第16話(2) ぬいぐるみ

「まずは一発で取ろうとしないで、景品を獲得口に寄せる事を意識します」


 教員よろしくそう言うと、私はレバーを握った。


 クレーンが動き出し、ターゲットであるぬいぐるみに向かう。

 縦じくはぬいぐるみの中心に、横軸はぬいぐるみの少し手前に来るように調整する。


 このタイプは一度止まったら同じ方向に動かせないなんて事はなく、三十秒以内ならいくらでも調整がく。


 よし。いい感じ。


 アームが想定通りの位置に来たら、レバー右のボタンを押す。


 ゆっくりと下がるアーム。ぬいぐるみの近くまで来た所で爪が閉じ、三本ある内の右側の爪がぬいぐるみをとらえ、その体を持ち上げる。しかし、ぬいぐるみはわずかに宙に浮いただけですぐさま落下してしまう。


「あー」


 という声が背後から聞こえてきた。

 だが、この結果は想定済。その証拠に、ぬいぐるみは獲得口に確かに近付いていた。


「景品の場所や種類によって爪を当てる場所は違うんだけど、今のは左に動かしたかったから右側に爪を当てたの」

「へー」

「後はこれを繰り返して……」


 二度三度同じように行うと、ぬいぐるみは獲得口の近くまでやってきた。

 そこで私は、すかさず五百円を投入する。


「次は景品をシールドの上に乗せて……」


 今回は先程までの三回とは違い、縦横共にぬいぐるみの中心にアームを持っていく。シールドを越えるためには、ある程度高く上げる必要があるからだ。


 果たして、ぬいぐるみは高く上がりその後落下。一部がシールドの上に乗っかり、見事に狙い通りの結果を得る。


「最後に、景品の向こうに落ちてる方を上げてやれば……」


 重力の助けを得て、ぬいぐるみが獲得口の方にストンと落ちる。


「てな感じで、景品が取れると」


 獲得口から取り出したぬいぐるみを、振り返りソフィアちゃんに見せる。


「驚いた。いおにこんな特技があったなんて」

「特技って程のものじゃないよ」


 ただ、ネットで調べて練習しただけだ。まぁ、その過程かていで百円玉は何十枚とお亡くなりになったが……。


「さぁ、今度はソフィアちゃんの番だよ。今私が言った事を踏まえてやってみて」

「あ、うん……」


 おそる恐るといった感じで、ソフィアちゃんが私と入れ替わる形で機械の前に立つ。


 お金を入れずとも、私の分がまだ一回残っている。感覚をつかむにはちょうどいいだろう。


「レバーでクレーンが動いて、ボタンを押すとアームが下りる。操作は基本その二つだけ。まずは、左にあるぬいぐるみの腰の辺りにクレーンを動かしてみて。出来れば横軸は、ぬいぐるみの中心を捉える感じで」

「分かった。出来るか分からないけど、とりあえずやってみる」


 緊張した面持ちで、ソフィアちゃんがレバーを操作する。


 動きのかたさは、クレーンの動きにそのまま表れる。アームは縦軸横軸共に狙いとは少し違う所に。しかし、先程言った通り、このタイプはここから調整が出来る。


「もうちょっと右」

「こんなもん?」


 私が指示を出し、ソフィアちゃんがそれに応える。


「そうそう。後、気持ち手前」

「気持ち手前……」

「あ、行き過ぎ。少し戻して」

「少し戻す……」

「オッケー。多分そこで大丈夫だと思う。じゃあ、ボタン押して」

「はい」


 ソフィアちゃんがボダンを押すと、アームがゆっくりと下がり、そして三本の爪がぬいぐるみを捉える。アームによって持ち上げられたぬいぐるみは、そのまま獲得口へ――とは行かず、その途中でぽとりと落ちた。


「これでいいのよね?」

「うん。いい感じ」


 一回目の結果としては上出来だ。


 横から五百円を追加する。


「後は、今のを繰り返して獲得口も近付けてみて」

「分かった。やってみる」


 そこから六度同じような操作をする事で、ようやく獲得口にぬいぐるみが近付く。

 更に五百円を追加し、九回目でシールドの上に、十回目で――


「取れた……」


 ぬいぐるみが獲得口に落下する。その光景を見て、ソフィアちゃんがそう言葉をこぼした。


 十回か。思ったより早く取れたな。もう五百円は覚悟していたんだけど。


 獲得口からソフィアちゃんがぬいぐるみを取り出す。


「私も取れた」


 ぬいぐるみをこちらに突き出し、ソフィアちゃんがうれしそうにそんな事を言う。


「良かったね。初ゲットおめでとう」

「うん。ありがとう」


 私の言葉に対しソフィアちゃんは、子供のように満面の笑みを浮かべ、そう応えるのだった。

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