第13話 豆乳(意味深)
さっそく、俺は女冒険者向けの弁当の開発に着手した。
アイデアはある。
ガッツリとメイン料理を食べたい男性に対して、女性はいろんな種類を食べたがる傾向がある。バランス重視とも言うべきだろう。
そんな女性の需要を考え――多種多様なおかずが少しずつ入った弁当を俺は作ることにした。
つまり「幕ノ内弁当」だ。
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○ほうれん草のおひたし
ほうれん草: 1束
塩 : 小さじ1
醤油 : 小さじ1半
みりん : 小さじ1半
だし : 100㎖
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沸騰したお湯に塩を入れほうれん草をひたす。
くたっとなったら取り出し冷水でしめる。
熱が取れたら水気を絞ってまな板へ。
食べやすいサイズに切り分けさらに追加で水を絞る。
醤油、みりん、だしを混ぜた液にひたし、冷暗所で馴染ませて完成。
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○かぼちゃの煮つけ
かぼちゃ: 1/4個
はちみつ: 大さじ2
醤油 : 小さじ1
水 : 200㎖
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かぼちゃを四等分に。
中の種を取り出し一口サイズに切り分ける。
鍋でかぼちゃを水から煮立て、沸騰したら蓋をする。
かぼちゃが鮮やかになってきたら、醤油とはちみつを投入。
弱火にしてさらに煮詰める。
この時、煮崩れしないよう鍋を揺らして味を馴染ませるのがコツ。
菜箸がかぼちゃの中に沈むように入れば調理完了。
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○きんぴらごぼう
ごぼう : 1本
にんじん: 1/3本
油 : 大さじ1
醤油 : 大さじ1
みりん : 大さじ1
はちみつ: 大さじ半
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ごぼうとにんじんの土を落とす。
綺麗になったら薄くスライスする。ごぼうは水にひたしてアク抜き。
油をなじませた鍋にごぼうとにんじんを投入。中火でしばらくかき混ぜる。
しんなりしたところで、醤油、みりん、はちみつで味つけ。
汁気がなくなるまでしっかり炒めて完成。
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○煮豆
大豆 : 200g
にんじん: 1/2本
ごぼう : 1/2本
水 : 100㎖
醤油 : 大さじ2
みりん : 大さじ2
はちみつ: 大さじ1
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乾燥豆を水で戻す。
洗ったごぼうとにんじんをさいの目切りに。
水を煮立たせ、醤油、みりん、はちみつを投入して煮汁を作る。
味を確認したら、大豆、にんじん、ごぼうの順で投入。
弱火で大豆に味が染みるまでよく煮て完成。
以上。
野菜をメインに使ったおかず四品。
どれもこれも女性が好む薄味で食べやすい料理だ。
「わぁ、おやさいいっぱい」
「なんかいつもと違う感じだね」
「こないな料理もあるねんや。流石はジェロはん」
どれも試行錯誤だけれどね。
我が家の女性陣を集めて遅めの夕飯。
女性向け弁当の試作品を、プレートに載せてそれぞれの前に出す。「どうぞ召し上がれ」と言うと、三人は目を輝かせてフォークを伸ばした。
「かぼちゃ、すごく甘くて美味しい! 口の中でトロッととろけるのが最高!」
「このほうれん草のおひたしはええな。疲れた身体に染みるで」
「きんぴらしゃきしゃきおいしいの!」
女性陣には好評。
ミラなんて「もうちょっとかぼちゃない?」とおねだりするくらいだった。
仕方ないのでキスと交換で俺のを分けてあげる。
「これなら女性でも食べれそうね。けど、手間じゃない?」
「保存が利く料理だから。一度に大量に作れば大丈夫だよ」
「そうなんだ」
「ただ、野菜が多く必要だから――どうかな、ペコリーノ? 栽培できそう?」
「やってみるのぉ! ぱぁぱのために、ペコリーノがんばるのぉ!」
プレートを残さず食べ終えたペコリーノ。
気が早い愛娘がさっそく畑へと駆けていく。
もう夜も遅いのに。まぁ、アルラウネだから大丈夫か。
野菜作りは娘にまかせよう。
俺は――俺にしかできないことに専念だ。
ごちそうさまと手を合わせて席を立つと俺は再びかまどの前へ。
脇に置いてあるのは――水にひたしてふやかした乾燥豆だ。
「大量に余っている乾燥豆。これを使わない手はないよな」
作ろうとしているのは日本人のソウルフード。
単品で食べてよし。調理してよし。肉の代わりに混ぜてよし。
豆腐だ。
作り方はあやふや。
