第7話 豚肉は異世界でも疲労に効く
リゾットさんから弁当の材料を受け取ってキッチンへ。
するとちょうど二階から下りてきた妻と鉢合わせた。
胸いっぱいに抱えた豚肉にミラが「おはよう」の挨拶も忘れて目を剥く。
豚肉なんて祭りの時くらいしか食べられない。驚くのも無理はなかった。
「どうしたのジェロ? そんな大量の豚肉?」
「これ、豚肉じゃなくてオークだよ」
「オーク? モンスターの?」
「うん。リゾットさんからお弁当の新材料としてもらってさ。それより、ウチにタマネギってあったかな?」
あるよと頷く我が家の倉庫番。
ちょうどいい。今日の夕食にでもしょうが焼きを作ってみよう。
豚を冷暗所に保存すると俺たちは弁当屋の仕事にかかった。
そんなこんなで、今日も順調に弁当を売り捌いて日が暮れる――。
================
○しょうが焼き
豚こま : 200g
タマネギ: 1個
醤油 : 大さじ1杯
みりん : 大さじ1.5杯
酒 : 大さじ1杯
しょうが: 大さじ1杯
小麦粉 : 大さじ1杯
はちみつ: 小さじ1杯
ラード : 大さじ1杯
================
まずは豚こまを均等なサイズに切りそろえる。
大きさが揃ったら小麦粉をまぶす。
肉に小麦粉を馴染ませながらタレ作り。
俺は甘いしょうが焼きが好きなのでみりんを気持ち多めの配分。
あと、砂糖代わりにはちみつも加えた。
ボウルの中でタレをかき混ぜそこにしょうがをすりおろす。
ピリッとしたしょうがの香りが甘いタレと合わさってスパイシーだ。
まだ焼いてもいないのに涎が湧く。
最後にタマネギの皮を剥いて薄切りに。
これで下準備は完了。
柄に布を巻いたフライパンをかまどにかける。
中火くらいに炎を調整してラードを大さじ1杯放り込んだ。
植物性油とは異なる、まったりとした油の香りが漂う。
すると、背中で「ぐぅ!」と妻のお腹が鳴る音がした。
「なんかいつもと違う油の匂いだね?」
「ラードを溶かしたんだよ」
「豚の脂身? 腸詰めの材料じゃなかったっけ?」
この世界ではラードを食用油として使っていない。
調理に使うのはもっぱら菜種油だ。
なのでミラにとっては珍しいのだろう。
そういえば「肉屋のコロッケが美味しいのは新鮮なラードで揚げているから」なんて話もあったっけか。
「からあげもラードを使えばもっと美味しくなるかも」
言ってるうちにラードが溶けきる。
熱されたフライパンに豚こまを一枚ずつ丁寧に広げていく。
肉の表面に焦げ目ができたらタマネギを投入。
ちょっと火を強くしてガンガン炒めていく。
もうこの時点でいい香りだ。
タマネギが油を吸ってしんなりとしてきたら頃合い。
火加減を弱くして、俺はボウルのタレを鍋の中へ流し込んだ。
じゅうという音と共に醤油・みりん・酒の混合液が気化する。
急いで箸で鍋の中をかき混ぜれば、しょうがの香りがキッチンに広がった。
「あ、いい匂い」
「でしょ?」
「私、この匂い好きかも」
「しょうがの香りいいよね。俺も好きだよ」
タレがひたひたのしょうが焼きも良いがこれはお弁当用。タマネギと肉にしっかりタレを吸わせてから、俺はかまどからフライパンを離す。
そのまま横に置いておいた木製の器に盛りつけて――。
「しょうが焼きのできあがり。うん、我ながら上手くできた」
茶色いタレの絡まった焼いた豚肉とタマネギ。
匂いだけでも疲れが取れそう。
気がつけば背後にはミラ。
目を輝かせて「食べていいかしら?」と尋ねる妻に俺は即座に観念する。
フォークを手に取りスタンバイした食べ盛りの嫁に、「この異世界ではじめて作られたしょうが焼き」を食べる権利を譲った。
豚こま肉とタマネギをミラが口に運ぶ。
「うっまぁ! なにこれ、本当にこれが豚のお肉なの! すごく柔らかい!」
口元を隠すのも忘れて、彼女はへにゃっとした笑顔を俺に向ける。
「お口に合ってなによりです」
「私、豚肉って固いものだと思ってた」
「祭りで食べる時は串焼きだもんなぁ。下処理もあんまりしないし」
「あと、このソースが最高。甘塩っぱい中に薬味が効いていて少しもクドくない」
「しょうが焼きのタレは塩梅が絶妙だよね」
「あと、このまろやかな脂! くせになっちゃいそう!」
ミラが「もう一口もう一口」としょうが焼きをがっつきだす。
分けてもらえる気配なし。
仕方なく俺は残っているこま切れ肉に向きあった。
評判は上々。
新メニューに「しょうが焼き」は悪くなさそうだ。
「うーん。なんやなこの腹にガツンとくる香りは」
