第16話(1) ぬいぐるみ

 一ゲーム目こそなんとか経験の差で完勝したものの、二ゲーム目は辛勝しんしょう、三ゲーム目は完敗。

 投球を重ねる度にソフィアちゃんは少しずつフォームを修正していき、最後の方は本当に子供の時以来やっていないのかと思えるくらいに上手くなっていた。


「いやー、まさか、あそこまでボロ負けするとは……」


 シューズを返却し、会計を済ました私達は、ボウリング場を後にしてエレベーターに向かう。


「運が良かっただけよ。ストライク一つで点数なんて大きく変わるんだから」


 確かに、途中の二連続ストライクがなければ、精々せいぜい惜敗せきはい止まりだったかもしれない。とはいえ、そもそもボウリングとはそういうゲームなので、それを言い出したら前提が崩れてしまう。


「でも、これで安心してみんなとボウリング出来るね」

「え? あー。そうね。そのための練習だった」

「何それ」


 ソフィアちゃんの頓狂とんきょうな発言に私は、思わず苦笑を漏らす。


「だって、普通に楽しかったから」

「……」


 かざりっけのない、ソフィアちゃんの率直な感想が、私から言葉を奪う。


「なんか、ズルい」

「どういう事?」

「そういう事」


 不思議そうな顔を浮かべるソフィアちゃんに、私は少し強く自分でも訳が分からない答えを言い返す。


 今のやり取りを説明するのは、なんというか、恥ずかしい。


 ちょうど待機していたエレベーターに乗り込み、一階に降りる。


 この建物の一階にはゲームセンターが入っており、ボウリング場とはまた違ったにぎやかさがあった。


「ちょっと寄ってかない?」


 私はさも今思い付いたかのように、そうソフィアちゃんを誘う。


「いいけど、何するの?」

「うーん。分かんない。でも、見て周るだけでも楽しくない?」

「ゲーセン行った事ないから」

「嘘?」

「ホント。てか、こんな事で嘘吐いてどうするのよ」


 いや、それはそうなんだけど……。


 これがゲーセン初体験だというソフィアちゃんと連れ立って、私はその中に足を踏み入れる。


 お客さんはまばらで、とても繁盛はんじょうしているとは言いがたい。

 まぁ、そもそもボウリング場に併設へいせつされているゲーセンは、ボウリングの待ち時間を解消するために置かれているもので、そういう意味では必ずしも繁盛する必要はないのかもしれないし、繁盛するような造りにはなっていないのかもしれない。


 特に当てもなく、ゲーセン内を見て周る。


 UFOキャッチャー、お菓子やコインを落とすゲーム、サーキットゲーム、格闘ゲーム……。そのどれもがソフィアちゃんにとっては真新しい物のようで、一つ一つにいちいち目を輝かせている。


「何かやってみる?」

「まぁ、折角せっかくだし、やるのはやぶさかではないわ」


 おそらく、この場合のやぶさかではないは、誤用ごようではなく正規の意味としてのそれだろう。


「やってみたいのある?」


 というわけで、実はノリノリなソフィアちゃんに私は希望を聞いてみる。


「やってみたいのと言われても……」


 そう言いながら辺りを見渡したソフィアちゃんの視線が、ふいに一つの機械で止まる。


「UFOキャッチャー?」

「いや、別に……」


 とっさにそんな言葉を口にするソフィアちゃんだったが、私の目は誤魔化ごまかせない。確かに、ソフィアちゃんはUFOキャッチャーに目を引かれていた。


「とりあえず、やってみよう」

「あ、ちょっと」


 自らは動き出そうとしないソフィアちゃんの手を取り、私はUFOキャッチャーのある方へ歩き出す。


「どれにする?」


 一口にUFOキャッチャーと言っても、中身が違ったり機械のタイプが違ったりと、様々なバリエーションがある。二本づめの物、三本爪の物、掴む部分が横に長い物、そしてその中にも色々な種類があって……。


「じゃあ――」


 そう言ってソフィアちゃんが指差したのは三本爪タイプの物で、獲得口は左すみにあった。

 中に入っている景品は、子供や女性を中心に流行している漫画のキャラクターの普通サイズのぬいぐるみ。ネズミ・ウサギ・ねこといった三種類の動物をモチーフにしたキャラクターが、三者三様の表情を浮かべこちらを見ていた。


「やり方分かる?」

「なんとなく?」


 と言いつつ、首をかしげるソフィアちゃん。


「テレビでやってる所を見た事は?」

「いや、ないかな」


 そうなってくると、本当に知識として知っているレベルか。これはボウリング同様、私が見本を見せるしかないかな。……ボウリングの時にちゃんとした見本が見せられなかっただけに、ここは気合を入れていいとこ見せちゃうぞ。


「まずは私がやってみせるから、ソフィアちゃんは見てて」

「あ、うん。お願い」


 お金を入れる前に、ざっと景品の配置を見る。


 頑張がんばれば取れそうなのが何個か。その中でも、二番目に取れやすそうな物に当たりを付ける。


「あの右のやつにしようかな」


 プラスチックしに指を差し、ソフィアちゃんにターゲットを教える。


「どうして?」

「獲得口に比較的近いし、たいぐだから」

「なるほど……」


 今の返事は、よく分かっていないけどとりあえず納得してみた、といったところか。まぁ、初めて見るという事だし無理もない。何度かやっていけば、いずれ分かるようになるだろう。


たいが真っ直ぐだと、爪が綺麗に入るのよ」

「へー」

「あ、ちなみに、余程よほど運が良くない限り一発で取るのは不可能だから、上手い人でも三回、そうじゃない人なら十回以内に取れればいい方かな」


 という事で、迷わず五百円を投入。これで三回プレイが出来る。

 三回で取れたらもうけもの、とはいえあくまでも今回は様子見、勝負は次の三回だ。

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