第12話 仁義なき弁当戦争
署名には100人以上の名前が書かれていた。
求める主張はただ一つ。
「男も豆のスープを食え」
自分たちがまずい飯を食ってる横でうまいものを食うな。
残念すぎるクレームだった。
「まぁ、この町には行政組織がないから署名が効力を持つことはないわ。けど、女冒険者を敵に回してこれまで通りの商売ができると思わないことね」
「……考えることが陰湿なんだよ、お前」
「私たちは当然の権利を主張しているだけよ?」
勝ち誇った顔でチョコがソファーから立ち上がる。
軽やかにきびすを返す姿は可憐な魔法使い。
なのにやることが悪役令嬢なんよ。
ちぐはぐな俺の元雇用主は「それじゃ、業務改善頑張ってね!」と、嫌味を残して応接間を出て行った。
くそ、やられた!
まさかこんな横やりが入るなんて――!
「……いや、確かに女冒険者の言う通りだ」
やり方は無茶苦茶だが、抗議する気持ちは理解できた。
冒険者のための弁当屋と言いながら客を選んでいたんだ。
しょうが焼き弁当を作った時にも感じたが冒険者にもいろんな人がいる。
俺の弁当屋は、今まで女冒険者たちのことを考えていなかった。
この署名はその証拠だ。
「今、俺が作るべきなのはとんかつ弁当じゃない。からあげ弁当やしょうが焼き弁当を食べられない女冒険者向けの弁当だ」
ショッキングな出来事ではあったが目が覚めた気分だった。
「ジェロはん。ちょっとええやろか」
「……キャンティ?」
「話は聞かせてもらったで」
隣の書斎で聞き耳を立てていたのだろう。
話し合いの終わった応接間にキャンティがおもむろに顔を出した。
商売の経験が豊富な彼女。自分も苦い経験があるのだろう「災難やったな」と苦笑いを浮かべながら、彼女は俺に手を差し伸べた。
署名リストを俺は大人しく彼女に渡す。
「まぁ、いずれはこうなるやろとは思うてた」
「そうなの?」
「女性客は扱いが難しいでな。拗れると店が潰れるまで行くで」
「まじか……」
「ほんで、もう一つ厄介なんはこれに便乗する商売敵や」
キャンティは紙を二枚抜き取ると俺に返す。
そこには、思いがけない名前があった。
「あれ、この人って馴染みの酒場の店員だ。こっちは道具屋」
「酒場も道具屋もこの店に客を奪われて売り上げが落ちとるさかいな。署名に乗じて、この店を潰してまうつもりなんや」
「……マジで?」
「当たり前やがな。新しい店は繁盛する前に潰す。出る杭は打つんが商売の基本や」
そんなことになっていたのか。
商売ってモノを作って売るだけじゃダメなんだな。
女冒険者に続いて、俺はまた大事なことを見落としていた。
しょんぼりと俺が肩を落とす。
すると、「何を落ち込んでるんや!」とキャンティが怒鳴った。
「ええもん作って繁盛するんは当然や。ジェロはんはなんも間違っとらん」
「キャンティ……」
「それを足を引っ張ってどうこうしようなんて浅ましい奴らやで。商売人の風上にも置けん。卸問屋やさかい静観しとったが、こうなったからには容赦せん」
「キャンティさん……?」
「道具屋も酒場も署名を引き下げるまで取り引きを止めたる!」
「ちょっとちょっと!」
「ジェロはんが心血を注いで作った弁当に、しょーもないアヤつけよって! そない理不尽が通るんやったら、こっちも理不尽で対抗したろやないか!」
俺よりも怒り心頭な卸問屋の若女将。
弁当屋&卸問屋VS酒場&道具屋。
勝ちが濃厚な仁義なき商戦がはじまってしまう。
異世界チートで無双したいけどこれは何か違う。
なんとか丸く収める方法はないか。
キャンティをなだめながら俺は折衷案を考える。
すると、追い打ちのように「コンコン!」と応接間の扉が鳴った。
ひょこりと扉から姿を出したのはミラ。
しかしその顔にはいつもの溌剌とした感じがない。
「ジェロ、ちょっといいかな?」
「どうしたの?」
「お父さんとお兄ちゃんが店に来てて」
「オヤジさんたちが?」
「うん。なんだか二人とも怒ってるの……」
