第14話(2) ティータイム

 店内に入ると、私は入り口近くにあったカゴを手に取り、奥に進む。


「シャンプーとかはまだあるよね?」


 早坂家のあれこれを把握しているとはいえ、風呂場や洗面所関連は私より毎日使っているソフィアちゃんの方が断然詳しい。当たり前と言えば当たり前だ。週に一度しか使わない人間が、週に七日使っている人間より詳しかったらさすがにおかしい。


「うん。大丈夫。予備もまだあるし」


 という事で、日用品のエリアはスルーし、食料品関係が置いてある方へと足を運ぶ。


 まずはパイシート、と。


「何探してるの?」


 冷凍コーナーを覗き込む私に、ソフィアちゃんがそう声を掛けてくる。


「パイシート」

「え? でもここ、冷凍コーナー……」


 不思議そうな声を上げるソフィアちゃんを尻目しりめに、私はケース内に並べられた商品をざっとながめる。


 ……あった。


 お目当ての物を見つけ、私はそれに手を伸ばし、そしてソフィアちゃんに見せる。


「冷凍パイシート?」

「そう。冷凍」


 パイシートと聞いて冷凍の物を思い浮かべるのは、料理やお菓子作りをよくする人だけなのかもしれない。最終的には解凍して使う物だし、ソフィアちゃんが冷蔵コーナーにあると思っていても何らおかしな事はない。


「そんな所にあるんだ……」

「一つ勉強になったね」


 からかうようにそう言うと、私はパイシートをカゴに入れる。


「いおは本当に、こういう事に詳しいのね」

「私なんて全然だよ」


 お母さんと比べたら、私は半人前どころか四分の一人前。まだまだ教わる事は多い。


 冷凍コーナーを後にすると、私は冷蔵、野菜・果物、調味料のコーナーを周って、それぞれチーズ、リンゴ、マヨネーズをカゴに入れる。


 とりあえず、これで全部揃ったかな。


 改めてカゴの中を確認する。

 パイシート、チーズ、リンゴ、マヨネーズ、お菓子かし、アイス。


 ん? お菓子? アイス?


 私が入れた覚えのない物がカゴの中に……。


 当然、入れた犯人の予想は付いている。先程から妙にウロチョロと店内を動き回っている人物、彼女こそがこの事件の犯人だ。


「ソフィアちゃん?」


 振り返り、私は犯人の名前を呼ぶ。


「何?」


 名前を呼ばれたソフィアちゃんは、とぼけた表情を浮かべ、そう小首をかしげる。


「何? はこっちの台詞せりふだって。ホント、何してるの?」

「大丈夫。お金は全部私が出すから」

「だったら、普通に入れればいいでしょ」


 こんな、お菓子を欲しがる子供みたいな真似まねをする必要は絶対ない。


「お約束かなって」

「もう。訳分かんないから」


 私が分からないと言っているのは言葉の意味ではなく、それを実行に移す必要性の方だ。


 とにもかくにも、お目当ての物は全て揃ったし、レジに行くか。


「ソフィアちゃん、レジ行くよ」

「はーい」


 二人で連れ立ってレジに向かう。

 セルフレジで会計を済まし、商品をエコバッグに移す。


 お金は、先程言った通りソフィアちゃんが支払った。現金は使えなったので電子決済で。


 そうして、私達は店内を後にする。


 季節はまだ春で氷をもらってきたとはいえ、冷凍ものを買ったし、早く帰るにした事はない。寄り道をせず、さっさと帰ろう。


「でも――」


 とお店の敷地しきちを出た所で、ソフィアちゃんが言う。


「こんな時間からアップルパイ作り始めて、晩ご飯入るのかしら?」

「……」


 ソフィアちゃんに言われるまで、一瞬たりともそんな事頭に思い浮かばなかった。


 確かに、どれだけ急いで作っても、アップルパイが出来上がるのは五時過ぎ。当然、食べ終わるのはもっと後だ。そうなるとまず間違いなく、晩ご飯時のお腹に支障ししょうをきたす。


「まぁ、すぐ食べないといけない物でもないし」


 日持ちするとまでは言わないが、冷蔵庫に入れておけば三・四日程度なら問題なく食べられるだろう。


「そうかもしれないけど、折角せっかくなら出来た立てを一切れくらい食べたいじゃない」


 じゃないと言われても……。


「なら、晩ご飯を抑えたら? 量を減らすとか、軽めな物にするとか」


 この状況で私から出来る提案は、それくらいしかない。


「軽めね……」


 具体的なメニューを考えているのか、ソフィアちゃんが視線を上に向ける。そして――


「パスタ、なんてどうかしら?」


 数秒の沈黙の後、そう口にする。


「うん。いいと思う」


 作るのは簡単だし、重くもない。それに、単体でご飯として成立する料理でもある。まさに、今日の晩ご飯に最適な料理だ。


「……ねぇ、一つ聞いてもいい?」

「何?」

「いおはなんで笑ってるの?」

「え?」


 ソフィアちゃんの指摘通り、私の口元には笑みが浮かんでいた。

 それはなぜなのか――


「パスタって聞くと思い出しちゃって。最初の頃は晩ご飯と言えば、パスタだったなって」

「あぁ……」


 今よりもっと料理が苦手だったソフィアちゃんが、晩ご飯として作ってくれるものは本当に簡単な物ばかりで、特にパスタは作りやすかったためか何度も目にした。


「じゃあ、今度の晩ご飯はパスタにするわね」

「……」

「あれ? 違った?」

「ううん。正解。ただ、言外げんがいの気持ちを読みかれたみたいで、ちょっと微妙びみょうな気持ちになっただけ」

「何それ」


 そう言ってソフィアは、楽しそうに笑うのだった。

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