第13話(2) 後十日

「そう言えば、桜祭りっていつからだっけ?」


 昼休み。いつものように屋上に続く階段に二人並んで腰を下ろし食事を取っていると、ふいにソフィアちゃんがそんな事を聞いてきた。


「来週の土曜日だから……」


 とっさに日付が出てこなかったため、頭の中で今日の日付に七と五を足す。


「二十五?」

「つまり、春休みと同じって事?」

「うん。だね」


 桜祭りの方は毎年土曜日から始まるが、春休みの方はその限りではない。なので、二つの開始時期が被ったのはたまたま、偶然だ。


「期間は? いつまで?」

「終わるのは……四月の四日? 五日? とにかくそこら辺」


 ちょうど二週間で終わるとかではなく、中途半端ちゅうとはんぱな曜日で終わるのは間違いないため、少なくとも金曜日の……六日でない事は確かだ。


「じゃあ、初日に行ってみない?」

「え? 初日?」


 ソフィアちゃんの提案に、私は思わず驚きの声を上げる。


「あ、なんか都合悪かった?」

「ううん。そうじゃなくて、土日は出来れば避けたいなって」

「どうして? 混むから?」

「うん。それもめちゃくちゃ」


 しかも、初日となれば、その混雑具合は更にものすごい事になるだろう。


「えー。そんなにー?」


 私がオーバーな物言いをしていると思っているのか、ソフィアちゃんが笑いながらそう言う。


「いや、マジだから」


 それに対し私は、いたって真面目なトーンで言葉を返す。


「え? あ、ごめんなさい」


 私の反応を見てようやく自身のあやまりに気付いたらしく、ソフィアちゃんがなんとなくではあるが、謝罪の言葉を口にする。


 とはいえ、まだ何がなんだか分かっていない様子。


 これは詳しい説明が必要、かな。


「いい? ソフィアちゃん」


 そう言って私は、人差し指をソフィアちゃんに向けて立てる。


「桜祭りの会場はあの竜谷りゅうこく公園なのよ」

「いやそんな事、改めて言われなくても、百も承知なんだけど……」


 何を今更とでも言いたげな表情でソフィアちゃんが、私の事をまじまじと見つめる。


「ホントに? 分かってる?」

「何を?」

「竜谷公園が会場だとどんな問題が発生するのか」

「どんな問題?」


 私の問い掛けに、首をかしげるソフィアちゃん。


 やはり、何も分かっていないようだ。


 仕方ない。教えてあげよう。


「桜祭りって結構知名度が高いお祭りだから、市外どころか県外からも人が集まってくるのね」

「うん。それは、なんとなく知ってる」

「で、そういう人って、てして土日に来る事が多いわけ」

「まぁ、遠くから来るんだから、当たり前と言えば当たり前よね」


 その理由は言わずもがなだ。


「でも竜谷公園って、そんなに広くなくない?」

「……あぁ、そういう事」


 そこまで説明して、やっとソフィアちゃんは私の言わんとする事を完全に理解したらしい。


「つまり、訪れる人数に対して、会場のキャパシティが不足してるって、いおは言いたいのね」

「というか、現に不足してる。特に駐車場なんて、臨時の物を作って尚足りてないぐらいなんだから」


 桜祭り期間の土日に、車で竜谷公園に行くのはそれ相応そうおうの覚悟が必要になってくる。すなわち、公園の周りを何周もする覚悟だ。


「なら、二十七日の月曜日にしましょうか。月曜日だったら、いおもバイトないし」


 善は急げの精神なのか、どうしてもソフィアちゃんは早めに桜祭りに行きたいようだ。


 ……まぁ、別にいいけど。


「じゃあ、二十七に行こうか」


 その日であれば特に予定はないし、私が反対する理由はなかった。


 となると、後は――


「時間は? 何時にする?」


 日付の後に決めるのは時間。という事で、私はソフィアちゃんにそうたずねる。


 イルミネーションの時と違って、花見に時間的な正解はない。どの時間に行くかは当人の考え次第。それぞれの時間帯にそれぞれの良さがある。とはいえ、無難な時間というのは確かに存在しており……。


「二時とか、三時とか?」


 ソフィアちゃんが口にしたその時間こそ、まさに無難な時間の代表格だろう。


 花見に最適な時間帯はと聞かれたら、大抵の人は昼間と答えるらしい。朝でも夜でもなく、昼間と。その理由は気温だったり空の具合だったりと様々だが、とにもかくにも昼間が多数派な事に代わりはない。そして更に言えば、ご飯時よりなんでもない時間の方がぶらりと見て周るのに適している。


「なら、二時に恋嶋こいじま駅に集合って事で」


 恋嶋駅から竜谷公園までは徒歩で十五分程、歩くのを躊躇ためらう距離ではない。


「久しぶりの桜祭り、本当に楽しみだわ」

「ソフィアちゃんの中で、前回の記憶が余程いいものとして残ってるのね」


 幼少期の時の記憶なので思い出補正が掛かっている可能性もあるが、それでも楽しかったのは確かだろう。


「当たり前でしょ」


 私の言葉に、ソフィアちゃんはにこりと微笑ほほえんで言う。


「桜祭りは、なんて言っても私が運命の相手と出会った場所なんだから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る