第2話 サキの手料理

 俺は言われるがまま風呂に入り、暫く温かい湯を堪能したのち、着替えてリビングに向かう……が、テーブルに置かれているサキが作ったであろう料理に俺は戦慄した。


「あら、貴方ってお風呂は意外と短いのね」

「なっ……お前、これ作ったのか……?」

「そうよ。この私が作ったのだから、味は1000%保証されているようなものだけれど」


 サキの表情は平常を保っているつもりなのだろうが、口角が少しだけ上がっている。

 テーブルに置かれていた料理はペペロンチーノというみんなご存知あのパスタだが……いや、そんな事はどうでも良い。別に見た目が悪い訳でもなく(なんなら良過ぎる)、自分の苦手な料理という訳でもない……俺にとっての問題は、という事だ。


「……どうやって作ったんだよ、材料なんて」

「ええ。本当に困ったものだわ。貴方の家ってば電子レンジしか無いのだもの」


 サキは呆れたような表情でため息を吐きながらそう言う。

 俺はふとキッチンの方に目を向けると、そこにはあるはずのないフライパンとまな板、そして残った食材と調味料達が置かれていた。


「買ったのか……!?」

「ええ。あ、もちろん私のお金でね……流石に貴方のなけなしのお金を使う訳にもいかないから」

「はぁ……よかったぁ……」


 俺は安堵のあまり、その場に崩れた。

 サキは毒舌な女だが、流石に他人の金を勝手に使うほどクズ女ではない事に心底安心したのだ。


「ちょ、ちょっと!? 何を情けない姿を見せているのかしら!?」


 突如崩れた俺を見て、サキは焦るように駆け寄ってきた。


「……」

「……あっ、と、とにかく! せっかくこの私が丹精込めて作った上にわざわざ温めてあげたんだから、早く食べなさい!」


 サキは俺に駆け寄って覗き込むように顔を見つめた後、勢いよく顔を背けてそう言い放ってきた。

 俺は無言で頷き、サキが作ったペペロンチーノが置かれたテーブルの前のベッド兼椅子に座る。

 ——誰かが作ってくれた料理を食べるなんて久々だ。家を出てまともに金も持ってないのにアパートを借りて一人暮らしし始めてから、ずっと冷凍食品かカップラーメンだったから。


「……いただきます」


 俺は両手を合わせてそう言って、フォークでペペロンチーノを口に入れる。


「……どう、かしら。味は大丈夫だと思うけれど…熱過ぎたりしないかしら?」

「——美味い」

「え……?」

「美味い……美味いよ……!! うぅっ……やっぱり冷凍食品とは違うわ……こっちの方が断然美味い……!!」


 俺は久々に人の手によって作られた料理とその美味さに感動して、思わず涙を流す。涙で口に入れるパスタがしょっぱくなっても、俺は食べ続けた。

 しかもそこまで熱い訳ではないのが、猫舌である俺にとってはこの上なく嬉しかった。


「そ、そう……なら良かった。猫舌の人はどこまでが熱いと感じるかわからないから、少し不安だったの」

「こんぐらいだよ……こんぐらいで良いんだ」

「まぁ、泣くほど私の料理が美味しかったという事ね。当然の反応だけれど」


 サキの自意識過剰な言葉には気にも留めず、俺はひたすらペペロンチーノを食べ進め、あっという間に完食した。


「ご馳走様」

「ええ。お粗末さま」


 優しく言うと、サキは何も言われていないにも関わらず残った皿をキッチンまで持っていき、洗剤で洗い始める。

 ——美味しいものを食べた幸福感で忘れそうになっていたが、俺はある疑問が浮かんだ。


「お前何で」

「……サキ」

「え?」

「私は“お前”ではないわ。サキという名前があるの、今朝も言ったでしょう? 全く、貴方の記憶力はニワトリ以下なのかしら」


 サキはいつも……というか昨日からしか交流は無いが、とりあえず数分に一度くらいは毒を吐かなきゃ気が済まないのかコイツは。


「まぁ、だからその……私のことはちゃんと“サキ”と呼んで頂戴」

「わかった……じゃあ、サキ」

「——何かしら」

「俺が猫舌だって事、何で知ってるんだ?俺そんな事言ってないよな」

「……」


 俺の疑問にサキは何故か黙り込み、皿をひたすら洗い続けている。その仕草はまるで無視をしているようで、遠回しに“その事には触れないでほしい”と言っているようだった。

 ——だが、俺は社交辞令以外では他人に優しくする道義はない。


「何で黙るんだ、何か疾しい事でもあるのか?」

「——いえ、貴方の知能の低い脳みそで理解出来るかどうか悩んでいたの」


 サキは表情を変えず、こちらに目も向けずに毒を吐いてくる。

 “誰が知能の低い脳みそだ”と言い返してやりたくなったが、その直前まで疑問に答えないからといってここぞとばかりに責めるかのように問い詰めていた為、俺は何も言い返せなかった。


