第15話(3) ボウリング

 ボールを手に、二人で自分達のレーンに戻る。


 名前は私→ソフィアちゃんの順に書かれているため、投球もそのように行う。


「さて、お手並み拝見はいけんといこうかしら」

「なんで見本を見せてもらおうという人間が、そんなに偉そうなのか」


 ソフィアちゃんからの激励げきれい(?)を背に、私はレーンの方に足を進める。


 こうしてボウリングをやるのは一年以上ぶりだが、投げ方はなんとなく覚えている。


 勢いを付けるため、足を数歩前に進める。ボールにえていた左手を外し、左足が前に出るタイミングで右手を後ろに引く。そして、左足が前に出る動きに追従ついじゅうするように引いていた右手を前に出し、指を抜いてボールを放つ。


 私の手元を離れたボールは、多少の角度を持ってピンのある方へと転がっていく。ボールは密集した十本のピンの左側に当たり、その衝撃で四本のピンが倒れた。


「……」


 初めからストライクを狙っていたわけではないけど、出来ればもう二・三本は倒したかった。


 振り返る。

 優しげな笑みを浮かべ、ひかえめな拍手をするソフィアちゃんと目が合う。


 明らかに、気をつかわれているのが分かった。


「ひ、久しぶりで調子が出なかっただけだから。肩が温まってきたら、もっとピン倒れるし」


 自然、言い訳の言葉が口を突いて出る。


「別に何も言ってないけど?」

「なんか、そういう気配を感じたの」


 言葉では言い表せない、空気感とでも言えばいいのだろうか。とにかく、そんな感じがしたのだ。


「ほら、準備出来たみたいよ」


 ソフィアちゃんに言われレーンの方を向くと、確かに倒れたピンが見事に消えていた。


「……」


 戻ってきたボールを手に取り、再び構える。


 左側のピンばかり倒してしまったので、残っているのは真ん中から右側ばかり。つまり、狙いは気持ち右側。


 先程と同じ流れで、ボールを放る。

 果たしてボールは、私の思惑通りに右側に向かって転がっていく。しかし、その軌道きどうはあまりにも右過ぎた。


 結局、倒れたピンの数は二本。一投目と合わせても六本と、なんとも微妙な数にとどまった。


 振り返り、ソフィアちゃんの方を見る。

 相変わらず、優しげな笑みを浮かべるソフィアちゃん。しかし今回は、さすがにその手が動く事はなかった。


「とまぁ、こんな感じ。分かった?」


 色々と考えた結果、私は開き直る事にした。


「とても参考になったわ」 


 もちろん皮肉だ。もしくは、反面教師的なアレだろう。

 なんにせよ、私の投球があまり見本にならなかったのは確かだ。


「というか、もっとアドバイス的なものはないの?」


 そして、ソフィアちゃんの口から、もっともな言葉が発せられる。


 今のところ私は、ほとんど役に立っていない。ここで少しは汚名を返上――ではなく、名誉を挽回ばんかいしなければ。


「アドバイス……?」


 そうだな……。


 歩きながら私は考える。コツをどう説明すべきか。


「遠くにあるピンじゃなくて、近くにあるマークを狙うといいとか?」


 実際にはピンに向かっていくようにボールを投げるわけだが、遠くにある物を目標にしてしまうとそれが上手く定まらない。だから、近くに目標を作る。と。


「後は、助走は走らずゆっくりっていうのと、一番手前のピンの少し右側にボールが当たるとストライクが出やすい、みたいな?」

「へー……」


 意味深な反応だった。


 多分――


「それだけ分かってて、なんで四本しか倒せないんだろうとか思ってない?」

「思ってーる」


 否定しようとしたもののどうせ嘘だと気付かれると思ったのか、ソフィアちゃんが変な伸ばし棒と共に私の指摘を認める発言をする。


「正直でよろしい」


 言いながら私は、ソフィアちゃんの頭に軽いチョップをくらわした。


「何するのよ」

「さっきのお返し」


 むっと口をとがらせてみせるソフィアちゃんに、私は笑顔でそう告げる。


 別に先程の事を根に持っていたわけではない。ただの方便だ。


「さぁ、次はソフィアちゃんの番だよ」

「うん……」


 緊張した面持おももちで、ソフィアちゃんが立ち上がる。


 子供の頃ぶりにやるという事で、さすがのソフィアちゃんも不安を覚えているらしい。


「リラックス、リラックス」


 そんなソフィアちゃんに、私は笑顔を浮かべたまま優しく声を掛ける。


「そうだね。リラックス、リラックス。リラックス、リラックス」


 私の発した言葉を口の中で繰り返し、ソフィアちゃんがボールのある方に向かう。そしてレーンの近くでボールを持って構えて立つ。


 ふぅーと一つ息をいて、ソフィアちゃんが助走を開始する。

 腕を後ろに下げ、それを前へ。


 その一連の動作はほぼ初めての人間とは思えない程綺麗きれいで、やはりソフィアちゃんは何をしても絵になるなと改めて思うのだった。

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