⁂2(3) 二人

「行っちゃった」

「追い掛けなくてもいいの?」


 ニヤニヤと笑いながら、からかい半分に私は、楓にそんな事を言う。


「気付かれちゃったし、さすがにこれ以上は、ね」

「……」


 ジョークのつもりで言ったのに、こいつマジか。


「いいよね、ああいうの」


 すでに見えなくなった二人の姿をそこに見ながら、楓がつぶやくように言葉をこぼす。


うらやましい?」

「……そうだね。羨ましいかも」


 何それと一笑いっしょうされると思ったが、意外にも楓は私の問い掛けに真っ直ぐ答えてきた。


「私も」


 だから私も、正直に自分の思い口にする。


「ねぇ、楓」

「何?」

「私達付き合おっか」


 視線は前方を向いたまま、さもなんでもない事を言うように私は、楓にそう告げる。


「え? 冗談?」

「ではなく、マジで」

「……」


 そんな簡単に答えが返ってくるとは思っていない。事が事だ、別に何も今日答えを貰おうというわけではない。なんなら月単位で待つつもりだ。


「あー。答えは急がなくていいから、ゆっくり考え――」

「いいよ」

「え?」


 今度は私が驚きの声を上げる番だった。


 まさか、こんなにあっさりオッケーが貰えるとは。


「何? 自分から言い出したんでしょ」

「そうだけど……。もう少し考えた方がいいんじゃない? 結構大ごとよ、これ」

「大丈夫。充分考えたから、ここ数ヶ月ずーっと」

「それって……」


 水瀬さんと早坂さんを見てって事?


「まぁ、元々私そういうのに理解あるタイプだし、まさか自分がその立場になるとは思ってなかったけど、さくらが相手ならいいかなって」

「そっか……」


 この展開はさすがに想定外だった。

 いや、断れると思っていたわけではないが、少なからず動揺は見られるだろうと思っていた。なのに――


 楓のほおに軽くパンチを繰り出し、そしてそのままグイッと押す。


「何するのよ」

「なんか、ムカついて」


 私がどれだけ覚悟を決めて、この日を迎えたと思っているんだ。余裕かましやがって、このやろう。


「桜って、意外とこういうベタなの好きだよね。イブに告白とか」

「悪い?」

「ううん。いいと思う」


 と言いつつ、楓は笑いをこらえるのに必死だった。


 たく、そんな事言われたら、出しにくいじゃないか。あー。もう。


 意を決した私は、かばんから長方形の箱を取り出し、それを楓の方に突き出す。


「んっ」

「何?」

「プレゼント」

「私に?」

「この状況、他に誰がいるのよ」


 もし違う人に渡すつもりなら、ここでこんな出し方はしないだろう。


 おそる恐るといった感じに、楓がそれを受け取る。


「……すみに移動しましょうか」


 そして、そんな事を口にする。


「あ、うん」


 うなずき、私は楓の後に続いて商業施設の方に向かう。壁に行き当たると、私達はそこで足を止め、向き合う。


「開けてもいい?」

「どうぞどうぞ」


 私に断りを入れてから、楓が箱の封をく。


 箱の中に入っていたのは――


「ペンダント、ではなさそう。ブレスレット?」

「正解」


 銀色の細い長方形型のプレートにこれまた細い銀色のチェーンが繋がった、いわゆるプレートチェーンブレスレットと呼ばれる物だ。


 ゴテゴテした物よりこれくらいシンプルな物の方が、楓にはきっと似合う。


「付けてあげる」

「え?」


 返事を待たずに私は、ブレスレットを手に取り、楓の左手首に付ける。


「……」


 自分の手首に視線を落とす楓。


「どうかな?」


 そして、顔を上げるなり、私に感想を求めてくる。


「うん。思った通り、似合ってる。可愛い」


 というか、想像以上だ。


「ありがとう……」


 かすかに頬を染め、俯く楓。その口元はかすかにほころんでいた。


「じゃあ、私からも」


 そう言って楓が、自分の鞄から何かを取り出す。


「手、出して」


 言われるまま私は、楓の方に手を出す。


「はい」


 手の上に乗せられたのは、ビーズで作られた小さく可愛らしいピンクのくまの人形だった。ストラップだろうか。くまの頭からはひも状の物が伸びていた。


「これって、手作り?」

「うん。最近ハマってて。クリスマスプレゼントとしては、ちょっとアレかもしれないけど」

「ううん。嬉しい。ありがとう」


 私はお礼を口にすると、早速鞄にそれを付ける。


 あっ。


 その時になって私は、ようやく気付く。くまの色の正体に。


「もしかして、このくまの色って……」

「そう。桜色。桜の色よ」




サイドストーリー 桜色 <完>

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