「……一応言ってみろよ、理解しようと努力するからさ」

「理解する事に努力する時点でアレだと思うのだけれど……まぁ良いわ。私は貴方と交流があるの。でもそれは貴方にとって未来の話よ」


 サキはそう言って、皿洗いを終えると蛇口の水を止めてこちらを見つめる。

 ——俺はサキと交流があって、それは未来の話…でも俺がサキと出会ったのは昨日が初めてだし……そもそも未来って事はこれから交流があるって訳で……でも今こうして話してるよな?


「……は?」

「ほら、理解出来てないじゃない」

「当たり前だろ! いきなり未来とか言われて、そうなんだって理解できる方がおかしいだろ!」

「でもそれ以外に説明のしようが無いわ」

「はぁ……じゃあその、なんだ?お前は」

「……サキ!」

「あー……サキは未来から来たとでも言うのかよ」

「——あら、珍しく頭が回ったじゃない。とても凄いと思うわ、褒めてあげる」


 サキは少しニヤリと笑って言うと、座る俺に近付いてきて、ぎこちない手つきで頭を撫でてきた。

 何となくサキが未来から来たと言ったら当たった訳だが…言葉通りの意味なのだろうが、どちらにせよ頭から“?”が消える事はなかった。


「未来って……どれぐらい先の?」

「そうね。この時代からすると……10年後くらいかしら」

「意外とすぐだな……もっと数世紀くらい先だと思ってたが、っていうかそろそろ手を離せ」

「あら、ごめんなさい。小動物みたいに触り心地が良かったからつい」


 サキはそう言って俺の頭から手を離す。

 ——本人としては毒を吐いているつもりなのだろうが、何かあんまり毒を吐かれてる感じがしないな……遂に感覚がバグったか?


「しかしあれだな、たった10年でサキみたいなアンドロイドが作れるほど技術が進歩してんだな」


 言及するのを忘れていたが実はサキは人間ではなく、人によって作られたアンドロイドなのである。サキから直接言われた訳ではないが、バケモノから俺を守ってくれた後、傷口から機械とチューブ、配線のような物が見えていたのだ。

 だが当時はサキがアンドロイドだという事にいちいち反応していられないほど混乱していた上に、ぶっちゃけそこまで関心が無い為こうして流れてしまっていたが。


「正確にはクローンよ。それにクローンならこの時代でも作れるわよ」

「そうなのか!?」

「ええ。ただ法律で禁止されているから作られていないだけ」

「じゃあ10年で技術が進歩したんじゃなくて、法律が変わったってことか」

「概ね正解ね……今から10年後、この世界では本格的に少子化問題が深刻になって、政府も子孫を増やす為にやむ得ずクローン技術を解放したの。そしてその少子化問題を解決するべく作られた人工卵子導入型クローン第一号が私という訳」


 ただでさえ今の時代ですら少子化が問題になっているというのに、10年後では更に深刻化しているのか。

 しかし子孫を残す為だけに作られたクローン第一号がサキというのは……こう、なんとも言えない気持ちになる。道理で顔も整形を疑うほど整っている訳だ。

 ——しかし10年後でも、その場凌ぎの判断で乗り切ろうとするのは相変わらずだな。


「だが、そんな重要な使命があるサキがどうして過去に?」

「さぁ……強いて言うなら願った事が叶った、という事なのかしらね」

「どうしてこの時代に来るのを願ったんだ」

「それは……」


 サキは再び、返答を渋った。

 “願いが叶ったからこの時代に来た”とまで言っておいて、肝心な“願い”の部分は言わないとか……と思ったが、別に俺に面倒が掛からなければサキの願いなんてどうでもいいし、やるなら勝手にやってくれとしか思わない。

 ——まぁ、この時代での住処が俺のアパートというのは少し気に食わないが。


「まぁいい、俺はもう寝る」


 そう言って、俺は明日に備えてそのままベッドに寝転がって目を瞑る。


「ち、ちょっと……食べた後すぐ横になるのは健康に悪いわよ!?」

「……」

「ねぇってば! 本当に体に悪いのよ!? 最悪の場合癌を患うのよ?!」


 あれやこれやと言って起こそうとするサキの言葉を無視し、俺はそのまま眠りについた。


 ——別に俺の身体がどうなろうとどうでもいい。ぶっちゃけ死んでもあんまり悔いは無いっていうか……。

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