第四章

第13話(1) 後十日

 期末テストが終わると、もう三学期――というか、一年生も終わりが見えてくる。


 私が一年生として学校に来る日数は、後十日。つまり、私がこのクラスで過ごす時間も……。


「うわぁーん。三学期が終わっちゃうよー」


 休み時間、席までやってきた木野きのさんが、私の手を取りそう泣き言(?)を口にする。


「そう、ね……」


 気持ちは分かる。ウチの学校は学年の度にクラス替えがあるため、全員がこのまま上に上がれるわけではない。少なくとも、何人かとは後数日でクラスが分かれる。木野さんはその事をなげいているのだろう。


「そうねって、水瀬みなせさんは寂しくないの? クラス替えがあるんだよ?」

「寂しいよ。寂しいけど……」


 人の目がある状態で騒ぐ程ではないかな。昨日今日知った話でもないし、ある程度覚悟は出来ていた。


「だって、折角仲良くなったのに……」

「仲良く……」


 木野さんの交友関係から考えると、仲良くなった相手というのは秋元あきもとさん、高城たかしろさん、藤堂とうどうさん、桧山ひやまさん、松嶋まつしまさん、ソフィアちゃん、私の七人の事だろう。


 なるほど。


 名前をげてみて、ようやく察する。仲良くなった七人の内四人が、木野さんと別のクラスになる可能性の高い人物である事に。


 クラス分けは成績を基準に行われる。一番上がZ、真ん中がY、一番下がXという具合だ。クラスの数は文系理系それそれで、Zが一つ、Yが三つ、Xが三つとなっており、Zに振り当てられたら 自おのずとみんな同じクラスに入れられる。


 ソフィアちゃんと松嶋さんは元々成績が良く、私と秋元さんも途中からではあるがその仲間入りをした。となれば、前半の二人は言わずもがな、後半の二人もおそらくはZに振り当てられる。つまり、二年生も同じクラスになる確率は高い。逆に言えば、木野さんと別のクラスになる確率も……。


「別に、違うクラスになったからって、そこで関係が終わるわけじゃないでしょ?」

「そうだけど……」


 まぁ、自分で言っていても、それが気休めにもならない事は理解していた。クラスが別になる事によって、顔を合わす機会が今よりずっと減るのはまぎれもない事実なのだから。


「じゃあ、二年生になったら、週に一・二回、曜日を決めて一緒に昼食を食べるってのはどうかしら?」

「「え?」」


 それまで黙って聞いていたソフィアちゃんから発せられたその突然の提案に、木野さんだけでなく私も驚きの声をあげる。


「いいの?」

「私はいいわよ」


 木野さんの問い掛けにソフィアちゃんはそんな答えを返し、結果最終的な決定権を私に投げてきた。


「あー、うん。私もいいよ」


 この状況で断れる人がいるのだろうか。いや、いるはずがない。(反語表現)


「ホント? ありがとう、二人共。でも、場所はどうしよう? どこがいいかなぁ」


 瞳をきらめかせ、木野さんが楽しそうにそう言って思考をめぐらす。


 しかし、確かに最大で八人が同時に食事となると、場所の確保は大変そうだ。教室も難しそうだし、食堂なんてもっての外。外なら屋外ステージ、中ならロビーとかだろうか。なんにせよ、それだけの大所台となれば、場所は限られてくる。


「その辺は、追々考えていけばいいんじゃない?」

「だね。とりあえず私、さくら達に話してくる」


 バイバイと私とソフィアちゃんに手を振り、木野さんが秋元さん達四人の集団に文字通り突っ込んでいく。突っ込まれた藤城さんは衝撃に驚きこそ見せたものの、慣れたものとばかりにそのまま普通に木野さんと会話を交わす。


「どういう風の吹き回し?」


 その光景を見やりながら、私は後ろの席のソフィアちゃんにそうたずねる。


「何が?」

「一緒に昼食取ろうなんて」


 ソフィアちゃんは、基本私や家族以外には受動的な態度を取る。誘われて問題がなければ、それを受け入れるといった感じだ。なのに、今回はみずから木野さんに提案をした。なぜか?


「別に、大した理由はないよ。ただ――」

「ただ?」

「木野さんって、いおの事好きじゃない?」

「え? あー。うん。かもね」


 普段から好意を向けられている事は自覚しているので、否定はしないが、だからと言って肯定こうていもしづらい。


「強いて言うなら、それが理由かしら」

「何それ」


 まぁ、ソフィアちゃんの言いたい事はなんとなく分かる。自分の好きなものを好きな人は、余程の事がない限り同士という事だろう。


「後、お姉さんぶるいおが見えなくなるのも寂しいしね」

「いや、ぶってないから」


 あれは意図的なものではなく完全に無意識、木野さんと接すると自然とそうなるのだ。


「お姉ちゃん」


 ソフィアちゃんがふざけて、そんな呼び方をしてくる。


「なぁに? ソフィ―」


 それに私も、即座そくざに乗っかる。


「私、お姉ちゃんの作ったアップルパイが食べたいなぁ」

「もう、しょうがない子ね。だったら、帰りに材料買っていきましょ」

「わーい。ありがとう、お姉ちゃん。大好き」

「私もよ、ソフィ―」

「「……」」


 一瞬の沈黙の後、私達は同時に吹き出す。


 はしが転んでもおかしい年頃とは、まさにこういう事を言うのだろう。

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