第17話(1) お疲れ様会

「それでは、有志ゆうしによる第一回お疲れ様会をここに開催します」


 室内にマイクを通した木野さんの声が響き渡り、皆がそれに拍手はくしゅやヤジで応える。


 場所は、ソフィアちゃんの住むマンションから歩いて数分の所にあるカラオケボックス、そこのパーティルーム。数十人はゆうに入る大きな部屋に対し、私達はたった八人だけ。部屋のキャパシティーに、人数が全然り合っていなかった。


 ちなみに、この前に行われたボウリングは、ソフィアちゃんが全体トップのスコアを三戦共にマーク、運動神経とセンスの良さを皆に見せつける結果となった。一方私はと言うと、可もなく不可もなくちょうど真ん中ら辺のスコアを連発し、目立つ事なく無難ぶなんにプレイを終えた。


「いおは何歌うの?」


 隣に座ったソフィアちゃんが、自分の選曲の参考にするためだろう、そう尋ねてくる。


「私は知ってる歌少ないし、やっぱりアニソンかな。とはいえ、アニソンアニソンしてるとアレだから、有名どころが歌ってる曲を選ぶけど」


 アニソンを歌う人は、大きく分けて二つのカテゴライズに分類出来る。主にアニソンを歌う人と、アニソンも歌う人だ。前者はアニソン歌手や声優と呼ばれる人で、後者は普通に歌手と呼ばれる人だ。まぁ、しかし、アニソン歌手の中には一般に広く知られている人もいるし、一概いちがいに前者が普通の歌手に含まれないかと言うと、そうとも言い切れないのだが。


「ふーん。そっか。私はどうしようかな」


 ソフィアちゃんも、私同様一般的な歌には明るくない。ドラマもそんなには見る方ではないので、そっち方面を攻めるのは難しそうだ。


「はい」


 とデンモクが突如目の前に置かれる。


 私達は八人、それに対しデンモクの数は四つ。なので、大体二人で一つを使う計算だ。


「ありがとう」


 それを置いた人物である木野さんに、私は笑顔を浮かべお礼を言う。


「どういたしまして」


 微笑ほほえむと、木野さんはそのままテーブルを挟んで私の正面に腰を下ろした。隣には秋元さんが座っている。


「決まったらじゃんじゃん入れちゃって。あ、とりあえず一人一曲ずつね。いつものノリで二曲も三曲も入れるなよ。特にそこのお前達」


 そう言って秋元さんが、桧山さんと藤堂さんのいる方を指差す。


「はいはい」と桧山さんが、

「わーってるって」と藤堂さんが応える。


 おそらく、普段は順番なんて無視して、思い付いた人から適当に入れているのだろう。そして、その傾向は今言った二人によく見られる、と。


 程なくして、曲が始まる。聞き覚えのあるJ-POPだ。

 マイクを握った桧山さんが歌い出す。歌い慣れた曲なのか、その歌声に迷いはない。


 私もタイミングを見計みはからい、曲を入れる。


 一方ソフィアちゃんは――


「うーん……」


 何を入れたものかといまだに悩んでいた。


「知ってる曲、適当に入れたら?」


 どんな曲が候補こうほに挙がっているかは分からないが、ソフィアちゃんなら私と違って事故は起こらないだろう。


「適当って……。じゃあ、ベートーベンやシューベルトでもいいって言うの」

「……」


 想像してみる。皆が最近の曲を入れる中、突然流れ出すクラシック。面白おもしろいかも。


「インパクトがあっていいんじゃない」

「笑いをこらえながら言うの、止めてもらえるかしら」


 と言われても……。


「もう。やっぱり自分で選ぶわ」

「ごめんごめん。真面目まじめに考えるから」

「ホント?」

「うん。候補はあるの?」


 あればそこから選べばいいが、なければゼロから考えないといけなくなる。必然、後者の方が難易度なんいどは高くなる。


「とりあえず、思い浮かんでるのは――」


 そう言ってソフィアちゃんが挙げたのは、私でも分かるJ-POPの数々。


「別に、どれ歌っても問題ないと思うけど?」


 悩んでいるというぐらいだから、もっと一般から外れた突拍子とっぴょうしのないものが来るとばかり思っていた。例えば、昭和歌謡とか。


「いおの言葉信じるからね」

「え? あ、うん……」


 そんなマジなトーンで言う事だろうか。そりゃ、変な選曲をして場をこおり付かせるのは怖いけど、何も命を取られるわけではない。もう少し気楽に考えてもいい気がするのだが……。


「ねぇ」


 と木野さんが、体を前に少し乗り出し私に声を掛けてくる。


「水瀬さんはカラオケにはよく来るの?」

「よくは来ないかな。今年度は三回だから、数ヶ月に一度、気が向いたらって感じ」

「へー。いつもは何歌うの?」

「……アニソンとか」


 ここで嘘をいても仕方がないので、正直に事実を告げる。


「なら、アレ歌える?」


 木野さんが口にしたのは、前のクールで流行はやった深夜アニメのオープニングだった。

 オタクという程ではないが、木野さんも一クールに数本は深夜アニメを見ているようだ。まぁ、今はアプリ等を使えば、スマホやパソコンで好きなタイミングでアニメが見られるし、そういう意味では昔より一般人の目にもまりやすくなっているのかもしれない。


「多分……」


 上手うまく歌えるかどうかは別にして、歌った事はある。その時の手応てごたえはそこそこで、歌えない程ではなかった。


「ホント? じゃあ、後で歌って欲しいな。あの歌、水瀬さんの声に絶対合うと思うんだぁ」

「……そう」


 自ら入れるのは気が引けるが、リクエストされてしまっては仕方ない。……別に、実は歌いたくてウズウズしていたとかでは決してない。渋々しぶしぶ、やむにやまれず、いたし方なく、だ。


「分かった。そんなに言うなら、次入れてみるよ」

「ヤッター。ありがとう」

「……」


 喜ぶ木野さんを見て、私の中に今更ながら不安がつのり始める。


 果たして私は。木野さんの中で上がりに上がったハードルを見事に越える事が出来るのか。

 ドスベったらヤダな。

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