第16話(3) ぬいぐるみ

 やってきた電車に乗り込む。


 昼前という事もあってか、車内は休日にも関わらず閑散かんさんとしており、それにともない座席も選びたい放題だった。

 というわけで私達は、扉近くの座席を選び並んで座る。


「ふー。疲れた」


 腰を下ろすなり、自然とそんな言葉が私の口を突いて出た。


 日頃体育で体を動かしているとはいえ、ボーリングはまた違った疲労感があった。


「私の腕重いかも。明日が怖いわね」


 確かに、筋肉痛は動かした当日より翌日以降に来る事が常だ。バイトに支障ししょうをきたさないといいけど……。


「うふふ」

「何?」


 突如とつじょ笑い出したソフィアちゃんに、私はそう尋ねる。


「いや、なんかぬいぐるみを抱えて電車に乗る姿がおかしくて」


 言いたい事は分かる。分かるが……。


「そんなの、ソフィアちゃんもだからね」


 私同様ソフィアちゃんの腕の中には、UFOキャッチャーで取ったぬいぐるみが抱きかかえられていて、顔やスタイルはともかく大体のフォルムは一緒だ。


「そこはほら、私といおの違いというか」


「何それ。どうせ私は、ソフィアちゃんみたいなモデル体型じゃありませんよーだ」


 ホント失礼しちゃう。


「そんな事言ってないでしょ。いおは可愛いって話」

「どうだか」


 そう言うと私は、わざとらしくほおふくらませそっぽを向く。


「いおー。いおちゃーん。いおさーん」


 ソフィアちゃんが様々な呼び方で私の事を呼ぶが、私は断固だんことしてそちらを向く事はしない。


 やがて、隣が静かになる。

 あきらめたのかあるいはらす作戦か。まぁ、なんにせよ、このノリにも飽きてきたし、そろそろ止め時かな。こういうのは始めるタイミングもそうだが、止めるタイミングも重要だ。そこを逃したら、冷めるどころか本当に空気が悪くなってしまう。


 などと私が考えていると、


「ふー」


 と突然耳に息を吹き掛けられた。


「ッ」


 驚きのあまり、思わずソフィアちゃんの方を見る。


「やっとこっち向いてくれた」


 小悪魔チックな笑みを浮かべ、ソフィアちゃんがそんな事を私に向かって言う。


「ちょっとソフィアちゃん」


 車内という事で、私は小声で抗議の意を示す。


「ごめんごめん。いおが可愛いからつい」

「そう言っておけば済むと思ってない」

「思ってない思ってない」


 笑いながら言われても、全然説得力がない。……まぁ、別にいいけど。

 元々本気で怒っていたわけでもないし、いつまでも引っ張るネタでもないだろう。


 それはそれとして――


「ふー」


 今度は私が、ソフィアちゃんの耳へ息を吹き掛ける。


「ッ」


 やられたソフィアちゃんは、私と同じく声にならない声を上げ、体をビクリと震わせた。そして――


「何するのよ」


 やはり小声で抗議をしてきた。


「仕返し」


 そう言って私は、歯を見せてにぃっと笑う。


「全く。いおのエッチ」

「いや、先にやったの、ソフィアちゃんだからね」


 やられた事をそのままそっくりやり返したらエッチって、さすがに言い掛かり過ぎてあきれる。


 まぁ、何はともあれこれで互いに一度ずつ。痛みわけ、というより、ノーサイド? とにもかくにも、このくだりはもうおしまい。日常会話に戻ろう。


「お昼、どうしよっか?」


 流れが一段落ひとだんらくしたところで、私はそうソフィアちゃんに尋ねる。


 時間はまさにお昼時。家で食べるにしろ外で食べるにしろ、その内容ぐらいはあらかじめ考えておいてもいいだろう。


「折角外出てきてるし、外で食べたらいいんじゃない?」

「どこかいいとこある?」

「いいとこっていうか、近場でいいかなって」

「例えば?」

「ちょうど乗り換えを行う駅の近くにうどん屋があるから、そことか?」

「うどんか……」


 つぶやき、頭の中で軽くシミュレーションをしてみる。


「嫌?」

「ううん。うどん、いいね」


 というか、すでに話を聞いて、うどんの口になってしまっている。


「じゃあ、決まり」


 それから程なくして、アナウンスが入る。もうすぐ次の駅に着くというものだ。


「一駅だから、あっという間だったね」

「けど、歩くにはちょっと距離があるのよね」


 駅と駅の間は二キロと少し、歩いて移動するには微妙に遠い距離だ。しかも今日のメインはボウリング。余計な疲労は、行きも帰りも出来る限りめたくない。


「ところで――」


 と私は自分の胸元に目を落とす。


「これ、どうする?」

「確かに、これ持ったままお店入るのは、少し勇気がいるわね」


 真っ直ぐ帰るのであればこのままでも別に問題はないのかもしれないが、お店に入って食事をするというのなら、ぬいぐるみはどうにかした方がいいだろう。


「私、エコバック持ってるから、とりあえずそれに入れちゃおうか」


 今日持っているのはとてもぬいぐるみが入りそうにない小さなバッグだが、その中には常にエコバッグが入っている。これなら、ぬいぐるみの二つや三つ余裕よゆうで入る。


「そうね。そうしましょうか」


 ソフィアちゃんから同意を得た私は、すぐさまエコバッグを取り出し、自身のぬいぐるみをそこに入れる。そして、ソフィアちゃんに向けてそれを開く。


「はい」

「ありがとう」


 もう一体のぬいぐるみがソフィアちゃんの手によって入られ、二体が仲良くエコバッグの中におさまる。向かい合ってくっつくその姿は、まるで同じベッドで眠る私達のよう――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る