⁂2(2) 二人

 階段を降りると、物陰からこっそり二人が先程までいた辺りをうかがうように見る。


 気分はまるでストーカー、あるいはパパラッチ。どちらにしろ、ろくでもない事は確かだ。


 そんな事より、二人は……いた。


 クリスマスツリーをしたオブジェの前、そこに二人の姿があった。


 その大きさはさっき見た物の倍以上、更にいくつもの小さな電飾や電灯が周辺を取り囲み、華やかさをより一層強めていた。

 周りにいる人の数からしても、これがメインである事は最早もはや疑いようがなかった。


「手握ってる。しかも、恋人繋ぎ」

「そりゃ、付き合ってるんだし、手ぐらい繋ぐでしょ」


 興奮気味の楓に対し私は、対照的な声でこたえる。


 この程度で興奮していたら、身が持たない。何せ彼女達は、クリスマスイブのカップルなのだから。


「そうなんだけど、やっぱりこの目で見るとなんかこう、高まるというか」

「どうどう」


 段々とヒートアップしていく楓を、私はそう言ってなだめる。


 往来であまり、変な方向にテンションを上げないでもらいたい。私まで白い目で見られるのはゴメンだ。


「何してるんだろう?」

「自撮りじゃない」

「ああ、腕組んでる」

「ははは」


 私の予想通り、水瀬さんからスマホを受け取った早坂さんが、それを使い、自撮りを行う。

 しかし、あまり上手くいかなかったのか、二人で画面をのぞき込み、首をひねっている。


 あれだけ大きな物を一緒に撮ろうとしているのだ、普通に自撮りをしたのでは全体を捉えるのはさすがに難しいだろう。自撮り棒でもあればいいのだが、やり取りを見るに二人は共にそれを持っていないようだ。


 仕方ない。


「ちょっと行ってくる」

「え? 止めた方が良くない?」

「大丈夫。上手うまくやるから」

「そういう問題じゃないと思うんだけど……」


 楓の言葉を聞き流し、私は二人の元に歩みを進める。そして――


「もし良かったら撮ろうか?」


 二人にそう声を掛けた。


 早坂さんからスマホを受け取り、私は二人のツーショットを撮影する。

 それを二人に確認してもらい、撮影は終了――のはずが、なぜか今度は私達が撮られる流れに……。


「えー。私達は別にいいよ。二人みたくそういうんじゃないし」


 水瀬さんの申し出に、私は苦笑交じりに言葉を返す。


 楓以外の相手、静香や紗良紗が相手なら、私は二つ返事でオッケーしていただろう。だけど、私と楓の関係は、なんというかそんな感じではない。とにかく、雰囲気や空気感が他の人とは違うのだ。それはきっと楓も一緒……。


 そう思い、さり気なく隣に目をやると――


「……」


 楓は私の予想に反し複雑そうな表情で口をつぐんでいた。


 ああ。よく見てきた顔だ。


 昔から楓は、ワガママをあまり言わない子だった。言いたい事があっても我慢をしてしまう。そういう時決まって楓は口を噤む。今みたいに。


「……やっぱ、撮ってもらおうかな」


 その顔を見て私は、自分の意見をすぐさまひるがえす。


 撮りたいなら撮りたいと言えばいいのに。誰に遠慮しているんだ、誰に。


「え? 桜?」

「考えてみたら、イルミ見に来て写真撮らないとかあり得ないでしょ」


 驚きの表情を浮かべる楓に私は、言い訳にもならない言い訳を口にする。


 バレバレなのは分かっている。分かっているが、私のキャラ的にも楓との関係的にもこういうしかなかった。


「ほら、楓、行くよ」


 楓の返事を待たずに、私はオブジェに向かう。


「う、うん……」


 戸惑いつつも後を追って来た楓と、オブジェの前に並んで立つ。


 しかし、よくよく考えると、この状況少し恥ずかしいかも。自撮りならなんとも思わないのに、この違いはなんだろう? もしかしたら、人に撮られる、というか、直視される事が恥ずかしいのかもしれない。


「準備はいい?」


 構えたスマホから顔を離し、水瀬さんがそう私達に声を掛けてくる。


「オッケー。いつでもいいよ」


 手を振り、私はそれに応える。


「じゃあ、撮るよー。三、二、一、はい」


 カウントダウンの後、水瀬さんがスマホをタップする。


 反応を見るに、どうやら上手く撮れたらしい。


「どう? どう? いい感じ?」


 水瀬さんに近付き、スマホを覗き込む。


 そこには、キラキラと輝くオブジェの前ではにかむ私達の姿が映っていた。その様は背景と相まって、なんというか――


「うわ。なんかハズ」


 とても恥ずかしかった。


「確かに」


 私の横から同じようにスマホを覗き込む楓も同意見のようで、そう口にする。


「どうする? 撮り直す?」と水瀬さん。

「うーん。私はいいかな。多分そういう問題じゃないし」


 今の私達の関係性がこうして可視かし化されている事が恥ずかしいのであって、写真そのものに問題があるわけではない。なので、何度撮り直しても結果は同じ、時間の無駄というやつだ。


「私もそう思う」

「じゃあ、送るね」


 私達の意見を聞き、水瀬さんがスマホを操作する。


 程なくして、コートのポケットに入れていた私のスマホが震える。

 操作し確認すると、今撮ったばかりの写真がラインで送られてきていた。


「うん。来た。ありがとう」


 私は笑顔を浮かべ、それに対しお礼を言う。


「じゃあ、私達はこれで」


 水瀬さんがそう言い、早坂さんが頭をぺこりと下げる。


「はいはーい」

「またね」


 階段の方に向かって去っていく二人の背中を、私達はその姿が見えなくなるまで見送った。

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