第三章 いろいろ食べたい「幕ノ内弁当」編
第11話 異世界モンスタークレーマー!
「とんかつと言って、俺が元いた世界で特別な時に食べる料理を作ってみました。いつもリゾットさんたちにはお世話になってるので、どうかもらってください」
リゾットさんに俺は試作品の「とんかつ弁当」を差し出す。
やはりからあげ・しょうが焼きと来たら次はこれだろう。
分厚く切ったロース肉を贅沢に使ったカツ。
弁当屋「サカジロウ」の次の目玉。「ここぞと気合いを入れたい時に食べる」をコンセプトに、俺はとんかつ弁当の開発に着手していた。
ただし――。
「……いいのか?」
「実は作るのにかなり難航しているんですよ。できれば、リゾットさんたちに食べてもらって感想をいただきたいなと」
「……ふむ」
異世界でとんかつを作るのは難しい。
肉をカラッと油で揚げればいいのだ。
からあげと同じだろ――と思ったら大間違い。
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○とんかつ
豚ロース: 100g
卵 : 1個
パン粉 : バットいっぱい
小麦粉 : 大さじ4~5杯
塩 : 小さじ半
こしょう: 小さじ半
ソース : 適量
からし : 適量
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「材料がないんですよね。パン粉もソースもからしも」
「……材料がないのにどうやって作ったんだ?」
「そこは創意工夫で」
パン粉はパンをおろして。
とんかつソースを作るのは無理なので、割り切って味噌に変更。
からしは洋からし。ぬるま湯で溶いたらそれっぽくなった。
試行錯誤の異世界とんかつ。
できれば本場のとんかつを食べてもらいたい。
だがないものはないのだ。
雰囲気だけでも味わってもらおう。
俺から弁当を受け取るとさっそくリゾットさんが中身をあらためる。
まだ揚げたてで熱いカツ。一番端にある小さい一切れ。赤味噌がかかったそれを、彼はひょいと摘まんで口に運んだ。
瞳を閉じて彼は空を見上げる。
これはうまい時の反応だ。
「……ここぞという時にガツンとくる味だな」
「胃にもガツンと来ますけれどね。そこら辺も考えてキャベツも多めです」
「……今のままでもうまいと思うが?」
「衣のサクサク感がちょっと物足りないんですよ」
「……なるほど、完成するのが楽しみだな」
「そう言っていただけると助かります。あ、ぜひ【駆除チーム】のみなさんの感想も聞いておいてください」
「……心配しなくても、俺たちチームの回答は『今回もうまい』だ」
「いや、いろんな意見を聞きたいんですって」
とまぁ、強面のアサシンに弁当を預けて『サカジロウ』は閉店。
町へと戻る最後の乗合馬車を見送り、俺は店の正面口の窓を閉め――。
「ちょっといいかしら!」
ようとして、ツンケンとした声に止められた。
どうやらまだお客さんがいたみたいだ。
「すみません、弁当はもう売り切れで……」
「そんなのに用なんてないわよ。私が用事があるのはアンタよ、アンタ」
「……俺?」
左右に伸びる紫色のツインテール。
呪いの言葉を呟きそうな顔が描かれた魔女帽子。
そして、人をぶん殴るのに適したスタッフ。
碧色の瞳がキッと俺をにらみつける。
その迫力に、思わず当時のように「げぇっ!」と声を漏らした。
「久しぶりねジェロ。元気にしてたかしら?」
「チョコ……さん」
彼女は俺の元雇用人。
魔法使いのチョコ・ブラウニーだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「貧乏くさくてかび臭い家ね。まぁ、アンタの稼ぎにはお似合いね」
「冒険者やってる時よりは稼いでるけどな」
「あら、そうなの? しかし、無能のアンタがよく店なんてできたわね?」
「無能じゃねえし。あのパーティーには男手が必要だっただろ」
「そうね。別にアンタじゃなくてもよかったけれど」
相変わらずの減らず口を叩くとチョコはレモネードを口にする。
お礼の一つも口にしないのも相変わらずだ。
店の二階の応接間。
ローテーブルを挟んで、俺はかつての雇用主とにらみ合っていた。
店の後片付けはミラたちにまかせてある。
三人いれば、俺がいなくても大丈夫だろう。
店の心配はせず、今は目の前の厄介者に対応しよう。
「冒険者をやめてどうするのかと思ったら料理屋ねぇ」
「弁当屋だ」
「なんでもいいわ。追放されたのにダンジョン前で商売とか未練たらしいわね」
「そんなんじゃねえよ」
「負け惜しみとかクソダサいんだけれど。無能すぎてパーティーに居場所のなかったザコザコ冒険者に発言権なんてあると思うの。やっぱアンタって低脳よね」
皮張りの椅子で脚を組むと「はん」とチョコが俺を鼻で笑う。
相変わらずクッッッッッッッッッソムカつく!
