第14話(3) ティータイム

 リビングの食卓に向かい合って座る。


 二人の前にはそれぞれ、お皿に乗った一切れのアップルパイとカップに入った紅茶が一つずつ置かれていた。

 紅茶は、菊池きくち先輩の家でご馳走ちそうになった物と同じ種類だった。私がネットで購入し、早坂家に寄贈きぞうしたのだ。ソフィアちゃんからの評判も良く、次は自分で買うと言っていた。


 それをソフィアちゃんはストレート、私は少し牛乳をらしてミルクティーにして飲む。


 別にストレートで飲めないわけではないが、こちらの方がどちらかと言うと飲みやすい。決して私の味覚が、お子ちゃまだからとかそういうアレではない。あくまでも好みの問題である。


 紅茶を口に運びながら、何気なくソフィアちゃんの様子をうかがう。


 今までもソフィアちゃんには色々な物を作ってきた。しかしアップルパイは初めて、やはり初めての物は緊張する。


 フォークを使ってソフィアちゃんが、アップルパイを一口サイズにカットし口に持っていく。


 ソフィアちゃんが咀嚼そしゃくをする間、私は固唾かたずんでそれを見守る。


「うん。美味おいしい」


 その言葉を聞き、ようやく私は緊張を解く。


 良かった。久しぶりつ初めて一人で作ったので、上手く出来たか自信はなかったが、ソフィアちゃんの反応を見る限り大丈夫そうだ。


「いおは食べないの?」

「え? いや、食べるよ。今食べようと思ってたところ」


 うそではない。事実、ソフィアちゃんの感想を聞いてから食べようとしていたのだから。


 アップルパイの先端の方をフォークで切ると、私はそれを口に入れる。


 サクサクとした生地に歯を通した瞬間、中から煮詰につまって甘さを増したリンゴがふいに顔をのぞかせる。甘い。そして美味しい。中身外見共に、文句の付けようのない出来だ。

 ってまぁ、作ったの私なんだけど。


 パサ付いた口内をうるおすため、カップに手を伸ばす。


 コーヒーでも別に悪くはないのだが、やはりアップルパイには紅茶がよく合う(当社比)。


「なんかまったりしちゃうわよね」


 気の抜けた表情で、ソフィアちゃんがそんな事を言う。


「紅茶がそうさせるのかな」


 二人が口にしている紅茶には、リラックス効果があるとされている。実際に、飲むと心が安らいだり落ち着いたりする、ような気がする。


「今日泊まってく?」

「いやいや、明日の準備してないし無理でしょ」


 最悪、泊まるだけならどうとでもなる。こういう時のために、早坂家には私のあれやこれが置いてある上、寝巻きはソフィアちゃんの物を借りればいい。しかし、学校関係の物はどうしようもない。クラスが違えばまだなんとかなったかもしれないが、私達は同じクラス、ソフィアちゃんから教科書等を借りる事は出来ない。


「冗談よ。言ってみただけ」


 と言いつつ、少し残念そうなソフィアちゃん、ホント可愛かわいい。

 その様子に私は、思わず構いたくなってしまう。


「ソフィアちゃん」

「何よ」

「ほら、あーん」


 私は食べやすいサイズにカットしたアップルパイを、フォークでソフィアちゃんの口の辺りに持っていく。


「……」


 一瞬の間の後、ソフィアちゃんがそれをパクリと口に入れる。


「美味しい?」

「おいひい」

「なら、良かった」


 私がそう言ってニコリと笑うと、ソフィアちゃんも釣られたようにその口元をゆるめた。


「ソフィアちゃんは、春休みに家族と会ったりしないの?」


 自身のアップルパイを食べ進めながら、私はソフィアちゃんにふとひそかに気になっていた事を聞いてみた。


「今のところは、特にそういう予定はないかな。年始に会ったばかりだし」

「そうなんだ……」


 離れて暮らした経験がないので分からないが、親とは半年に一度くらいのペースで会えれば充分なもの、なのだろうか。もしくは、ソフィアちゃんが特別ドライとか?

 ……まぁ、そこは置いておいて、なんにせよ、ソフィアちゃんが遠出をする予定は(あくまでも現状はという注釈ちゅうしゃく付きながら)ないようだ。


「でも、なんで?」


 そんな事を聞くのか、とソフィアちゃん。


「別に深い意味はないんだけど、ソフィアちゃんが冬休みの時みたいに遠出するなら、それに合わせた予定を私も組まなきゃいけないじゃない?」

「あー。つまり、いおの予定は私を中心に回ってるのね」


 悪戯いたずらっ子のような笑みを浮かべ、ソフィアちゃんがそうのたまう。


 いや実際、その通りではあるのだが、改めて当人に言われるとなんというか、複雑なものを感じる。

 なので私は、


「当たり前でしょ。私の中心には、いつもソフィアちゃんがいるんだから。知らなかった?」


 とました顔で反撃をころみる。

 しかし――


奇遇きぐうね。私もそう。いっつもいおの事考えてるの。それこそ、夢の中でも」


 更に反撃の反撃に合ってしまう。


「……」


 するどく光る瞳から逃れるように、私はさり気なくカップに手を伸ばす。


 苦味と甘味が混ざり合った液体がのどをゴクリと鳴らし、私の乱れた心にスーッと染み渡っていく。


 やはり、落ち着きたい時には紅茶に限る。


 明日から水筒の中身紅茶にしようかなと、私は割と本気で思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る