人材不足

「ハア……仕事が終わらない……」


 タワイフ軍の襲撃から一か月が経ち、僕は今日も大量の仕事の処理に追われている。

 というより、先日の嘘の報告書の一件の罰として、カサンドラ准尉がいつもの倍以上、僕に仕事を押し付けているというのもあるんだけど。


 しかも、彼女が先に送った報告書のせいで、妙に勘違いした・・・・・、この僕を褒め讃えるような書状が皇都から送られてきたし。ハア……辞めたい。


 まあ、そんなことより。


「……圧倒的に人手が足らない」


 目の前に積まれている書類の束を眺めながら、僕は独り言ちる。

 もちろんカサンドラ准尉という優秀な部下はいるが、そもそもこのサン=マルケス要塞は僕が配属される前から慢性的に人材難だ。特に、文官タイプの者が。


 加えて、一年前にカサンドラ准尉が配属されて以降、補充された人材は全て男で脳筋な武官タイプばかりときてる。いくら国境最前線とはいえ、偏りすぎだろう。

 何より、僕はもっと綺麗で知的なお姉さんタイプの部下が欲しいんだよ。


 一応、該当する部下がいないわけじゃないけど、あれ・・は武器マニアの変態だからなあ……。


「あー……綺麗で知的で眼鏡の似合う、クールだけど僕だけにデレてくれるお姉さんタイプの部下が来てくれないかなあ……」


 などと呟いてみると。


 ――コン、コン。


「ベルトラン将軍、お呼びでしょうか?」

「いや、呼んでないな」

「そうですか…………………………チッ」


 執務室にやって来たカサンドラ准尉の言葉を全否定すると、彼女は舌打ちをしながら出て行った。

 ひょっとして彼女、僕の独り言を盗み聞きしているんじゃないだろうな? ……などと考えてはみたものの、さっきの呟きで彼女と一致している部分は眼鏡のみなので、それはないな。


「とにかく、皇都本部に新しい人材を派遣してもらうよう具申してみるかー」


 そう考えた僕は、呼び鈴を鳴らす。


「……お呼びでしょうか」


 執務室にやって来たカサンドラ准尉は、表情こそ変わらないものの、あからさまに不機嫌である。

 おそらくは、『用事があるならさっき来た時に言えよ』といったところだろう。


「ああ、君も薄々感じているとは思うが、サン=マルケス要塞は人材が不足している。そこで、皇都本部に追加で人材を派遣してもらうように具申しようと思うのだが、候補となりそうな士官をリストアップしてくれないか?」

「それは構いませんが……人事については、皇都本部が考えるべきことなのでは?」


 僕の言葉を受け、カサンドラ准尉がいぶかしげな視線を向けて尋ねた。

 ふむ、彼女の言うことはもっともだ。


「だが、ただ人をくれと言ったところで、これまでのことを考えたら武官しかやって来ないぞ。なら、あらかじめ希望する人材を何人か見繕っておけば、向こうも我々が何を求めているのか、理解してくれるだろう」

「分かりました…………………………チッ」


 いや、なんで舌打ちするの?

 カサンドラ准尉だって優秀な人材が増えたら自分の仕事が楽になるんだし、喜ばしいことだろうに……。


「では、失礼します」


 小さな身体をピン、と伸ばして敬礼すると、彼女は執務室を出て行った。


 ◇


「ベルトラン将軍からご指示いただきました、皇国士官のリストです。主に文官タイプをピックアップしておきました」


 カサンドラ准尉に依頼してから三日後、早速彼女は僕のところへ候補となる人材のリストを作成してくれた。

 しかも僕が選びやすいように、年齢や経歴に加えて家柄、士官学校での能力評価まで整理してある。


「ありがとう。やはり君は、仕事が早くて優秀だな」

「ありがとうございます」


 僕が手放しで褒めるが、彼女は当然だとばかりに鼻を鳴らす。

 見た目は子どもで可愛らしいのに、全然可愛くない。


「ふむ……」


 僕は受け取ったリストを流し読みするが……うん、案の定・・・女性は一人もいない。

 あれかな? カサンドラ准尉は、この要塞で逆ハーレムでも形成するつもりなのかな?


「……そもそも、エルタニア軍の士官は男女比が九対一なのですから、このような結果となるのは仕方ないかと」


 そう言って、カサンドラ准尉がジト目で睨んだ。

 どうやらまた僕の心を読んだみたいだ。


「もちろんそれは理解している。僕としては、そのような軍の体制は改めるべきだと考えているがね」


 この国では士官には貴族しかなれないという条件がある上に、女性の場合は政略結婚のための道具として扱われることがほとんどだ。

 なので女性が士官となるようなケースは、男子の跡継ぎがおらず女性が家督を継いだ場合か、あるいは理解のある・・・・・家である場合しかない。


「とにかく助かったよ。このリストを元に、皇国本部に具申してみる」

「分かりました」


 僕は改めて礼を言うと、カサンドラ准尉は敬礼をして執務室を出た。


「さてさて、誰を候補にしようか……」


 僕はリストを眺め、目ぼしい人材をチェックしていく。

 さすがは信頼する・・・・彼女が選んだだけあって、この要塞で力を発揮してくれそうな者ばかりで悩んでしまうな。


 その中で。


「お、この男は……」


 僕は、一人の男に目を付けた。

 ふむ……彼なら、僕達にとって都合が・・・よさそうだ・・・・・


「フフフ……これで今度こそ、将軍を辞めることができそうだ」


 そう呟き、僕はほくそ笑んだ。

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