大豆から豆乳を絞り出して、そこににがりを加える――程度の知識しかない。
だが、もし作ることができれば料理に幅が出る。
幕ノ内弁当のメイン料理に豆腐ハンバーグは魅力的だ。
副産物のおからも卯の花やクッキーなどいろいろ利用できる。
なにより、上手く行けば「豆の生産農家」を救えるかもしれない――。
「やるぞ異世界豆腐作り!」
◇ ◇ ◇ ◇
すり鉢で潰した大豆(200g)を鍋に放り込む。
とりあえず鍋半分くらいの水を入れて中火にかけてじっくりと沸騰させる。
煮立ってきたところで木べらで丁寧に鍋をかき混ぜる。
根気よく煮詰めていくと豆乳っぽくなってきた。
鍋の底には大豆のかす。
一旦、ここいらで漉した方がいいかもしれない。
かまどの火を消すと木綿の布を張った桶に鍋の中身を流す。
白濁した液体が布を通り越して桶の中に滴る。
木綿の布の上には薄茶色の大豆のかすが残った。
つまり「豆乳」と「おから」だ。
「とりあえずここまでは成功だな」
よかったとほっと息を吐く。
すると、横で見ていたミラが「できたの?」と俺に尋ねた。
「これからが本番。この液体を固めるんだ」
「えー! このまま飲んでもおいしそうじゃない?」
「……なるほど」
言われて気がつく豆乳の違う使い方。
元の世界で豆乳が飲料として親しまれているのを忘れていた。
しかも特に女性に人気の飲み物だ。
気を取られた隙にミラがひょいと桶の豆乳に手を伸ばす。食いしん坊な俺の奥さまは、なんの警戒もせずに木製スプーンでそれをすくうと口に運ぶ。
お味の方は――渋い顔からお察しだった。
「ちょっとこのままじゃ無理かもね」
「やっぱり」
「うーん。はちみつを混ぜて甘くすれば悪くないかも。ジャムもいいかもね」
「発想が元いた世界と同じだなぁ」
ちなみに「美容とダイエットに効果があるそうだよ」と説明すると、ミラは真面目な顔をして俺に掴みかかった。「もうちょっと美味しくしましょう。これは絶対に女性に売れるわ」と、やる気まんまん。
豆腐と並行して豆乳飲料の開発も進めようか。
思いがけないアイデアに胸が躍る。
そんな矢先のことだった――。
「ペコリーノ! どないしたんや! しっかりせい!」
畑からキャンティのつんざくような叫び声が聞こえた。
抜き差しならない状況なのが声色から伝わってくる。
何があったのだろう。
すぐさま俺とミラは裏庭に向かう。
暗い畑の真ん中でペコリーノはキャンティに抱かれていた。
いつも笑顔を湛えているその顔が、汗と苦悶で青く染まっている。あわてて近寄った俺が抱きかかえれば、恐ろしいほどに身体が冷たい。
いつもは人と変わらない温もりがあるのに。
いったい彼女の身に何が起こったんだ――?
「ペコリーノ! しっかりしろ、ペコリーノ!」
「……ぱぁ……ぱ」
モンスターに襲われた?
いや、目立った外傷は見当たらない。
辺りにはさっきの料理で使った、ほうれん草、かぼちゃ、にんじん、ごぼうといった、野菜たちが散乱している。
まさかこの野菜を作ったせいで?
俺の胸で荒い息を吐きながらペコリーノが背中に手を回す。
生まれた時のように、彼女は俺をぎゅっと強く抱きしめた。
「ぱぁぱ、ペコリーノ、ちょっとむりしちゃった」
「ごめんよペコリーノ。パパが君の身体のことを考えなかったばっかりに」
「いいの。ペコリーノは、ぱぁぱによろこんでもらうのがしあわせだから」
「ペコリーノ」
「まりょくがねぇ、もうないなったの。このままだとペコリーノはかれちゃうの」
「そんな!」
「ぱぁぱと、もっといっしょにいたかったの……」
愛娘の指先が水気を失いしおれていく。
これが魔力の枯渇――。
「ぱぁぱ。ミラ。キャンティ。ペコリーノがいなくなっても、おぼえていてねぇ」
「ペコリーノしっかりして!」
「ジェロはん、どうにかならへんのかいな!」
俺の腕の中で息絶えそうな愛娘。
ついに指先だけではなく腕からも潤いが消えていく。
猶予はない。
魔力をペコリーノに補給しなくては。
倫理がどうとか、ロリ(事案)がどうとか、そんなのどうだっていいだろ。
大事な娘を! 大切な家族を! 失うなんて俺はごめんだ!
静かに俺は覚悟を決めた――。
「安心して。実は――俺の豆乳でアルラウネに魔力を補給できるんだ!(大嘘)」
「「えっ! 豆乳にそんな効果が!」」
「俺はこれから寝ずにペコリーノに豆乳を飲ませようと思う。悪いが、二人は今日は応接間と書斎で寝てくれないか」
「私にも手伝わせてジェロ!」
「ウチもや! ペコリーノはウチらのかわいい娘や!」
「いいから! 素人は黙っとれ!」
シリアスなノリと勢い任せの嘘で俺はその場を乗り切った。
作ってよかった豆乳。
まさかこんな形で役に立つとは。
なんでもやってみるものだな――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
これを書いておこう。
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