数年に一度の襲撃

「ベルトラン将軍、歩哨からの至急の報告です。対岸に面する“カラバカ砦”から出兵の動きがありました。その数、一千」


 僕が決意してから一時間も経たないうちに、執務室にやって来たカサンドラ准尉が淡々と告げる。

 えー……どうやって将軍を辞めようか考えている時に、なんでそうやって邪魔をしてくるんだよ。


「それで、どうなさいますか?」

「あー……一千の兵でということは、いつものやつ・・・・・・じゃないかな。だったら、君のほうで適当にあしらってくれれば構わないよ」

「そういうわけにはいきません。この要塞の指揮官はベルトラン将軍なのですから」

「あ、そう……」


 面倒なのでカサンドラ准尉に押し付けようとしたが、皮肉とともに氷のような視線を向けられて断られてしまった。

 僕としてはそんなつもり・・・・・・はないのだが、どうやら彼女の気分を害してしまったようなので、渋々受け入れる。


 ハア……仕方ない。

 将軍を辞めるための計画は、まずは連中にお引き取りいただいてから考えることにしよう。


 ということで。


「おー、来てる来てる」


 要塞の防壁に上り、カサンドラ准尉から借りた望遠鏡をのぞいて確認すると、カラバカ砦から出てきた一千の兵が、砂ぼこりを巻き上げながらこちらへと向かっているのが見えた。


「こちらの兵の準備は整っています。将軍、打って出ますか?」

「まさか。たったの一千でこの要塞は絶対に陥落しないんだから、防壁の上から適当に威嚇射撃をすれば充分だよ。大体、向こう・・・だって本国に対して義理を果たしているだけなんだから」


 そう……僕が父上の後を継いで七年前にこのサン=マルケス要塞に配属されて以降、当初はそれなりに・・・・・戦闘もあったが、一年前からはこうしたやり取りを月に一度繰り返しているだけだ。

 何より、今やエルタニア皇国とタワイフ王国の戦争における主戦場は、ここより北の“ログリオ盆地”になっているからね。


「その証拠にほら、カラバカの兵はわざと・・・罠を仕掛けていない要塞の正面を通っているようだし」

「……ですが、今回はそうとは限らないようですよ?」


 僅かに眉根を寄せた彼女を見て、僕は慌ててタワイフの軍勢を確認すると、大きな砂ぼこりのさらに遠方に、大きな砂ぼこりが二つ・・巻き上がっていた。

 相変わらず、カサンドラ准尉のは間違いないな。


「……カサンドラ准尉。君の言うとおり、いつものやつではないみたいだ」

「では……」

「ああ。すぐに“アルバロ砦”と“レイナ砦”に通達。兵站へいたんの確保と背後に控える“サラマンス”の街の住民の避難を急がせるんだ。それと、この要塞の常備兵三千、全て配置に就かせてくれ」

「はい!」


 僕の指示を受け、カサンドラ准尉が即座に動いた。


「それにしても、今まではログリオ盆地での戦闘に注力するためにサン=マルケス要塞とはわざと・・・膠着状態にしていただろうに、どういう風の吹き回しだ?」


 望遠鏡で二つの砂ぼこりの行方を追いながら、僕は思案する。

 考えられるのは、ログリオ盆地での戦況が動いたか、むしろ戦況を動かすための陽動として、こちらに大規模侵攻をかけると見せかけるためか……。


「まあ、いずれにしても僕達としては、連中を蹴散らすだけなんだけどね」


 とはいえ、このサン=マルケス要塞は最前線の防衛拠点であるにもかかわらず、何故か平地に設置されており、とてもじゃないが防御に適しているとは言い難い。


 この要塞の南北に位置するアルバロ砦とレイナ砦との連携によって、かろうじてその役割を果たしてはいるが、それでも防衛線を突破され、その二つの砦と分断されてしまったら、この要塞じゃ守り抜くことは到底不可能だ。


「ハア……これが百年前だったら、このオンボロ要塞でも充分難攻不落・・・・と呼べたんだけど」


 百年前、西方諸国における戦争のあり方を大きく変える出来事があった。


 ――銃火器と大砲の発明とその実用化である。


 この二つの兵器の登場により、それまで槍と騎兵による歩兵戦術が主流だったが、銃による射撃により槍の間合いによる利点も鎧や盾の防御も意味をなさなくなってしまった。

 加えて、大砲の砲撃により要塞や砦の防御壁は簡単に崩れ落ちることとなり、今はまさに戦術の転換期と呼べる時代だった。


 とはいえ。


「その銃と大砲があったからこそ、ここを七年間守り抜くことができたんだけどね」


 そう呟くと、僕は口の端を持ち上げた。


 すると。


「ベルトラン将軍、アルバロ峠とレイナ峠への伝書鳩による連絡に加え、念のためそれぞれに伝令を派遣しました。また、常備兵三千のうち守備に二千、迎撃のための竜騎兵・・・一千の配備を完了しております」

「ありがとう。さすがは僕の・・補佐官だね」

「はい」


 報告に来たカサンドラ准尉にそう言って褒めるが、彼女は無表情のまま眼鏡をクイ、と持ち上げて頷いた。

 これが仕事のデキルお姉さんのような容姿だったらクールビューティーに間違いないんだろうけど、残念ながら彼女の見た目はちびっ子だ。

 残念だ、嗚呼、残念だ。


「……どうやらベルトラン将軍は、名誉の戦死よりも過労死・・・がご所望のようですね」

「ゴメンナサイ」


 完全に思考を読み取られ、絶対零度の視線を向けるカサンドラ准尉に僕は土下座した。

 上司の威厳? 貴族の誇り? そんなもの、彼女の前では全て無意味だ。


「さあて……じゃあ、行ってくるよ。要塞守備については君に全権を一任する」

「かしこまりました」


 これ以上は遊んでいても仕方ないので、僕は土下座を止めてサン=マルケス要塞の指揮権の証である皇帝陛下から授かった印章を手渡すと、珍しく彼女は僕の手を強く握った。


「将軍……私に勝ち逃げ・・・・されたくなければ、どうか無事に帰って来てください」


 表情は変わらないが、アメジストの瞳を潤ませてそう告げるカサンドラ准尉。

 そんな彼女に僕も珍しく茶化すこともせず、ニコリ、と微笑んでみせた。

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