いやな胸騒ぎがする。
トラブルとは続くものとはよく言うが、いったいなんだろう。
ここに来て順調だった俺の弁当屋経営に急に暗雲が立ちこめだした。
◇ ◇ ◇ ◇
用事とは他でもない。
今すぐ「弁当屋をやめろ」という勧告だった。
町の農家の顔役をしているオヤジさんに「豆の生産農家」から苦情が来たのだ。
ただ、息巻いてやってきた義父と義兄は、応接間に入るなり静かになった。
「ジェロの店ができたせいで随分と困っているらしくてな」
「……まじですか?」
オヤジさんたちがちらりと俺の隣のキャンティを見る。
話の流れで同席した卸問屋の若女将。
彼女の顔色を明らかにうかがっていた。
前にも聞いたがオヤジさんとキャンティは知り合い。
そして卸問屋という関係上、立場は彼女の方が上。
ということは――。
「実はブレロー商会を経由せず直で豆を道具屋に卸していて」
「……ほう」
「それがジェロの店のせいで売れなくなって」
「……続けてや」
「今、倉庫に豆が大量にですね」
「……豆はウチの店に、適切な量を適切な値で卸すはずやよな?」
取引先に話せないヤベー話だった。
それを察して、圧をかけて話させるキャンティもたいがいだが。
「ウチはそないな話、一つも聞いとらへんで?」
冷たい笑顔で言い放つキャンティ。
「すみません! ワシらも今日知ったんです!」
オヤジさんもお義兄さんも、見たこともない真っ青な顔をする。
ついには床に座り込んで額を惨めに擦りつける有様だった。
一族の家長の威厳も、町の顔役のメンツもそこにはない。
立場の弱い農家の哀愁しかなかった。
「よう分かりました。ウチの商会では、今後一切、この町の豆は扱いまへん。親類縁者の生産物もまとめてお断りさせてもらいます」
「そんな!」
「この町は豆がよう売れはるんやろ。せやったら、ウチのような卸問屋が世話する必要あらしまへん。どうぞご勝手に」
「まぁまぁ、キャンティ落ち着いて」
「……ジェロはん。これはウチの店の沽券にかかわる話や。黙っといてんか」
これはダメだ。
キャンティがいた方が心強いと思ったが逆効果。
余計に事態が拗れてしまった。
俺はあわててミラを呼ぶと、今にもオヤジさんたちに殴りかかりそうなキャンティを連れていってもらった。
キャンティがいなくなり、ようやくオヤジさんたちが顔を上げる。
すると途端にお義兄さんが泣きだした。
そういえば、どうして一緒に来たんだろう。
「すまんジェロ! 実は『豆の生産農家』の娘が俺の愛人で!」
「愛人て」
「俺の子供を身ごもってるんだ! オヤジの初孫なんだよ!」
「めちゃくちゃ身内の話だこれ」
なんとかできないかと泣きつかれても困る。
そもそも「豆の生産農家」がやらかしていたのが悪いわけだし。
頼りの義父と義兄が揃って情に流されて使い物にならない。
こんな時こそ俺がしっかりしなくちゃいけないが名案は浮かばない。
どうしたものだろうか――。
「とりあえず、キャンティは俺が説得してみます」
「本当か? というか、なんでキャンティさんがこの家に?」
「……まぁ、その、いろいろとありまして」
言えない。
実はアンタらが戦々恐々としている女が俺の愛人だなんて。
末娘を嫁にもらいこんな立派な家までもらったのに、さっそく他の女にうつつを抜かしているだなんて。
「とにかく、俺にまかせてください。店も豆もどうにかしますから」
「ジェロ。お前、少し見ないうちに男らしくなったなぁ」
がっしりと俺の手を掴んでオヤジさんは涙を流した。
まるで我が子の成長を喜ぶように。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
自分たちの力を過信して盛大にやらかす。「男って、ホントバカよね」――という方は、評価・フォローよろしくお願いします。m(__)m
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