これまでの発言から分かる通り、チョコは「人を煽り、罵倒し、からかう」ことにかけては天才的な性悪女だ。
絵に描いたようなメスガキ。
いつかなんかやらかしてエロ漫画みたいな目に遭えばいい。
「なにその顔。誰にもパーティーに誘ってもらえず泣いてたアンタを拾ってあげた恩を忘れたの? その程度のことも覚えられないのに、よく商売なんてはじめたわね?」
「オメーの本性を知ってたら入らなかったよ」
冒険者になってすぐの頃。
マジでパーティーに誘われず困っていた俺に、この女は声をかけた――。
『私たちのパーティー、女所帯だから荷物持ちが必要なの。よかったらどうかな?』
最初は優しかった。
女所帯にもかかわらずパーティーメンバーは男の俺を仲間として受け入れてくれた。チョコもリーダーとしてしっかり務めをはたしていた。
なのに、どこで歯車が狂ったのだろう。
気がつくとチョコは俺を無能扱いするパワハラリーダーに変わっていた。
女所帯の頼れる男手から一転してお荷物呼ばわり。
それからはもう、地獄のような冒険者生活だった。
「ほんと、誰かさんが急にパーティーを抜けて大変だったわ」
「追放しといてそういうこと言う」
「アンタが抜けるって言ったんでしょ。そんなことも覚えてないの」
「覚えてませんね。低脳なもので」
「……ほんとそういうところ! なんで私にだけ当たりが強いのよ!」
「お前だってそうだろ! お前が俺を無能扱いするから!」
「本当のことを言ってなにが悪いのよ!」
「事実だとしても傷つくんだよ!」
「なによ! ジェロのくせに生意気よ!」
「もう雇われてないんだ! 機嫌を取る義理なんてねえ!」
激昂したチョコが立ち上がる。
壁に立てかけてあったスタッフを握ると彼女はそれに魔力をこめた。
まずい。
魔法を使う気だ。
「バカ、ここは俺の家だぞ!」
「うっさい! アンタがいけないのよバカジェロ!」
「理由になってねえ!」
もう意味が分からん。
いっつもこうだ。
チョコは怒ると周りが見えなくなる。
きっと働きすぎなのだ。頭脳労働も考え物だよ。
見た目は悪くないし、元は性格もかわいらしかったのに――なんでこんな残念魔法使いになったのだろうか。
「いいから落ち着けって! 今日は用事があって来たんだろ!」
とにかく正気に戻そう。
怒りを抑えて俺は彼女をなだめすかした。
スタッフの光がゆっくり収まっていく。
なんとか思いとどまってくれたが、まだ怒りは収まらないらしい。
悔しそうに呻きながら涙目になってチョコが俺をにらむ。
いったいどんな感情の顔だよ――。
「そうよ、今日はあんたに伝えたいことがあってここまで来たの」
「はいはいなんだよ。昔のパーティーのよしみで聞いてやるよ」
「そんな余裕ぶってていいの? アンタにとっては死刑宣告みたいなものよ?」
「……死刑宣告?」
飲みかけのレモネードが置かれたテーブルにチョコが紙束を叩きつける。
そこには人の名前がつらつらと書き連ねてあった。
なにかの署名らしいが――。
「あんたの店だいぶ噂になってるわよ」
「そりゃどうも」
「あんたの店が弁当を売るから、弁当を食べられない後衛職の女冒険者は悲惨だ。なんで私たちだけ、煮た豆なんかを食べなくちゃいけないんだ……って!」
それは、確かに可哀想だな。
俺もちょっと同情する。
けど、それがこの書類となんの関係が?
要領を得ないチョコの説明に俺が首をかしげる。
レモネードの入ったティーカップを手に取ると、「やっぱりバカね」とチョコが俺を鼻で笑った。
「今、冒険者ギルドの女たちは、この店を目の敵にしてるってわけ。男たちばかり美味しいものを食べて、ずるいってね」
「勝手な言い草だなぁ」
「だから署名を集めたのよ。『弁当なんて売るな。一緒に煮た豆を食え。お前らだけいいものをダンジョンで食べるなんて許さない』ってね」
「めちゃくちゃ陰湿な嫌がらせじゃねえか!!!!」
この書類ってまさかその署名?
結構な数があるぞ?
完全に言いがかりなのにこれだけ集まったのも普通に怖い。
ドン引きなんですけれど。
「ちなみに、署名運動の発起人はアタシだから。これからよろしくね、店長さん」
「嘘やろおい」
どうやら俺たちの店はモンスタークレーマーに目をつけられたみたいだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ついにメスガキを分からせる時がきた! 署名活動に打ち勝って「ざまぁ」できるのか――と気になったら、評価・フォローよろしくお願いします。m(__)m
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