第14話(1) ティータイム

 荷物を手に、立ち上がる。

 ソフィアちゃんと目線をわすと、私はその後に付いて教室を後にした。


 廊下に出て少ししたところで、隣に並ぶ。


「帰りにドラッグストア寄らないとね」


 そして私は、ソフィアちゃんにそう話し掛ける。


 別にドラッグストアである必要はないのだが、帰り道上にスーパーはないので寄るとしたらそちらの方が効率的だ。それに、買いたい物はドラッグストアでも事足りる。


「あ、なんか足りない物あった?」

「え? だって、アップルパイ作るんでしょ?」


 ソフィアちゃんは日頃からお菓子作りをするタイプではないし、早坂家に材料がそろっているとは到底思えない。


「アップルパイ? あー。そうね。そんな話を確かに朝したわ」


 ……この反応、完全に忘れていたな。というより、本気じゃなかったのか。まぁ、その可能性も考えなかったわけではないけど。


 とはいえ、私はすでにアップルパイを作るモードに入っているし、今更止めるつもりはない。


「てか、アップルパイって、いお作れるの?」

「作った事はあまりないけど、やれない事はないでしょ」


 ネットで調べれば作り方は容易よういに調べられる。しかも、画像や動画付きで。


「いや、そう言える時点で、すでに玄人くろうとなのよ」

「玄人って」


 ソフィアちゃんの言い回しに、私は思わず苦笑を浮かべる。


 日常会話の中で、初めて聞いたかもしれない。


 まぁ確かに、ウチでも手作りのアップルパイはなかなかお目に掛かれないけど。

 その機会は片手の指で数えられる程度。私自身が作った経験は、お母さんに作り方を教えてもらった一度きりだ。しかも、それは一年以上前の話だった。


「そもそもアップルパイって、それなりの設備がないと作れないんじゃないの?」

「オーブンさえあれば、普通に作れるわよ」

「いや、そのオーブンがないから言ってるんだけど」


 ……なるほど。ソフィアちゃんは元々料理をする人間ではないため、気付いていないのか。


「ウチでチョコ作る時、ソフィアちゃんは何を使ったの?」

「何って、電子レンジ……あ」


 自分で口にして、ようやく気が付いたようだ。


「もしかして、ウチのもそうなの?」

「うん。オーブンレンジ」

「へぇー……」


 気恥ずかしさからか、ソフィアちゃんがそんな風にして気の抜けた返事を私に対してする。


 その様子を見て、私は込み上げる笑いをなんとかみ殺す。


「し、仕方ないでしょ。今まであまり、料理をしてこなかったんだから」

「そうだね」


 言葉の上では同意を口にしながら、私の口元には隠し切れない笑みが浮かんでいた。

 声に出さないようにするのが精一杯だった。


「もう」

「ごめんごめん」


 自然と上がる口角を無理矢理おさえ、私は表情を引き締める。

 こうでもしないと、私のにやけ顔は当分の間収まりそうになかった。


「ところで、ドラッグストアに行って何買うの?」


 自分から矛先ほこさきらすため――というのは私の考え過ぎか、ソフィアちゃんがふとそんな事を聞いてくる。


「とりあえず、パイシートとリンゴの二つ、というか二種類? それがないと始まらないし」

「リンゴはともかく、パイシートなんてドラッグストアにあるの?」

「多分……」


 日常生活で使う物であれば、大抵の物はドラッグストアで揃う。もちろん例外はあるが、パイシートはさすがにそこには含まれないだろう。


 とはいえ――


「もしなかったら、またの機会という事で」


 その時は素直に諦めよう。


 アップルパイを作る気になっていると言っても、わざわざスーパーに行ってまで作りたいわけではない。ようは、材料を手に入れる手間の許容範囲の問題だ。


「他に何か買う物あったっけ?」

「マヨネーズがもうないかな。後は、チーズ?」


 ソフィアちゃんに聞かれ、私は自分の中の記憶を辿たどり、そして答える。


「ドレッシングは?」

「まだ大丈夫だと思うけど、心配だったら買ってもいいかも」


 一人暮らしの人間であの量なら、二週間は持つと思う。それでもすぐに腐る物ではないから、今の内に買っておくのも手だ。


「はーい、ママ」

「誰がママか」


 まぁ、そう呼ばれるくらい、早坂家のあれこれを把握しているという自負じふはあるのだが。

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