第8話 キャベツ畑をつかまえて
その日の晩、俺は久しぶりにミラと肌を重ねた。
いつもはベッドに横になるとすぐ寝落ちするのだがどうにも寝つけない。悶々と寝返りをうつうちに妻と目が合い――久しぶりにそういう気分になったのだ。
しょうが焼きを食べてたせいだ。
ということにしておいてくれ。
三回戦目でようやくミラの体力は尽きたらしい。
忙しさにかまけて貯めに貯めた俺の欲望を全て受け止めて、妻は満足げに笑いながら眠りについた。そっとその下腹部に手を当てて。
「……早く弁当屋を軌道に乗せないとやばいかも」
夫からパパになるのは時間の問題だな。
ミラをベッドに残して俺は気分転換に夫婦の寝室を後にする。
廊下に出ると、突き当たりの窓から白い月明かりが差し込んでいた。
荒ぶった心と身体が少しずつ静まっていく――。
「……っ! ……あっ!」
妙な声が俺の耳に届いた。
俺とミラの寝室から廊下を挟んで正面にある書斎。
キャンティが居候している部屋から音は聞こえる。
ドアの隙間からランプの灯が漏れている。
まだ仕事をしているらしい。
なんだか心配になった俺は、光に誘われるように書斎に近づいた。
「……ふっ! ……はぁんっ!」
「なんだろう。どんどん声が色っぽく……」
「……堪忍やでジャロはん! 許してや!」
「なぜ謝る?」
「あっ、あっ、あっ! あぁっ…………ンンンンッ!!!!」
押し殺すような叫び声。何かよくないことが起こっているのでは?
強盗それともただの悪夢?
不安に駆られて、ノックも忘れて書斎に飛び込むと――。
「キャンティ? 大丈夫かい?」
「ジェロはん⁉」
事務机の向こう側、皮張りの椅子に腰掛けて、火照った顔をするキャンティと目が合った。どこか虚ろだった瞳が俺を見るなり光を取り戻す。
それと同時に、机の下に黒光りする棒が転げ落ちた。
万年筆だ。
その先端はてらてらと湿っている。
なるほど――。(真顔)
「……こ、これは。二人の声に当てられて」
「……ご、ごめん!」
「……謝らんといてや!」
「……まさか聞こえていたとは」
「……夕食で精がついてもうたんかな。ウチも持て余してたねん」
「……ほんとすみません」
「……というか、ジェロはんその格好は?」
キャンティの視線が俺の身体を滑り落ちる。
鎖骨、胸板、腹筋、丹田と降りて――俺の一番元気な所で止まる。
三回頑張ったのにまだまだ元気。
アラサーなのに童貞(嘘)パワーがそこには溜まっていた。
「……しまった全裸だった」
嫁との情事を終えて一休み。
そのまま休憩にと廊下に出た俺は服を着ていなかった。
「ウチの妄想よりご立派や」
「やめてください」
「ジェロはん、もしかして持て余してはる?」
「持て余してません」
「そない遠慮せんでもええやない」
椅子から立ち上がったキャンティが俺に近づく。
照れ隠しかそれとも復讐か。冷たい笑顔で彼女は俺を押し倒した。
床に尻餅をつくとそのまま馬乗りに――。
俺の腫れ上がった部分に熱く湿った場所を当てるキャンティ。
胸板にそっと体重を預けてくすぐったい息を吐く。
見た目は正統派の和ロリ。
口調は関西弁。
そんな娘が身を捩って迫ってくる――。
「そういえば家賃を払うてなかったな」
「いや、家賃とかいいです。俺たち大切なパートナーじゃないですか。仕事上の」
「ウチはそう思うとらへんで」
「……え?」
「仕事も、プライベートも、大切なパートナーやと思うてる」
「せやかて、キャンティさん。ワイには妻が……」
なぜか伝染した関西弁でキャンティの不貞をいさめる。
しかし、若女将は少しも意に介さず、俺の固くなった部分に指先を這わせた――。
「大丈夫。この世界は重婚OKや。経済的に自立しとったら、嫁が何人おろうが、妾を何人囲おうが、若い燕を連れ歩こうが、誰も文句なんて言わへんさかい」
「けど、ミラのオヤジさんに申しわけが」
「なんや自分、気づいてないんか?」
「……気づいて?」
なんの話だ?
困惑する俺にキャンティが気の毒そうな顔をする。
「ミラも妾の子やで」
「……嘘でしょ⁉」
「ミラの親父さんはここら一帯の農家のまとめ役。つまり、ウチの取引先や。アイツの素性なんてとっくに調査済みやで」
「けど、そんな素振りは」
「親父さん、長男の家で寝泊まりしてるやろ?」
「……そういえば」
オヤジさんは、基本的にお義兄さんの家で暮らしていて、時たまミラの家に泊まりに来る。てっきり、仕事が忙しいのだと思っていたが――。
「そっちが本家やで」
「マジか」
「だいたい、嫁と娘が二人暮らして、どう考えてもわけありやろ」
「確かに」
「これがこの世界の常識。男は働いて金を稼ぎ、家族を増やし一族を繁栄させる。女は『これは』と思う男を見つけて、その男と一族の繁栄に尽くす」
だから何も心配ない。
ミラも分かってる。
結婚しているのに嫉妬するのはそのため。
そう説明すると、キャンティは柔らかな唇で俺の首筋を啄んだ――。
◇ ◇ ◇ ◇
誘っておいてキャンティは処女だった。
体格差以前に、無理があるんじゃないか。
だが、期待する狐娘を突き放すこともできず、知恵を絞って俺たちはなんとか一つになった。「妻以外の女性という背徳感」に興奮したのだろう。繋がってしまうともう抑制が利かず、獣のように俺はキャンティの身体を貪った。
その子供みたいな細い身体を。
妻にはできないケダモノのような交わり。
それは夜明けの少し前まで続いた――。
「はぁ、まさか豚の脂が潤滑油になるなんてなぁ」
「あけすけに言うのやめてもろて」
「ウチも真剣に悩んでたんやで。どうやっても入らへんから……」
「いいから。それより痛くなかった?」
「大丈夫やで。獣人は身体が強いのが取り柄やさかい」
床に寝そべる俺とキャンティ。
俺の太ももを妖しく撫でながら満足そうに狐娘は微笑む。
ベッドを使えないからこそのせめてものピロートークだ。
「ありがとうなジェロはん。ウチのこと、女にしてくれて」
「俺みたいな奴でよかったの?」
「ジェロはんやからええんやないの」
濡れ羽色の黒髪を撫でるとキャンティが首を振った。
猫のような愛らしい仕草に俺はその身体をついつい抱き寄せる。
事後の濃厚な体臭を嗅げば、「堪忍してや」と若女将は嬉しそうに身体を捩った。
なんにしても満足してくれてよかった――。
「しかし、夕飯のしょうが焼きはテキメンに効くなぁ」
「ちょっと売るのが怖くなるよね」
「流石にダンジョンでさかる奴はおらへんやろ」
「そう信じてます」
「あとの問題は胃もたれやな。今もまだごわごわする」
キャンティが俺の腕を抜けて立ち上がる。
事務机。備えつけの棚を引くと、彼女はそこから小瓶を取り出す。
瓶に入っているのは黄緑色の粉末。
四角く切った紙の上にさらさらと注ぐと彼女はその粉を口に流し込む。それから、ガラスポットの水で飲み下した。
ちょっぴりその顔が苦そうに歪む。
「何を飲んだの?」
「薬や。胃もたれによう効くねん」
「胃薬?」
そういえば、元いた世界にもいろいろあったな。
第一三共胃腸薬。
太田胃散。
キャベジン。
「……うん?」
「どないしたんやジェロはん」
「つかぬことをうかがいますが、その胃腸薬って何から作るかご存じですか?」
「知っとるで。キャベツいう寒い土地で育つ野菜が原料や。元々、キャベツの仕入れで出向いた時に紹介されてなぁ」
「それだよキャンティ!」
深夜、愛人との逢瀬とのまっただ中だというのに俺は叫んだ。
あまりの大声に家が震え、一番鶏が勘違いして鳴くほどに。
俺のしょうが焼きに足りていなかったもの。
というかそもそも味の濃い弁当には必要な食材。
それは――。
「キャベツ! キャベツが足りなかったんだ!」
「足りてへんて?」
「昨日食べたしょうが焼きにだよ。キャベツの千切りがしょうが焼きには必ずついてるんだ。それで胃もたれを抑えるんだ」
箸休めという発想をすっかり俺は忘れていた。
メインの料理ばかりに意識が行って細かい所に目が届いていなかったのだ。
これは素直に反省だ。
キャベツを添えればしょうが焼き弁当のクドさは抑えられる。
さっそく俺はキャンティにキャベツを取り寄せてもらうことにした。
ただし。
「それほど量は確保できへんで」
キャンティはそれに難色を示した。
「そうなの?」
「北部の特産品で生薬の類いや。値はそんなにやけど育てとる農家が少ない」
「マジか……」
キャベツには供給不足という問題点があった。
他にも、しょうが焼きはからあげと比べて野菜を多く必要とする。
そのコストが結構バカにならない。
「自分で畑でも持ってたら別やけどなぁ。ただ、気候のこともあるし」
「そうだよね」
「どんな植物でも栽培できる便利な畑でもありゃ別やけど」
「便利な畑……」
異世界特典のチート能力みたいなその言葉にふと懐かしい記憶が頭を過る。
それは、俺が冒険者をしていた頃のこと。戦闘でダメージを負ったのでポーションを使おうとして、チョコに止められた時のやりとり。
『アンタみたいなクズにポーションは勿体ないわ! 私がアルラウネに栽培させた薬草でも使いなさい! よかったわね、雇い主が珍しい薬草を栽培していて!』
「あ……!」
あるかもしれない。
なんでも栽培できる便利な畑が――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
このまま和ロリ狐娘に「NTR」されるのか。それとも、妻も交えて「3Pコース」に突入するのか。異世界だからなにやっても大丈夫だもん――と倫理がバグったら、ついでに評価・フォローよろしくお願いします。m(__)m
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