タワイフ軍殲滅

「は、はは……さすがはカサンドラ准尉、容赦がないね……」


 敵の騎馬隊三千を殲滅し、サン=マルケス要塞の攻撃を行っているタワイフ兵の背後に回ってみると、既に“包囲門”において兵の大半が銃弾の犠牲になっていた。


 この包囲門は、大砲からの攻撃を防ぐために要塞の前に高く積み上げた土塁を設置し、要塞の門にはその土塁を迂回しないと回り込めないような仕組みになっている。

 そして、誘い込まれるように土塁による囲いの中に入ると、正面及び側面から一斉射撃を受けるという罠を仕掛けてあるのだ。


 この包囲門が正面に設置されているからこそ、連中はサン=マルケス要塞が平地にある欠点を突いて、背後から奇襲をかけるという戦術を取ったんだろうけど


「もうほとんどやることはないけど、僕達も出口で待ち構えて逃げ出す連中を一網打尽にすることにしようか」

「はっ!」


 そうして、カサンドラ准尉による一斉掃射により追い出されてきた敵兵を片づけること一時間。

 正面へ攻撃を行った歩兵三千のタワイフ兵は、全て討ち取った。


「それじゃ僕は、カサンドラ准尉のところに行ってくるよ。竜騎兵も、タワイフ兵の生き残りがいないか確認したら、中に引き上げていいから」

「はっ!」


 デルガド大尉以下、竜騎兵に見守られて要塞の中へと戻ると、戦闘が終了した今も忙しく指示を出すカサンドラ准尉の姿があった。

 そんな一生懸命な彼女の元に、僕は駆け寄ると。


「カサンドラ准尉、よくこの要塞を守り抜いてくれた」

「いえ、騎兵による奇襲をかける策もあってか、正面に気を引くためにただ力押しをしてくるだけでしたので、撃退するのは簡単でした」


 カサンドラ准尉の小さな手を取って功を労うが、彼女は当然だとばかりに答え、軽く鼻を鳴らした。

 この素直じゃないところも、いい加減直してほしい。


 今は・・僕の部下だから大丈夫だけど、計画どおり・・・・・僕が将軍職を退いたら、それこそ次の上司との軋轢あつれきが生じて、色々と苦労すると思うんだよなあ……。


「そういえば、その後オルハネル砦から何か動きはあった?」

「いいえ、歩哨ほしょうからの定時連絡でも、向こうに動きはないとのことでした」

「そうか」


 ふう……とりあえずは、ひとまず安心だな。


「では引き続き敵の動きを警戒しつつ、兵の半数は交代で休んで構わないと伝えてくれ」

「分かりました」


 カサンドラ准尉が一礼し、そのまま兵達のところへ向かおうとしたところで、僕は大事なことを思い出した。


「ああ、それと……ネズミ捕り・・・・・をするので、デルガド大尉と協力して面通しをしておいてくれ」

「というと……今回のオルハネル砦による攻撃は、そのネズミ・・・によるものだと?」


 僕の指示を聞き、彼女のアメジストの瞳が鋭くなる。


「ああ。だが、少なくともあの男・・・の仕業ではなさそうだ。あの男・・・なら、もっと用意周到にやるはずだからな」

「そうですか」


 それを聞いて安心したのか、カサンドラ准尉の雰囲気が和らいだ。

 といっても、普段の冷たい感じに戻っただけだが。


「では、よろしく頼むよ」

「はい」


 僕は、今度こそ兵達の元へと向かうカサンドラ准尉の背中を見送った。


 だけど、彼女の足取りがやたらと軽いように思えるのは、僕の気のせいだろうか……。


 ◇


「ベルトラン将軍、アルバロ砦とレイナ砦の兵が到着しました」

「あ、忘れてた」


 タワイフ軍の襲撃から二日後。

 カサンドラ准尉の報告に、僕はとぼけた声を漏らした。


「分かった。悪いがそれぞれの指揮官を執務室へと案内してくれ」

「はい」


 彼女が執務室を出て行って十分後、少し怒った様子の二人の士官……アルバロ砦の指揮官である“パストール”少佐とレイナ砦の指揮官、“セルダ”大尉がやって来た。


「シドニア将軍、これはどういうことですかな?」

「そうです。我々は将軍からの要請に応じて、こうして昼夜を問わず行軍して駆けつけたのですよ? なのに、敵兵が一人もいないというのはどういうことですか」

「は、はは……」


 詰め寄る二人に、僕は愛想笑いを浮かべてみる。

 僕が親の七光り的に弱冠十五歳で将軍職に就いたから、この二人からよく思われていないんだよなあ。

 まあ、それも全部織り込み済み・・・・・・ではあるんだけど。


 さて、後はこの状況を上手く活かすとしようか。


「二人共、本当にすまない。この僕の確認ミスで、タワイフ兵は来なかったんだ……」

「「なんですと!」」


 神妙な表情を浮かべながら僕は申し訳なさそうに謝ると、二人は案の定顔をしかめるが、その目はどこか嬉しそうだった。

 多分、糾弾する格好の種を手に入れたとでも考えているんだろう。


「このようなこと、ミスでは済まされませんぞ!」

「やはりこの若さでは、将軍という地位は荷が重すぎたのですな」


 ありがたいことに。二人はまくし立てるようにこの僕を糾弾する。

 よし……ここからが本番・・だ。


「二人の言うことはもっともだ……僕も今回の件は、責任を痛感している」

「ほう? そのように感じておられるのであれば、どうするおつもりですかな?」

「そうですよ。口だけなら何とでも言えますからな」


 はは、予想どおりの反応で助かるよ。

 ということで。


「……なので僕は、今回の失態を皇都へ報告するとともに、責任を取って将軍職を辞めようと思う」

「「っ!?」」


 その言葉に、二人は思わず息を呑んだ。

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