「お、キャンティもちょうど良いところに」
「ジェロ、おかわり! 私、これもっと食べたい!」
「ミラってば……」
匂いに釣られて二階から下りてきたキャンティ。
笑顔でおかわりを要求するミラ。
「待ってて、すぐに人数分作るから」
俺は気合いを入れると肉に小麦粉をまぶした。
◇ ◇ ◇ ◇
三人前のしょうが焼きを作るとあらためて俺たちはテーブルを囲んだ。
俺の隣にミラが座り正面にキャンティが座る。弁当屋をはじめてからこっち、この食事風景もお馴染みになってきた。
いや、キャンティに馴染まれたら困るんだけど――。
「なんやこれ! 肉が柔らこうて食べやすい! 豚肉なんて固くて滅多に食う気になれへんかったけど、これなら気軽に食べられるで!」
「でしょう! ふふん、うちの旦那がつくりました! ドヤァ!」
「なんでお前が自慢げやねん」
せっかくの美味しいご飯なんだから喧嘩はやめてもろて。
テーブルに上がって掴みかかろうとするミラを俺は羽交い締めにして止めた。
しょうが焼きを食べたからだろうか。
仕事終わりなのに元気いっぱいだ。
やっぱり疲れた時には豚肉が効くよね。
正面で黙々とフォークを動かす若女将にもテキメンのようだ。
アドバイザーとして店に来てもらっているが、卸問屋の仕事も普通にしているキャンティ。いつも深夜まで働いており最近はちょっと元気がなかった。
土気色をしていたその顔に艶が戻ったように思う。
「もう豚肉料理はこれしか食えへんわ。分厚い焼き肉も煮込んだ肉も食べられへん」
笑うキャンティに俺も嬉しくなる。
ミラも喧嘩相手の顔に生気が戻ったのにほっとした様子だった。
なんにしてもこれで二人から太鼓判をもらった。
異世界弁当の第二弾は「しょうが焼き弁当」に決まりだ。
そう思った矢先だった――。
「ごめんジェロ。作ってもらって悪いんだけれど、手伝ってくれない」
隣に座っていた妻が皿を俺の前にスライドさせた。
農家育ち故かミラはよほどのことがない限り食事を残さない。
そんな彼女が、口元を押さえて涙目で俺に助けを求めている。
半分は食べてある。
あと三口分ほどの量を残して満腹がきたようだ。
まぁ、二皿目だから仕方ない。
女性に二人前の料理は流石に多かった。
そんな俺の分析は――お門違いも良いところだった。
「キャンティもどう? ちょっと食べない?」
「おーきになジェロはん。けど、遠慮しとくわ」
「あれ? もしかしてミラの食べ残しは嫌?」
「まぁ、それもあるんやけれど……」
ミラとキャンティが顔を見合わせる。
何かを押しつけ合うような仕草。
なんだか雲行きが怪しい。
どちらも譲らないのでキリがないと感じたのだろう、嫁と若女将は申しわけなさそうに俺の方をちらりと見ると――。
「「それ、ちょっとクドい」ねん」
「なんと」
しょうが焼きに対する率直な意見を述べた。
「美味しいのよ。それは間違いないの。けど、食べ進めるうちにどんどんと……」
「ミラはまだ若いでええねんけど、ウチみたいにちょっと歳食ってる人間には、この脂は厳しいなぁ。美味しいんやけれども、腹の具合が……」
それは「しょうがない」で済む話じゃなかった。
おやじギャグとかじゃなく本当に大事な話。
なるほど胃もたれか。
それは想定していなかった。
けど、妙だな。
元いた世界では、しょうが焼き弁当で胃もたれを起こすことなんてない。
作り方を間違えたか? ラードを使ったのがよくなかったか?
なんにしてもミラが思わず残すほどだ。
きっと、このまま冒険者に提供しても食べ残しが横行する。
食材の廃棄もコストだから無視できない。
これは改善が必要だぞ。
「ジェロ。気にしないで。私が考えなしにおかわりしたのが悪いの」
「せやで。ホンマにがっつきよってからに、恥ずかしいやっちゃなぁ」
「うっさいわねバカ狐!」
「バカはそっちやろ田舎猿!」
喧嘩をはじめるミラとキャンティ。
しかし、そんな二人を止める気にもちょっとなれない。
「……いったい、俺のしょうが焼きには何が不足してるんだ?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
働き盛りの男と女。スタミナ料理に火照った身体。ひとつ屋根の下で、何も起きないわけがなく――次回が気になったら、評価・フォローよろしくお願いします。m(__)m
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます