第17話(2) お疲れ様会

 コップを手に、私はソフィアちゃんと一緒に部屋を後にする。

 入室してからおよそ一時間半。ちょうど一人目の桧山さんが、三曲目に突入したところだ。


「いおの二曲目、大ウケだったわね」


 部屋を出るなり、ソフィアちゃんがそうからかってくる。


「いや、アレは……」


 実際、反応が良かったのは事実だ。そこはいい。問題は私自身が調子に乗り過ぎて、気持ち良くなってしまったところだ。

 まるで歌手のそれのように興に乗るその姿は、傍から見たらひどく滑稽こっけいだった事だろう。


「可愛かったけど?」

「そんな事思うの、ソフィアちゃんくらいだって」


 あ、後、木野さんも思うかも。とにかく、一部の人間だけだ。


「てか、可愛いって何? 馬鹿にしてない?」

「してないしてない」

「……」


 多少態度は気になるが、そこを突っついてもどうせかわされるだけなので、ここはあえて気付かなったフリをしておこう。


 階段近くにあるドリングバーで、飲み物を補充ほじゅうする。


 さっきはカルピスにしたが、今度はメロンソーダにした。

 特に理由はない。気分だ。


 ソフィアちゃんは先程同様コーヒーにしたようで、すでに黒い液体をコップの中に注ぎ終えていた。ガムシロップやミルクは入れない。純度百パーセントのコーヒーだ。


「いおと出会わなかったら、こうしてみんなでカラオケに来る事もきっとなかったでしょうね」

「何? 急に」

「いや、なんとなくふと思って」

「……」


 考える。ソフィアちゃんが、もし私と出会わなかったら――


「なんだかんだ言って、上手くやってたんじゃない?」

「そんなわけないでしょ。私のこじらせ具合、なめないでよね」


 こじらせ具合をなめる? 一体どういう事だろう?

 とりあえず、私の想像がソフィアちゃんの中で有り得ないという事だけは分かる。


「まぁ、私もソフィアちゃんと出会ってなかったら、こんな所に来てなかっただろうけど」

「いやいや、それこそ嘘でしょ。いおなら私がいなくても、きっとみんなにしたわれてたわよ。木野さんとか田辺さんとか」

「それは、ソフィアちゃんと出会ったからで」


 どちらもきっかけは文化祭で、そもそもソフィアちゃんと出会っていなければ、私がそこで目立つ事もなかった。


「いおに魅力があるからだって」

「ソフィアちゃんのおかげ


 互いに自身の主張をぶつけ、むーっと顔を突き合わす。


「「……」」


 そして、どちらともなくほこを収める。


「イフの話で言い争っても不毛ふもうなだけね」

「そんな世界は存在しないわけだし」


 どうせするなら楽しい未来のイフの話の方が、建設的だし何より気分がいい。


 いつまでも席を外していてはさすがにアレなので、二人で部屋に戻る。


「そう言えば、明後日あさって天気良さそうね」

「ねー。良かった」


 私も当日の天気は、こまめにチェックしている。今のところ、月曜日の天気は晴れ時々くもりながら、降水確率は十パーセント未満、雨の心配はしなくて良さそうだ。


「雨降ったら延期?」

「量によっては」

「つまり、小雨決行って事?」

「うん。小雨程度なら、傘差せばなんとか」


 あまり振ると、そもそも出店が閉まってしまう。それが全てではないが、やはりどうせだったら桜も出店も両方楽しみたい。


「向こうに行ったら、写真いっぱいらなきゃ」

「ソフィアちゃん、そんなに桜好きだっけ?」


 もちろん、好きか嫌いかで言ったら好きな方なんだろうけど、問題はその程度、意気込みの強さだ。


「好きよ。けど、メインは――」


 そう言ってソフィアちゃんが、私をじっと見つめてくる。


「私?」

「桜をバックにたたずむいお、になると思わない?」

「思わない? って言われても……」


 自分ではなんとも……。むしろ、画になるのはソフィアちゃんの方だろう。綺麗きれいな者と綺麗な物のマリアージュ。最高を通り越して至高しこう、至高を通り越して崇高すうこうだ。まさに、神……。


「いお、どこ行くの? 部屋ここよ」

「おぉ」


 あやうく扉を通り過ぎそうになったところを、ソフィアちゃんによって引きめられる。


「どうせまた、変な事考えてたんでしょ」

「そんな事は……」


 ないとは言い切れない。ソフィアちゃん(妄想)の神々こうごうしさに思考を持っていかれていたのは、まぎれもない事実だ。


 扉を開け、二人で中に入る。


 出た時同様、室内にはまだ桧山さんの歌声が響いていた。


「お帰りー」


 と出迎えてくれた木野さんに、私達はそれぞれ「ただいま」と返す。


「あ、メロンソーダだ。美味しいよね、それ」


 私の置いたコップを見て、木野さんがそう嬉しそうに言う。


「うん。甘さが強烈、というか、いい意味で体に悪そう、というか……」


 聞こえは悪いが、一応めているつもりだ。


「分かる。メロンソーダって、カルピスやアップルジュースとは全然違う、なんて言うか、背徳感はいとくかん? みたいなのがあるよね」


 言い方はアレだが、体に悪そうな物はウマく思えるの論理だろう。あぶらギッシュな肉料理しかり、糖分百二十パーセントのスイーツ然り。

 メロンソーダはそこまでのいきには達していないものの、方向性は似たようなものだろう。


 それにしても、背徳感か……。


 何気なく、隣のソフィアちゃんに目をやる。


「何?」

「ううん。なんでも」


 特に深い意味はない。ただ気になって見ただけだ。

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