決着(八度目)

「……なので僕は、今回の失態を皇都へ報告するとともに、責任を取って将軍職を辞めようと思う」

「「っ!?」」


 その言葉に、二人は思わず息を呑んだ。


「ちょ、ちょっと待ってくだされ! さすがにそれは早計というものでは!?」

「そ、そうです! 将軍であるあなたがいなくなれば、それこそタワイフの連中の思うつぼですぞ!」


 さっきまでの態度とは打って変わり、急に僕を引き留めにかかる二人。

 いや、僕のことは目障りじゃなかったのか? 知らないけど。


「いえ、最前線の拠点であるアルバロ砦とレイナ砦を混乱させ、いたずらに軍を混乱させた。サン=マルケス要塞を預かる司令官としてあるまじき行為だ」


 そう言って、眉根を寄せながら僕は大きくかぶりを振った。


 正直、将軍としての能力不足を理由に将軍職を解任されるようにするなら、単純にタワイフ軍が攻めてきた時点でこの要塞を放棄して尻尾を巻いて逃げ出せば済む。

 でも、それはこの僕についてきてくれた兵士達の命を奪うことになる。自分のくだらない・・・・・目的・・のために、そんな真似はできない。


 そんな折、この失態は若輩者である僕が将軍であることを疎ましいと考えている連中からすれば、失脚させる絶好の機会だ。

 今までは全部・・防がれた・・・・が、さすがにこの予想外ともいえる事態には対処することはできないだろう。


 フフフ……ようやくこの僕が勝利をつかむ時だ。

 そして、これから待ち受ける僕の最高の隠居生活を! 失われた青春を!


 目の前に浮かぶバラ色の未来に、僕は思わず恍惚こうこつの表情を浮かべそうになり、必死で思いとどまる。

 いけないいけない。せっかくの計画を、こんな些細なミスで台無しにするわけにはいかない。


 ここが、僕の未来への分水嶺なのだから。


「そういうわけなので、僕は早速このことを皇都に報告することにします。もちろん、このサン=マルケス要塞に支障がないよう、素晴らしい司令官を配属していただけるよう具申するとともに、新任が来るまでは引き続き僕が要塞を守備します」


 そう言うと、僕は立ち上がって机の前の椅子に座り、早速皇都への報告書作成の準備に取りかかる。


「あとは、こちらの報告書にお二人のサインをいただければ報告書の完成です」

「ぐ、ぐむう……」

「ほ、本当に……」


 僕のサインと司令官の印が押印されている報告書を差し出すと、パストール少佐が唸り、セルダ大尉は視線を泳がせた。

 だけど、僕が本気なのが分かると渋々ながらサインをした。


「ありがとうございます。では、これから皇都へこの報告書を届けることといたします。それと……部下達を混乱させるわけにはまいりませんので、どうかこのことはご内密に」


 そう言うと、僕は報告書を封筒に入れて封をした後、呼び鈴を鳴らした。


 ――コン、コン。


「失礼いたします。将軍、お呼びですか?」

「ああ。すまないが、この書簡を至急皇都へ届けてくれ」

「? はあ……ですが、中身は一体……」

「悪いが、君にも内容を告げるわけにはいかない……」


 不思議そうな表情を浮かべて尋ねるカサンドラ准尉に、僕は唇を噛みながら目を伏せる。

 パストール少佐とセルダ大尉は、先程お願いしたとおり同じく視線を逸らしながら口をつぐんでくれた。

 よしよし、これで報告書が無事に皇都に届けば、僕の将軍職の解任は決定的だ。


 顔を伏せながらほくそ笑んでいると。


「かしこまりました。先に皇都に報告書を送っておりました分がありますので、少々五月雨となってしまいましたが、至急お送りするようにいたします」


 …………………………ん?


「ま、待て。その皇都に送った報告書というのは何の話だ?」

「もちろん、襲撃してきたタワイフの六千の軍勢を、常備兵三千で無事に壊滅した件ですが」

「「「ええ!?」」」


 カサンドラ准尉の言葉に、僕だけでなくパストール少佐とセルダ大尉も驚きの声を上げた。


「い、いや待って!? そんな報告、僕は許可した覚えはないけど!?」

「はい。奥ゆかしい・・・・・ベルトラン将軍はご多忙ですので、そのような簡単な事務作業は私のほうで済ませておきました。襲撃のあったその日のうちに」


 その言葉を聞き、僕は愕然とする。


「……シドニア将軍、これはどういうことですかな?」

「へ……? い、いや、それは……」


 怒りに満ちた二人に詰め寄られ、僕はカサンドラ准尉に助けを求めようと視線を向ける……っ!?


「(んふふー。今回も・・・私の勝ちやな、ベル君・・・)」


 聞こえるか聞こえないかのような声でそう告げると、無邪気に勝ち誇ったような表情を浮かべるカサンドラ准尉。

 嬉しいからか、彼女の出身である西部なまりまで出てるし……。


「聞いているのですか! シドニア将軍!」

「は、はいい……」


 結局僕は、にしし、とほくそ笑む彼女を尻目に、パストール少佐とセルダ大尉に責められながら恐縮しまくっていた。

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