおねえさんに拘束され、抵抗できないまま一方的に攻撃を繰り出され劣勢になるツヴァイクは、ついに倒れてしまった。
普通のヒーローショーであれば、ヒーローのピンチに司会のおねえさんが“応援してパワーを!”的な事を言うのだが、そのおねえさんが敵になってしまっている……さて、どうなるのかというと。
「君は……そんな人じゃないはずだ」
「ん〜?」
「心優しくて……誰かの為に行動出来て、そして……時には誰かを救ってきたはずだ……!」
「っ……!」
「ヒーローの力なんて無くても……君は他人を救う事が出来る立派な人なんだ! だから……」
「う、うるさい!! 私は……私は……!」
敵に操られた司会のおねえさんは怒りを露わにしてそう言う——が、これは台本には無い、いわゆる“アドリブ”というヤツだ。
——迫真だなぁ、たかがヒーローショーなのに。
「だから! そんな下衆の僕になんて成り下がっちゃダメだ! 君には、誰かを救える力があるんだ!」
「くっ……うぅ……ぁああああああ!!」
「な、この俺様の洗脳に抗っているだと!?」
「がんばれー!」
そんな時、観客席の方から子供の応援する声が聞こえてくる。すると、それに釣られて他の子供も応援の声を上げていき、やがてその場にいる子供達全員がツヴァイクと司会のおねえさんを応援する。
——言ってしまうと、最初に声を上げた子供は他の子供達に応援を促すためのサクラである。
「ええい! 黙れ黙れぇ! そんな応援如きで、俺様の洗脳が解かれてたまるかぁ!」
「人の応援を侮るな! 声は俺達に途轍もないパワーを与えてくれる……それをここで証明してやる! ハァァアアーーッ!」
自身に向けられた声援の中、ツヴァイクは雄叫びのような声を上げ、盛大な小道具による演出によって必殺技を放ち、エイリアンを倒す事が出来たとさ。
その後はまぁお察しの通り、ツヴァイクも司会のおねえさんも見ている観客に向けて感謝を伝えて“これからも応援よろしくな!”的な事を言って終演。
◇
「ああー……疲れたー……!」
若い男性が少ないため交代もせずヒーローショーのアフレコを一日中し、退勤間近になった頃、俺は漸くオフィスに戻って休憩をする。
——声を出すだけでこんなに疲れるなんて……声優にならなくて良かった。
「本当にお疲れ様、たすくん」
ジュースの缶を差し出しながら、咲希先輩がそう言う。俺がジュースを受け取ると、何気なく隣に座ってくる。
「はい……お疲れさまです」
「私は何回も交代してたけど、たすくんはずっとやってたよね……凄いよ」
「はあ……もう声優の道は諦めます」
「そっかぁ……一回くらい声優として頑張ってるたすくんも見てみたかったんだけどなぁ」
「冗談はよしてくださいよ」
「……本音なんだけどなぁ」
「さて俺達は帰る時間ですし、行きましょうか」
「……うん!」
俺は時間を確認してそう言うと、咲希先輩と一緒にオフィスを出て外のバス停で止まっているバスに向かって缶を片手に歩いていく。
「……にしても、カッコよかったよ」
「何がですか」
「ヒーローとして助けてくれたの」
「ただ台本に書かれてた事を言っただけです。そこに感情なんて無いですから」
「そう? でも嬉しかったなぁ、本当にたすくんが私を助けてくれてるみたいで」
「……そうですか」
「あ、忘れない内に……酔い止め!」
そう言われ、今朝に咲希先輩から貰った酔い止め薬を取り出す。手元にあるのはジュースだが……まぁ大丈夫だろう、俺は錠剤の酔い止め薬とジュースを一緒に飲んだ。
「どう? 美味しい?」
「薬に美味しいも何もないですよ」
「ほら、苦いとか不味いとかあるしさ!」
「そもそも薬に味の評価求める事自体おかしいと思うんですけど」
「そうかなぁ……」
咲希先輩は俺の言葉に文字通り首を傾げる。
まぁ確かに薬を飲むにおいて苦くなかったり不味くないに越した事は無いが、味が理由で薬を好まない大人ってヤバくないか? それが許されるのは小学生までだと個人的に思っているのだが……。
「た……侑!」
突如、背後から俺を呼ぶ声が聞こえてくる。俺と咲希先輩は足を止めて声の方に振り返ると、そこには顔の整っており高身長で金髪のイケメンが立っていた。
——まさか、あいつは。
「やっぱり侑だ! ヒーローショーで声を聞いた時から薄々気付いてたけど、昔と変わらないな……!」
「——先輩、帰りましょう」
俺はそう言って、咲希先輩の手を掴んで逃げるようにバスへ向かって走り出す。
「ふぇっ!? えっ、ちょ、ちょっとたすくん!? あの人知り合いなんじゃないの!?」
「……」
俺は困惑する咲希先輩を無視して、そのままバスに乗り込む。丁度そのタイミングでバスの扉が閉まったため、あの金髪イケメンがバス内まで追いかけてくる事は無かった。
「ふぅ……」
「た、たすくん……あの人誰なの? たすくんを知ってるみたいだったけど……?」
「——俺の幼馴染ですよ、まぁ……もう絶交した関係ですけどね」
「絶交って……そっか、辛かったね」
咲希先輩は、俺とあの金髪イケメンが幼馴染という関係にも関わらず絶交してこうして逃げるほどの関係になった事を敢えて問わないどころか、まだ何も言ってないのに俺が被害者だと決めつけて優しくそう言ってくる。
「別に……絶交を申し出たのは俺ですから」
「でも、自分からずっと一緒だった幼馴染と離れるなんて……よっぽどの事があったんでしょ?」
「……意外としょーもないかもしれませんよ」
「たすくんにとっては辛かったんでしょ」
「それは……」
「事の重さなんて関係ないよ……人の数だけ、心の形も違うんだからさ」
「……そうですか」
「——大丈夫、私はいつでもたすくんの味方だからね」
「例え人を殺しても、ですか?」
「うん」
「そ、そうですか……」
俺のあまりにも極論過ぎる言葉に、咲希先輩は何の躊躇いもなく頷く。俺的には冗談で言ったつもりだったとはいえ、少し意外だった。
その後は特に会話する事もなくバスが目的地に辿り着くまでただ待っていた——すると、耳元から可愛らしい寝息が聞こえてくる。どうやら咲希先輩も疲れていたらしく、俺の肩に顔を乗せて眠ってしまったようだ。あれって優しく言ってた訳ではなく、単にウトウトしていただけか。まぁそうだよな……たかが後輩の俺に感情移入する理由なんて無いもんな。
「んぅ……たすくん……置いていかないでぇ……」
ふと咲希先輩は寝言なのかそんな事を呟く。
寝言ってこんなガッツリ喋るもんじゃないと思うのだが……ちょっと抜けてる所もある先輩だから、何故か妙に納得してしまう。
「——無理ですよ」
俺は眠る咲希先輩に向けてそう言い返す……が返答は無く、返ってきたものといえば先輩の可愛らしい寝息だけであった。
——てか、本当に寝てるのかよ。
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