竜騎兵の存在

「へえ……やっぱりそうきたか」


 サン=マルケス要塞へと押し寄せる一千の軍勢……の後ろに控える後詰めの二千の軍勢と、さらにそれとは別の、およそ三千の軍勢が要塞の背後へ回ろうと迂回しているのを見て、僕はほくそ笑んだ。


 どうやら連中は、二段構えの攻撃で正面に要塞の守備兵を引きつけ、その隙に背後からその同数の兵力を持って一気に攻略する考えのようだ。

 しかも、兵科が全て騎兵というところを見ると、後ろに控えるアルバロ砦とレイナ砦がこちらに合流する前にカタをつけるつもりなんだろう。

 そして、それを可能にするだけの策も持ち合わせている、か。


「ハア……連中を退けて要塞に戻ったら、ネズミ探し・・・・・をしないとなあ……」


 戦後処理のことを考えて、僕は思わず溜息を吐く。

 とはいえ、要塞を指揮するのはカサンドラ准将だし、多分だけど戻る前に全てが終わっている可能性が高いけどね。


「それでみんな、準備はどうだ……って、聞くまでもないか」


 竜騎兵一千の兵士達の面構えを見て、僕は満足げに頷く。

 今や銃が主流になったとはいえ、千丁……いや、守備兵の分も含めて二千丁以上も銃を揃えているのは、このサン=マルケス要塞だけだろう。

 それもこれも、全部カサンドラ准尉の手腕のおかげだ。


 こんなに優秀なんだから、これで僕への当たりがもう少し優しくて、仕事量を人並みにしてくれて、もっとスタイルの良いクールビューティーなお姉さんタイプだったら僕も将軍職を辞めようなんて思わないんだけどなあ……。


「え、ええと……ベルトラン将軍。そんなことを嬢ちゃん……いえ、カサンドラ准尉に知られたら、それこそ過労死させられますよ?」

「え? ひょっとして、声に出てた?」

「「「「「はい」」」」」


 竜騎兵を率いる隊長の“ルシオ=デルガド”大尉をはじめ、竜騎兵の全員が一斉に頷いた。


「……よし、今のは聞かなかったことにしてくれ。もちろん、カサンドラ准尉に告げ口した者は、向こう一か月は僕の仕事を手伝わせるからな」

「「「「「分かりました!」」」」」


 竜騎兵達は、直立不動で敬礼した。

 どうやら本気で僕の仕事の手伝いはしたくないらしい。


「ハア……まあいい。では、竜騎兵の諸君! これよりオリハネル砦から出陣した軍の討伐に向かう! 全員、僕の後に続け!」

「「「「「おおおおおーッッッ!」」」」」


 掛け声と共に、今まさに要塞の背後を突こうと平野を駆ける敵の騎馬隊へと突撃した。


 ――ドン、ドン、ドン。


 敵の陣営から戦鼓の音が鳴り響き、僕達を迎撃しようと騎馬隊はその動きを変えた。

 はは……早く要塞へ奇襲をかけることを重視しすぎて、銃を持った歩兵を用意していないことが仇となったな。


「竜騎兵、挟み込め!」


 僕が右手を上げて合図すると、竜騎兵は二手に分かれ、敵の騎兵を点として三角形を結ぶように移動すると。


「放てええええええええッッッ!」


 ――ズドドドドドドドドッッッ!


 竜騎兵は、敵騎兵を中心として十字を描くように、銃による一斉射撃を行った。

 これにより敵前列の騎兵が落馬し、残る騎兵も銃声による馬の混乱で態勢が保てないでいる。


 連中め、あまりに予想外のことが起こったために、慌てふためいているな。


 これこそが、僕が七年前に侯爵位と将軍職を継いでから考案した、竜騎兵の威力。

 本来は歩兵での運用を前提とするマッチロック式(火縄による着火)のマスケット銃を火打石によるフリントロック式(火打石による着火)に改良するだけでなく、その銃身を通常よりも短くすることによって取り回しが利くようにし、騎兵での運用を可能としたもの。


 馬の訓練を含め、実用化までに四年の歳月を費やしたが、そのおかげで僕達サン=マルケス要塞は、最前線にもかかわらず総勢三千という寡兵で、向こう三年間の膠着こうちゃく状態を作り出したのだから。


「さあ! 今こそ好機! 竜騎兵、全員突撃ッッッ!」


 銃を鞍に備え付けているホルダーへと収めると、サーベルに持ち替えて崩れる敵陣に突撃を敢行した。


「う、うわああああっ!?」

「く、くそ!? これじゃ応戦できな……ギャッ!?」

「ぐああああっ!?」


 馬が言うことを聞かず、その隙に竜騎兵達に次々を討ち取られる敵兵。

 一度の突撃を終えて包囲した時には、三千もいた騎兵はおよそ六分の一以下となっていた。


「さて……指揮官はあれかな?」


 僅かに残る騎兵に守られるように中央にいる、ターバンを巻いている軍人。

 その服装などを見る限り、あれで間違いなさそうだ。


 だが……やっぱりあの男・・・の仕業ではなかったな。

 あの男・・・だったら、僕達に戦いを挑むなんて、そんな無謀な真似をするはずがないからね。


 そういうことだし、気兼ねなく終わらせるとしよう。


「竜騎兵、銃を構え!」


 竜騎兵は再び三角形を作るように、残る騎兵を囲んで三方向から銃を構えると。


「ま、待て! 我々タワイフ軍は降伏する!」


 慌てて白旗を掲げ、降伏宣言をした。

 さすがに戦闘可能な兵士の数が五百人以下となってしまった上に、こうやって銃を向けられて包囲されては、生き残るためにはその選択肢しかないからね。


 だけど。


「全員、放てえええええッッッ!」

「「「「「っ!?」」」」」


 相手の降伏を無視し、僕は竜騎兵による一斉射撃を行った。

 悪いね。虎の子の竜騎兵を出陣させた以上、その存在を知られては困るんだよ。


 これは、にも味方・・にも秘密なのだから。


「ベルトラン将軍。敵指揮官以下、全て掃討が完了しました」

「よし。念のため生き残りがいないか確認し、その後、正面に詰めている敵兵の背後を突くぞ」

「はっ!」


 報告に来たデルガド大尉にそう指示を出すと、要塞のある方角へと見据えた。

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